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農政:許すな命の格差 築こう協同社会

【特集:許すな命の格差 築こう協同社会】提言:協同組合に求められるもの 格差と人権軽視の改善 北出俊昭 元明治大学教授2021年8月2日

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「1%の1%のための政治」といわれるように、世界的に格差が大きな社会問題になっているが、それだけではなく、東京五輪組織委の担当者が障がい者差別や歴史的認識の欠如から辞任せざるをえなくなるなど、日本国民に共通して存在する差別・権利対する潜在的意識が、深刻な民主主義の危機となっていると指摘。そして協同組合とくに農協が、多様な組織と連携・統一してこうした問題に取り組みことが重要だと提言しています。

北出俊昭 明治大学名誉教授北出俊昭 元明治大学教授

1:拡がる格差の実態

現代社会には所得をはじめ人種、性別、宗教などによる多様な格差がありますが、近年それが強まる傾向があります。いまその実態をわが国の雇用労働者についてみると、1989年に雇用者総数の19.1%を占めていた非正規雇用労働者の割合は2017年には37.3%に増加していまいす。そしてその内訳をみるとパート49.0%、アルバイト20.5%となっているので、70%以上が不安定な雇用労働者なのです。

当然,この非正規雇用労働者の賃金は低く、全年齢平均では正規雇用者の66.8%しか示していません。最近正規雇用者自体の賃金も抑制されていますが、これは非正規雇用者の低賃金構造は一層強まっていることも意味します。コロナ禍のもと、企業による営業時間の短縮や解雇により働く場がなくなっているパートやアルバイトも多くみられるようになっていますが、このことはわが国経済は、非正規雇用者をはじめとする低賃金で不安定な雇用労働者に依存する構造を強めていることを示しているのです。

こうした格差はアメリカでは一層大きく、社会問題化しています。その一例が「1パーセントによる1パーセントのための政治」が行われているため、「99%の人々」による「ウオール街を占拠せよ」運動が起こったことです。最近、新型コロナウイルスによる世界的なパンデミックにもかかわらず、アメリカの億万長者は2.9兆ドルから4.7兆ドルと、この間資産を1.8兆ドルも増加させたと報道されています。この額はバイデン政権が打ち出した今後10年間の低所得者支援策の予算とほぼ同額ですが、この実態はその後アメリカでの格差が一層進んでいること示すものです。

パンデミックのもとで大量の失業者が発生し、3417万人が感染し61万人が死亡(7月20日現在)している中での億万長者の資産増加に対し、アメリカ国内でも強い批判があるのは当然です。バイデン政権が高所得者への増税を検討しているのも、こうした背景があるからです。

なお、わが国では東京五輪開会の直前になり直接の担当者が相次いで辞任しましたが、その理由は障害者や人種・民族の人権を尊重する意識の欠如やまた、その歴史的認識についても不十分だったことが指摘されています。しかしこれは辞任した担当者だけでなく、日本国民に共通して存在している潜在的な意識であるともみることができるので、担当者が辞任して済む問題ではありません。差別とともに、権利問題についてのこうした潜在意識を根本的に改めることが、国だけでなく個人にも求められているといえます。

2:民主主義にとって深刻な事態

現代の格差問題について、フランスの経済学者トマ・ピケテイは著書「21世紀の資本」で極めて示唆的な意見を述べています。この著書でピケテイは世界の富と所得の分配問題を膨大な資料に基づいて分析し、長い資本主義の歴史の中で格差が拡大していることを具体的に明らかにしました。

ピケテイはこの格差の増大は自然に解消されないので、それを防ぐためには政策が必要であるとして世界的な累進的資本課税を提唱したのです。彼は「格差の歴史とは、激動の社会変化を受け、経済的要素以外に、無数の社会、政治軍事、文化現象に突然動かされた、常に混沌とした政治的な歴史である」としました。その上で富の世界的な動学の研究での一つだけある確かな結論として、「近代的成長、あるいは市場経済の本質に、何やら富の格差を将来的に確実に減らし、調和のとれた安定をもたらすような力があると考えるのは幻想である」と述べているのです。

