農政:許すな命の格差 築こう協同社会
【特集:許すな命の格差 築こう協同社会】現地ルポ:JA 東京スマイル(2)眞利子伊知郎組合長に聞く 「都会の産地」守るJA に2021年10月26日
東京23区内で野菜の産地があるというと意外に思われるが、東京都江戸川区は小松菜の特産地として知られている。この地域をエリアとするJA東京スマイルは小松菜を中心とする野菜の生産が盛んで、直売所を通じて、都市農業の価値を消費者にアピールしている。「都市農業への理解が深まりつつあり、JAは農地・農業を残すための努力を惜しんではならない」という眞利子伊知郎組合長に大消費地におけるJAの役割を聞いた。(農協協会参与・日野原信雄)
小松菜生産全国で4位 身近な農業アピール
高い栽培技術で
JA 東京スマイル
眞利子伊知郎組合長
――JA東京スマイルは、小松菜を中心とする野菜の産地として知られています。都市化のなかで、どのようにして産地を維持していく考えですか。
東京都の足立、葛飾、江戸川という都市化した3区をエリアとするJAですが、生産緑地が90ha、宅地化農地が30ha、合わせて約120haの農地があります。大消費地の条件を生かした東京都内では数少ないまとまった野菜の産地です。特に徳川8代将軍吉宗が名付けたと言われる小松菜は、江戸川区発祥の特産野菜で、都内の生産の6割を占めています。東京都の生産量が全国4位なので、まとまった産地としては全国トップクラスの小松菜産地だと自負しています。
生産者は、長年培った技術を持っており、施設栽培で年間5、6回の周年出荷を実現しています。市街地のど真ん中にある農地なので、1戸あたりの栽培面積は30aほどですが、5回転すると1・5haで、国内の平均経営面積並みになります。有機質肥料で生産性向上に力を入れており、年間1000万~1500万円の販売額が見込めます。
小松菜は区内の学校給食にも提供し、東京産の野菜として子どもたちの地産地消の教育にも役立てています。ほかにも管内には、足立区のつまものや葛飾区のエダマメ、また朝顔やシクラメン、苗ものなど歴史のある品目が少なくありません。
小松菜栽培は家族農業が中心で、住宅が近く、農業にとっては厳しい環境のもとで、農薬の使用をなるべく抑えるなど、安全で安心な野菜栽培に全国でも先行して取り組んできました。
その意味で、都市農業は、SDGs(持続可能な開発目標)に沿っており、また中小規模・家族農業の推進など、先に農水省が示した「みどりの食料システム戦略」と親和性があり、これからの農業の手本となるべきところが多いのではないか。そしてそれを示すのはJAの役割だと思っています。
また、都市農業は農地を残すか農家を残すかという議論がありますが、JAにとっては農家を残すことが大事です。農地を残すだけなら、企業が参入して植物工場を建てても守れます。しかしそれでは、都市の消費者に農業の大切さを伝えることにはつながらず、JAの存在価値がなくなります。JAとしてはそこをしっかり認識しておくことが大切です。
――区内の農地・農業の維持にJAはどのような支援をしていますか。
来年導入される特定生産緑地制度による営農の継続は、都市の農地と農業を守る上で欠かせません。JAとしては、組合員農家に対して、生産緑地の継続を呼びかけ、積極的に説明会を開き、また申請に必要な作業の手伝いをしています。
2年前からは営農担当の職員だけでなく、支店の渉外担当者も土地の登記簿取得や案内図の作成などを手伝っています。おかげさまで農家から大変喜ばれ、現在、対象者の申請率は江戸川区90%、葛飾区70%、足立区85%で、平均で80%以上になっています。
これまで多くの農家が農業をやめましたが、いま残っている農家は、それだけ営農継続の意欲を持っています。
こうした農家の意欲に応え、JAでは都市農地貸借法に基づき、農地を貸したい人と借りたい人のマッチングを行っています。それだけではなく、来年度からはJAが自ら借り手となるべく制度を検討しています。
農地の維持は防災面でも欠かせません。震災時の一時避難場所として、行政と協定を結んでいます。また、防災兼用井戸の設置もあり、災害時には必要な場所となります。
直売所を拠点に
――管内は野菜の産地ですが、JA東京スマイルは、農産物の販売事業は小規模で、直売所での販売に力を入れていますね。
これは都市近郊の農業全体の特徴ですが、管内は大消費地の東京市場に近いこともあって、市場の卸や仲卸とのつながりがあり、昔から農家は自分で直接市場に持ち込んでいました。しかし高齢になり、個人出荷が難しくなる生産者が増えたため、JAでは3カ所の直売所を設けました。高齢化した生産者だけでなく、定年退職して農業を始めた人や、一度は栽培をやめた農家が、近くの直売所に出荷できるならと、栽培を再開するケースもみられるようになりました。
このことは、輸送にかかる時間の軽減にもなり、カーボンニュートラルへの貢献にもなるのではないでしょうか。ただ、直売所は売れ残りをその日のうちに引き取らなければならず、出荷者の負担になっています。引き取りなどの方法も考え、より多くの人が出荷できるようにしたいと考えています。
一方、各区に1カ所ある直売所は、准組合員も含めた利用者に対して農業理解の場になっています。区内で取れた野菜だけを販売しているので、都市にいながら農業を身近に感じ、野菜の種類や旬が分かり、消費者の農業への理解を深めています。JAの応援団が増えることも期待できます。
――大消費地にあるJAとして、JAへの理解を深めるため、地域に対しどのような活動をしていますか。
貯金利息の一部を区に寄付するボランティア定期預金を行っています。これまでの総額は約500万円になり、今年度も10月1日から募集しています。また1口100万円で地元産野菜の詰め合わせをプレゼントする「食べてスマイル 預けてスマイル定期貯金」で、今年も総額7億円として700件プレゼントをしました。
また「小松菜一斉給食の日」として、管内の小中学校280校に小松菜を提供し、併せて生産者が学校に出向き、地区の農業についての授業を行っています。このほかJA共済の「地域・農業振興活動」の助成金を活用して、農作業用農具、大型冷蔵庫、移動販売車を導入し、組合員向けに農機具のレンタル、農作業支援での活用、農産物の販売などに役立てています。
――農業を知らない職員が増えてます。職員教育はどのように進めていますか。
農業者と一緒に農作業することで農業の大変さを知り、JAの使命が認識できると考え、新人職員には農家での実習を行っています。また、都市JAの組合員の最大の関心事は相続です。資産管理部署の職員だけでなく、普段から組合員と接触のある渉外担当者に相続診断士の資格を取得してもらうよう講習費用を助成しています。JAは組合員の総合コンサルタントとして事業展開していくことが今後求められていくと思います。
次代に農地残す
――都市農業への思いを。
JAの常勤になってから経営を息子に任せていますが、30aの施設を含め45aで小松菜を作っています。以前は農協青年部にも参加し、都市農業を守るため、宅地並み課税反対の運動にも参加しまた。
いま都市農業は、確かに縮小気味ですが、後継者や定年帰農者、農地貸借法などによる新規の就農者も出てきています。また都市農業振興基本法など、都市農業への理解は深まっており、、環境保全や人々の生活環境をよくするためにも都市の農業は今後も存続させなくてはなりません。そのためJAは農家と農地を残すための努力を惜しんではならない。農業を未来へつなぐ活動こそがJA本来の仕事だと考えています。
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