農政:許すな命の格差 築こう協同社会
【特集:許すな命の格差 築こう協同社会】提言:農業者の声をどう政策に反映させるのか――「協同組合」としてのJAと「農業団体」としてのJA 増田佳昭(立命館大学教授)2021年5月26日
農業課題が山積するなか、「農業者の声をどう政策に反映させるのか」が重要になっている。「協同組合としてのJAと農業団体としてのJA」の側面を立命館大学教授の増田佳昭氏は指摘し、現場を踏まえた政策形成活動が焦眉の課題だと提言する。
増田佳昭氏(立命館大学教授)
すでに1年以上が経過するコロナ禍のもとで、日本社会がもつさまざまな問題があぶり出されている。安倍晋三内閣、それに続く菅義偉内閣の対応は「後手後手」と評されるが、そこに通底するのは、「現場を見ない」「専門家の意見を聴かない」の2点に尽きるように思う。感染や医療の現場も見えていないようだし、専門家の意見もおざなりにしか聞かない。いわば「見ざる」「聞かざる」である。ついでながら、記者会見もめったに開かないし、開いても質問にも答えない。「言わざる」も加えて三ザル政権とでも言うべきだろうか。
コロナ禍であらためて考えさせられたのは、現場の実態を踏まえた政策をどう実現させるか、関係者も含めた人々の声をどう政策に反映させるかという政策形成と実施のすじみちについてである。政府の施策と現場の実情との乖離がこれだけ大きいと、やはり日本社会の仕組みは根本のところで間違っているのではないかと考えてしまう。
この「風通しの悪さ」は、日本の政治、行政システムの悪しき特性なのであろうが、これを変えないと、日本は先進国からさらに立ちおくれることになるのではないだろうか。
弱まったJAの「農業団体」としての性格
さて、ここで考えてみたいのは、農業分野での政策形成や農業行政におけるJAの役割についてである。戦後の農協は、農業会の組織と事業を引き継いで、「農業団体」としての性格と「協同組合」の性格とを併せもって発足した。
前者は戦前の系統農会の血を引くものであり、地域の農業者を網羅的に組織し、営農指導を行い農業と農業者の利益を代表する。後者は産業組合の系譜に連なり、組合員の期待に応えて経済事業体としてその経済的利益の実現を目的とする。
こうした両者の性格は「農業の論理」と「事業の論理」と言いかえることもできる。単位JAの中でも、また連合会においても、ともすれば片方が優越したり、あるいは両者がぶつかったりで、矛盾を来すことも少なくなかった。
たとえば、准組合員問題は、農協の「農業団体」としての性格と、事業を利用できる者は誰でも組合員として受け入れる「協同組合」としての性格の「ズレ」の上に生じたものである。両者の併存と相克は、戦後農協の宿命的な矛盾構造とさえ言える。
筆者などは、協同組合研究者として、どちらかといえば組合員の自主的な組織と事業利用という協同組合の特性を重視したい立場である。だが、一方で、この間の「農協改革」の中で、中央会の農業団体としての機能と発言力が抑制され、また、農業会議の「ネットワーク」化と農地集積行政の下請け化がすすんだこともあって、総じて農業者の利益代表機能が骨抜きにされ、弱体化することについて、強い危惧を感じているところである。
農協の農業団体としての性格の弱まりが、農業者全体の発言力低下につながり、農業政策に現場の声を反映させる力が弱まってしまっているのではないか思う。
「政策要求」を賄賂で押し通そうとしたアキタフーズ事件なども反面教師にしながら、現場の要求を農業政策に反映させ、施策化するための仕組み、そのための農業団体としての機能強化について、あらためて考えてみるべきではないかと思う。
大きく変化した農業政策の形成と実施過程
ほぼ90年代を分水嶺に、農協の農政運動をめぐる環境も大きく変化してきた。それに対応して、農政運動のあり方も見直される必要があるのではないか。
変化の第1は、農政課題の変化である。たとえば、戦後の食糧難時代には国民食料確保において、食管制度とともに農協組織が大きな貢献をなした。その後の基本法農政のもとで、増大する都市の食料需要に応えられたのも農協を主体にした産地づくりがあったからである。
さらに、米過剰のもとで、生産調整を実質的に担ったのも農協であった。それぞれの時代の農政課題に農協は深く関わり、それゆえに、農協は農業政策に対する強い発言力を有していた。
