農政:許すな命の格差 築こう協同社会
【特集:許すな命の格差 築こう協同社会】現地ルポ:茨城県・岩井農協(1)風見晴夫組合長に聞く 農協運営の主体は組合員 ネギとレタスで日本一の座2021年10月27日
茨城県岩井農協は、2016年のデータでは春ネギ、夏ネギ、春レタスでは日本一の出荷量を誇り、他産地の追随を許さない野菜大産地だ。
茨城県には、このシリーズで取り上げた八郷農協やメロンで知られている茨城旭村農協など個性のある未合併農協があるが、その中の一つである岩井農協をけん引する風見晴夫代表理事組合長(兼茨城県農協中央会副会長)と、長いこと営農指導に携わってきた内田芳美常務理事に、わが国の農と食、同農協の活動などについてインタビューした。(聞き手・構成=客員編集委員 先崎千尋)
※先崎氏の「崎」の字は正式には異体字です。
風見晴夫代表理事組合長
――農産物の自由化が進み、食料自給率が40%を切っています。私たちにとって食とは何でしょうか。
風見 食は人間が生きていくには切り離せないもの。戦争でわが国が負け、米国の食文化が入ってきて、小麦が米に取って代わった。日本人の体質に合った食文化が忘れ去られています。どうしてそうなってしまったのか。
国の政策もあるが、メディアの影響が大きいと思う。メディアは、野菜がちょっとでも高くなると農家の苦労を知らないで大騒ぎするでしょう。下がった時には決して報道してくれないんだよね。そこがおかしいのかなと。消費者も、安いときに旬の野菜の食べ方を工夫してたくさん食べてくれれば、国内で栽培されている農産物の価値を理解するんじゃないかな。
――組合長は水田150haを受託耕作しているとお聞きしました。どうしてそのような規模になったのでしょうか。また、現在の農協では専業農家出身の組合長は珍しいのですが、農協の経営に関わるようになったのはどういういきさつからですか。
風見 わが家はもともとトマトやレタス、葉ショウガ、ホウレンソウなどの野菜農家で、小学生の頃には父がトラックで東京隅田市場に出荷しており、手伝っていました。高校を出て米国に野菜栽培の研修に行き、これからの日本の農業も変わる。これまではどこの農家でも米も野菜も作ってきたが、野菜農家は水田を他に委託し、野菜専門になるほうが収益も上がる、コンバインや乾燥施設なども買わなくてすむ。それなら自分は米作りを受けるほうに回ろうと考えて、機械設備を導入、親戚や近所の田んぼを請け負っていたらこれだけの面積になってしまったということです。農協理事には200ha請け負っている人もいます(筆者註=水田の作業受委託面積や戸数は正確にはつかめないが、全面積の半分を超えていると思われる)。
――現在の経営はどうしていますか。
風見 息子が大学を出て就農した時に風見ファームとして法人化しました。県内では3番目と早かった。家族経営が基本で、忙しい時は臨時に人を頼む。海外からの実習生も3人います。
――それだけ田んぼをやっている人が何で農協に入ったのか、素朴な疑問だったんですが。
風見 いや、私もそうなるとは考えてもいなかったんです。ただ、41歳のときに農協の役員改選があって、そのときに「もう時代は変わってきているんだから、若い者が出ていかなきゃしようがないだろう」と。たまたま父親が野菜の先駆者だったもので、「あそこの息子、おやじはもう亡くなったから今度はおやじの恩返しだ」と言って、おれに役員を頼みにきたのが始まりかな。
――コロナ禍で昨年は米価が安くなり、今年はもっとひどいようです。米作農家の打撃は大きいと思いますが。
風見 10a当たりの生産費は楽に2万円を超える。手取りは1万3000円くらいでしょうか。ぎりぎりです。我々はもうしようがない、かなりの規模の設備投資をしているから後へは引けないと覚悟しています。小さい米農家のほうが打撃は大きいのではないか。今年の米は1俵1万円くらいだから、1975年の相場と同じです。
日本には四季があって、米を中心に折々の季節に合った食が日本人の体を作り上げてきた。それが今では朝食はパンと牛乳、コーヒーで、都会ではハクサイのおしんこも漬けなくなっちゃった。これでいいのかなと。そのうち世界全体で食料難時代が来ると思います。
――「農協の歴史は合併の歴史」と言われるくらいに、国や全国農協中央会(全中)からずっと「合併しろ」という指導がされてきました。岩井農協が合併してこなかったのはどうしてですか。
風見 合併しなくていいというのが生産者の意向です。現在、正組合員が2700戸。総代会ではなく全組合員参加の総会で方針を決めています。農業で食べていく、それにはどうすればいいのかは組合員が決め、農協(役職員)はアドバイザーであっても、組合員に対して「ああしろこうしろ」と上からの目線でものごとを言わない。ここは生産者組合員のほうが強い。
内田芳美常務理事
――現在の岩井農協の販売事業はネギとレタスがメインですが、そのスタートはどうだったのでしょうか。
内田 ネギ栽培の始まりは1955年です。72年に段ボールでの出荷を始め、83年には定数詰め(L36本、M45本、S55本)、87年には夏ネギの予冷出荷。いずれも全国で初めてでした。
『マルイワ』ブランドロゴ