つまりピケテイは競争を主体とした資本主義の市場経済そのものを格差の基本的な要因としましたが、経済発展にとっては富の少ない層が固定化するのはマイナスなので、それを調整するため世界的な累進的資本課税を提唱したのです。

格差の基本的な要因とともにここでいま一つ指摘したいことは、ピケテイは「格差の固定化は民主主義にとって深刻な事態である」(2015年2月1日 日本経済新聞)とも述べていることに関連した問題です。

近年非正規雇用者が増大していることは前述しましたが、働き方改革の推進によりコロナ問題もあり、社会階層の格差が一層強まる傾向にあります。国の所得再配分機能が弱まり格差と不平等化が固定化すると、他者への配慮や思いやりなどが失われ、相互不信感も強まり国民の公共的意識も低下するといわれています。

多くの先進国ではこれまで安定して多数を占めていた「中間層」が没落した結果、就業機会を失った若者や失業者などが急進化・ポピュリスト化しているのはそれを象徴しています。近年のこうした動向を自由や民主主義の破壊や崩壊の危機と捉え、ファシズムの前兆と捉える意見すらみられるのです。まさに格差の拡大と固定化は、民主主義を維持発展していくうえからも改善すべき課題なのです。

3:多様な組織と連携・統一を強化

まず確認したいことは、協同組合は「共同で所有し民主的に管理する事業体を通じ、共通の経済的・社会的・文化的ニーズと願いを満たすために自発的に手を結んだ人々の自治的な組織」であり、その基礎を「自助、自己責任民主主義、平等、公正、連帯」においた「倫理的価値を信条」とする組織なことです(ICA100周年記念大会決議)。ここで示されている特徴は協同組合が格差や人権無視の対極にあることを示しており、しかも国際的な組織でもあるので、国内・国際の連帯した活動を強め、多様な差別や人権無視を改善することが協同組合の重要な課題なのです。

だた、ピケテイは格差の原因は競争的な資本主義の市場経済にあると述べていたことは前述しましたが、協同組合はその資本主義の内部で生まれた組織です。そのためこれまで自らの理念とは異なり資本主義の市場経済に応じた対応も多くみられ、「(協同組合主義者の)小さな理想主義は資本主義の大海の一滴にすぎず、たちまち大海に飲み込まれた」と批判されました。

わが国の産業組合でも同様な歴史がありました。世界恐慌に対応するため1932年に政府が策定した農山漁村更生計画で中心的組織とされた産業組合は、自らも「拡充5カ年計画」を決定し、一町村一組合、未設置村と未加入農家の解消などを掲げて取り組みました。しかし産業組合の取り組みの基本は協同理念の強調だけで他組織との連携統一した闘いがみられなかっため、戦時体制強化に伴いそれからわずか11年後、「皇軍感謝決議」を行いその歴史に幕を閉じたのです。

しかしその産業組合にも注目すべき取り組みがありました。それは国民健康保険制度への取り組みです。その詳細は省きますが、政府が提案した法案に対し産業組合は組織の根拠を労働組合、農民組合、産業組合の自主的な組織においた対案を示しました。そしてそれぞれの組織の代表が一致協力して取り組んだ結果、この産業組合案が成立しましたが、それが戦後の農協の厚生・医療事業に引き継がれているのはいうまでもありません。

この運動は2・26事件が起き戒厳令が敷かれ、一切の運動が極めて困難な中での「貧農のために闘う全民主団体の統一戦線による取り組み」として今でも高く評価されています。この教訓にも学びながら、今後は多様な組織との連携・統一を強め、地域の諸課題とともに格差と人権軽視の改善にも取り組むことが協同組合に求められているといえます。それこそが価値と原則を実現する途ですが、とくに農協についてこのことを強調したいと思います。

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