ところが、80年代以降、米国の農産物輸入圧力とそれを背景にした国際化農政のもとで、農政運営のベクトルと国内農業生産振興のベクトルとが乖離(かいり)するようになる。また農政が志向した農業経営の企業化や大規模化は、零細経営を含む広範な家族経営を基盤とする農協のベクトルと乖離する。ひたすらに集積率を追求する農地行政も同様である。
現段階において、農政課題は担い手確保を柱としながらも、農村地域の資源管理やその持続化へと多元化し、また地域性を強めている。単一テーマでないまた全国一本でない農政課題の幅広い取り組みが求められることになる。
第2は、農業政策の実施プロセスが変化してきたことだ。食料管理や産地形成、さらに生産調整にしても、農業政策は農村集落を基盤とする基礎的な農業者組織に依存して行われてきた。農協は、そうした基盤組織をもとにして成り立っているから、現場での政策推進においてまさに適任であった。
ところが、その後、農家組合員の分化を背景にしながら、水田農業対策、農地中間管理機構などの各種農業施策が、政府と農業者との間で、(少なくとも表向きは)個別的になされるようになった。
とはいえ、現場での農業施策が農業者組織をまったく抜きにして実施できるものではない。集落組織などの基盤組織の再構築や生産者組織の再編、品目別部会の強化などを通じて、施策の受け皿組織を再整備することも農協に期待されているのである。
第3は、政策形成のプロセスである。かつては、農業団体、農水省、政権与党のいわゆるトライアングルが農業政策形成を担ってきた。ところが、2000年代以降は「規制改革」などを看板に掲げた内閣総理大臣の諮問機関を通じて政策が方向付けられるようになった。
農協改革や農地制度、農業委員会制度など、農業に関する主要な問題が提起され、その結論が規制改革基本計画など公式な政府政策と位置づけられることになった。
農業政策の方向付けは本来、食料・農業・農村基本法に基づいて設置された食料・農業・農村政策審議会の役目だが、それを超越した官邸主導の頭越し政策決定システムが割り込むこととなった。
しかし、規制改革を看板にした政策提起は「思い切った」政策どころか「思いつき」政策の連発である。それに対抗するためには、現場を踏まえた、体系性のある提言が不可欠である。そのためには、本格的な政策づくりが期待される。農業団体の側に、「政策立案能力」が求められるのである。
また、幅広い国民各層と連帯しながらこれに対峙するスタンスが求められるのではないか。
地域社会と国民に支持される政策要求を
農協は農業団体の性格と協同組合の性格を併せもつが、流れにまかせれば、事業の論理が農業の論理に優越しがちである。農協が果たすべき農業団体としての役割を確認し、自覚し、農業者の利益代表、政策実現を重要な仕事と位置づけて、腰を据えて取り組むべきだと思う。
農協法改正で付け加えられた「農業所得の増大」は、協同組合としての経済的な事業を通じてだけでなく、農業者にとってより良い農業政策環境を作り出すことで実現されるところが少なくない。「農業団体」としても、しっかりと政策要求し、実現させていくべきである。
現在、「人・農地プラン」の法制化が議論されているが、国や自治体に対する政策要求の前提になるのは、なによりも、JA自らが地域農業の振興ビジョンを農業者組合員とともに作ることである。
地域農業の現状分析を行い、問題点と振興方向、対応すべき課題と農業経営の方向付け、そして農協事業運営の課題を整理するという一連のプロセスを経て、国や自治体への政策要求課題を整理すべきである。
また、都道府県中央会には、都道府県とともに農業政策を形成し、それを推進していく役割が期待されている。「農協改革」にともなう中央会の組織改変で、そのような機能が弱まっていないか、気になるところである。
都道府県中央会は事業体である「協同組合」のセンターであるとともに、系統農会の血を引く「農業団体」のセンターでもある。都道府県と連携しながら、ローカルな農業政策を形成し実施していくことが期待されているのではないか。
また農政運動のすすめ方も、国民の理解と共感が得られるべきものであることはいうまでもない。東京での与党への「要請」活動だけでなく、野党も含めた幅広い人々との対話活動が必要であろう。
また、農業、農村問題の様相は地域によって著しく異なる。JA、都道府県レベルでの「現場」を踏まえた政策形成活動は焦眉の課題である。農業者を巻き込んだ政策作りと農政運動が求められているのではないか。農業団体としての責任の自覚も、JA自己改革の重要なテーマである。
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