レタスは1957年にすぐ近くの猿島郡境町で栽培が始まり、岩井地区では66年に始まりました。当時はハクサイが多かったのですが、品目の転換が図られ、作付けが増えていきました。94年には健全な土づくり、みずみずしさ、鮮度感など、消費者にほれぼれしてもらえるこだわりの「惚レタス」ブランドを立ち上げました。68年に園芸部会が発足し、ネギ、レタスを中心にし『マルイワ』ブランド(岩の字を〇で囲むのが正式)=画像として日本を代表する産地として評価されるようになりました。
昨年度の青果物の販売額は、ネギが38億円、レタスが23億6000万円で、1戸平均の販売額は1757万円になっています。京浜市場では、岩井のネギの値段が決まってから他の産地の値段が決まる。東京中央卸売市場で、10本のネギのうち7本は岩井産だと言われた時期もありました。
――ネギとレタスの導入は農協が主導したんですか。
風見 違います。ここは東京に近いし、市場に直接出荷していたので東京の消費者が求めているものを早く知ることができて、それを取り入れた。先人たちは、どういうふうにしたら利益が出て人並みの生活ができるか、手探りで努力してきたんです。
――連作障害に対しては、ここではどうしているんでしょうか。
風見 ここの作物は年2回だね。は種から収穫まで90日かかるので、春にネギを植えて秋にはレタス、またはその逆にする。畑を2、3カ月休ませて、その間に緑肥作物をすき込むなどをして畑を作ります。
――1戸当たり1800万円近い販売額ですが、経営面積はどれくらいでしょうか。
風見 平均で田畑合わせて75aです。茨城では小さいほうですね。相場がよかった時には農家の収入は平均で2200万円になった。
――農協の共販率はどれくらいですか。
風見 70%です。
――それはすごいですね。全国平均が50%台。茨城県はその半分くらいですから。国は「みどりの食料システム戦略」を打ち出し、有機農業の推進を図ろうとしていますが、ここではどうでしょうか。
風見 岩井農協の組合員農家は前から有機に取り組んでいます。化学肥料も使うけれど、発酵鶏ふんや豚ふんを入れる。有機70%の肥料を使う。
内田 20年以上も前に、農家から、土にこだわり、栽培にこだわり、いいものを作りたいという声が上がってきた。それに応えるために農協ではネギ、レタス専用の肥料を開発し、栽培マニュアルを作った。また、有機野菜に関心がある人を集めて講習会を開き、園芸部会の中に土づくり栽培研究グループを作り、「野菜名人」という有機にこだわったブランドで95年に意匠登録と商標登録を取り、販売を始めました。現在、野菜名人出荷グループには23人おります。
――農協ではこれまで化学肥料と農薬を使った指導をしてきた。今度国が有機農法を積極的に進めようとしているわけですが、農協の職員には戸惑いがあって、「有機農業などできない」と言っている人が多い。岩井農協ではどうですか。
風見 うちの農協ではそんなことを言う職員はいないね。生産者は、基本のキとして有機70%くらいの栽培をしたいと考えている。組合員の考え方に沿った肥料の設計をしていくのが職員の仕事なので、他の農協とは違うかもしれない。
――有機農業は、現場では誰がやるのかが問題。消費者も、有機のものだから買うというより、産地などのこだわり志向が強い。さらに有機農産物は手間がかかり、収量も少ない。だから値段も高めだが、消費者は慣行栽培のものより2割高いと買わない。どう考えますか。
風見 矛盾していますよ。国の言っていることは確かですけど、それを理解してくれて売買する仲卸業者、バイヤーたちが消費者にどういう伝え方をするか。私たちは昔の農法に戻っただけです。
――岩井農協は長いこと、ネギとレタスを中心にやってきました。これからはどうするのでしょうか。
風見 これまでいろいろな野菜と取り組み、この地域ではネギとレタスがベストということでやってきた。これからもそれでいいのか。5、6年前から園芸部の青年部会で、消費者は何を求めているのか、どのような新たなものを入れるかなどの研究を続け、ミニカリフラワーなど5種類の新規野菜を栽培しています。
コロナ禍と関係なく、農業所得を増やしていくにはどうすればいいか、私たちの試行錯誤は続きます。
――ありがとうございました。
日本を代表するブランド「惚レタス」の収穫作業(岩井農協提供)
【岩井農協の概況】
茨城県岩井農協は東京から50キロ圏にある未合併農協。古くは平将門の本拠地として知られ、江戸時代には、利根川と江戸川を通して、物流と人の交流が江戸と直接つながり、商品経済や江戸文化の影響を強く受けた。農業面では、古くから商品作物としての葉タバコ、茶、コンニャクの産地として知られ、近年は野菜の大産地として首都圏の台所をまかなっている。現在はネギとレタスが主力となっている。
▽正組合員 2767=准組合員 1701 合計4468
▽販売品取扱高=62億3100万円
▽購買品供給高=21億1600万円
▽貯金残高=678億8400万円
▽長期共済保有高=1536億8300万円
▽職員=132人(内常勤嘱託7人)
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