農政:迫る食料危機 悲鳴をあげる生産者
【迫る食料危機 悲鳴をあげる生産者】産地苦悩「価格転嫁できぬ」茨城県・JA岩井 風見晴夫組合長に聞く2022年7月13日
理不尽と言える突然のロシアのウクライナ侵攻から5カ月経った。停戦の兆しは見えない。ウクライナは「ヨーロッパのパン籠」と言われてきたが、今回の事態の影響は欧州にとどまらず、しかも世界中の食料、そしてあらゆる資材価格の高騰を招き、わが国の農業生産にさまざまな影響を及ぼしている。コロナ禍に加えての今回の事態。私は昨年10月に、茨城県内農協の論客である岩井農協の風見晴夫組合長から、同農協の活動や農と食についてお聞きしたが、農水省の「みどりの食料システム戦略」も含めて、最近の世相をどう見ているのかをインタビューした。風見組合長は今年3月に全中から特別功労表彰を受けている。(聞き手:本紙客員編集委員 先﨑千尋)
JA岩井 風見晴夫組合長(左)
「みどり戦略」、きれいごとだけで農業はできない
――国は先の国会で、これまでの農政を根本から変えるかもしれない「みどりの食料システム戦略」の関連法案と予算を成立させました。これについて、現場ではどう受け止めているでしょうか。
どうすれば農家が営農を継続できるかを考えるとき、国の方針に従っているだけでは、われわれはご飯を食べられない。ここの農協ではこれまで、ネギとレタスをブランド化し、付加価値を付けて販売してきました。付加価値を付けるために随分苦労しながら作っても、消費者がそれを評価してくれるか。
我々は1ミリの種子から作物を育て、ネギやレタスを作っていく。しかし、農業がどれほど大変なのかを理解する消費者がいなくなってしまい、安いか高いかだけで判断されてしまう。有機農産物だって同じような受け止め方をされるのではないでしょうか。
――ここの農協では、組合員レベルで「みどりの食料システム戦略」をどの程度分かっているでしょうか。
いいとこ、40%でしょう。ただ「国の言っていることと現場とは違う」と考えている人が9割はいます。おカネにならなければ農家は動かない。「みどり戦略」で国は日本の農業をどう守ってくれるのか、はっきりした方針を示してくれなければ。
きれいごとだけでは農業はできない。農業で食べていけない。
――岩井農協では30年も前から、ぼかし肥料や有機質肥料を独自に開発し、いろいろな努力を積み上げてきました。肥料は慣行栽培と比べてどれくらいの比率ですか。
ネギもレタスも、化学肥料は40%程度。農薬は国の基準に従っています。生産履歴追跡システム、青果物栽培管理台帳の記帳や、残留農薬検査を行っているので、安全は担保されています。
――「みどりの食料システム戦略」の具体策は、今後、国から県、そして市町村レベルに下りてくるのでしょうが、現場ではどう対応されるのでしょうか。
現場ではまだ何も動きがないけれど、行政から何か言ってくれば積極的に対応します。「農協の営農指導員は農家経営のアドバイザーの役割を担うんだ」と前から言ってきています。
――農協の昨年の農産物販売高は、前年比で1割減(56億円)でした。その原因はやはりコロナの影響でしょうか。
夏の気象災害によるネギの減収と、秋冬野菜は豊作と価格低迷が原因でした。外国からの観光客が減っていることだけでなく、コロナで外国人労働者が減っていることもあります。規模が大きい農家は、外国人労働者が頼りになっています。
――今年はどうなんですか。
価格はいいけれど、天候不順で収量が上がらない。春レタスとネギで25万ケースくらい足りない。
利根川沿いのネギ圃場を巡回する担当者
とんでもない資材価格の高騰
――ロシアのウクライナ侵攻で穀物の需給関係が変わっていますが、米価は上がっていないのでしょうか。
変わっていない。これ以上米価が下がったら、米農家はつぶれますよ。農業資材、光熱費などがものすごく上がっていますから。わが家で最近コンバインを導入したが、以前だったら600万円程度のものが2100万円に跳ね上がっている。驚きです。単価が1俵(60㌔)で1万円を切ったら、農家は米を作らないです。
――小麦などの値段が上がれば、米に切り替える消費者が増えるのではないか、米の需要が増えるのではないかと思っているのですが、そうはならないのですね。
そうならない。日本人は、これまでは朝昼晩に米を食べてきたが、今は「朝昼晩ともパンでいいです」という人が多くなっちゃった。日本人の体質が変わってしまった。残念ながら、米の値段が相対的に安くなっても、「では、米を食べるか」ということにはなっていないんです。
――農業資材価格はどれくらい上がっているんですか。
とんでもない上がり方。5割も6割も上がっている。肥料、農薬、燃料などは全農経由ですが、否応なくメーカーから来た値段でやらざるを得ない。ただ、段ボールだけは生産部会がメーカーと協議をして決めている。農協はそのことに口出しできない仕組みになっている。こうしたやり方は、どこの農協でもやっていません。
資材価格が高騰しても、生産者はそれを作ったものに転嫁できない。農産物の価格は農家で決められない。企業が作るモノは、「材料費が上がっているのでこれだけ値上げします」と勝手にできる。しかし農産物は、「これまでは1000円で採算が取れたけれど、今度資材が上がったからこれだけの値段にしてください」と言っても、それが通らない。
このままでは農業は維持できない
――岩井農協はこれまで、農協と生産者が一体となって地域の農業を守り抜いてきました。では、これからの農業、農家はどうなるのでしょうか。
資材価格の高騰は、我々にはどうすることもできない。上がっても、やらざるを得ないのが農家なんです。
また、農家には休みがない。うちのかみさん、「いつになったら私らは休みが取れるんだろうね」と今朝話してた。親は、「借金して休みもなしに仕事をするんなら、どこかに勤めろ」と息子に言いたくなる。いくら先祖から受け継いだ農地であっても、採算が取れなければ農業をやめていく。
「これだけの面積でこれだけの作物を作って材料費がこれだけかかるんだから、国は売り上げでカバーできない部分を補填してあげます」というシステムにしない限り、農業は続かない。米国だって欧州だって、農業に莫大な補助金を出し、安い値段で輸出していますよ。
――円安が続いていますが、農協の経営にどう影響しますか。
これまでの農協の経営は、購買、販売が赤字でも、信用共済事業で全体が回ってきた。しかしこれからはそうはいかない。農協本来の事業である購買、販売に力を入れなければ。ここでは販売手数料は他の農協よりも低いし、出資配当よりも利用高配当を多くしています。
ただ、円安だけはどうしようもない。135円を超えたら農協の利益は出ない。
――岩井農協は立派なポスターを作るなど、販売戦略に力を入れています。その狙いは。
産地ビジョンを明確にして、消費者に理解してもらう。それだけでなく、市場の関係者にも、岩井のネギはこういうネギなんだ、ほかのネギとは違うと、腰を据えて売ってもらう。そういうことを考えてきました。
スーパーなどにもポスターを貼っています。販売促進費は園芸部会と折半で出しています。ここの産地が生き残るために、八百屋さんが「岩井のネギを売りたいんだ」と言ってくれるようにしたい。そういう考えからです。
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