農政:今こそ 食料自給「国消 国産」 いかそう 人と大地
【今こそ食料自給・国消国産】「多様な担い手」育成着々 高まる市民の"農"守る意識 JAはだのの挑戦(1)2022年10月11日
国消国産の推進のカギを握るのが国民理解の醸成だ。農業者が減少し続ける中、農業の維持・存続には消費者の理解や参画が欠かせない。こうした理念の実現に向けて神奈川県はいち早く動き出し、県民の責務として農業の参画を盛り込んだ条例を制定した。この流れを踏まえて秦野市では、「多様な担い手」を育てる受け皿を着々と整備し、農業を守ろうという意識が市民の中に生まれてきている。国消国産を進めるヒントを秦野市の取り組みに探った。
市民が気軽に野菜づくりを体験できる「名水湧く湧く農園」
「安全安心な食べ物には手間がかかると実感」
東京から約60キロ離れた小田急線秦野駅から徒歩約15分。2018年に開設した農業体験農園「名水湧く湧く農園」では、9月下旬でもナスやピーマンの収穫が続いている。20平方mの農地82区画と12平方mが8区画の計90区画。1区画ごとに市民が契約し、農家の指導を受けながら年間26種類もの野菜づくりを楽しめる。開設当初は48区画からスタートしたが希望者が絶えず、4年間で2倍近くに増やした。それでもキャンセル待ちの希望者がいる人気だ。
参加者の1人、永山克美さん(70)は、野菜の安全性に関心を持つ妻の提案で開設時から夫婦で野菜づくりに取り組んでいる。年齢を重ねるごとに土に触れたい気持ちが高まったことも動機で、キュウリやトマトなど夏野菜作りは5年目を迎えた。農作業で爽快感を得ながら新鮮な野菜を得られることが大きな魅力だが、通い続けるうちに農業や農作物への見方も変わってきたと語る。
「畑仕事を通じて安全安心な食べ物を得るには手間がかかると実感しました。生産を維持するためには消費者も理解しないと農業は守れないと思います」
「共同作業で歴史ある農地守りたい」と語る"夢見る乙女"
農園の代表を務める和田礼子さん(63)によると、開設当初は、保育園や大学など団体での参加が多かったが、現在はほぼ個人単位で、年代も30代から70代と幅広い。東京から通う人もいれば農業の魅力に惹かれて川崎市から引っ越してきた人もいる。「コロナで外出機会が減る中、家族で農作業で気持ちのいい汗を流せる場として参加する方が多い気がします。今年はウクライナ紛争があって大事な食料を自分で作りたいと来た方もいました」と和田さんは話す。
リピーターが多い。参加者の16%は開設時からの継続組で、昨年の参加者の95%は今年も継続している。開設5年目を迎え、和田さんは永山さんのように農作業を通して参加者の意識が変化するのを感じるという。「虫の防除や雨天前の作業などを通して農家の大変さを理解してくれる方が多いようです」。周辺にはまだ農地が点在し、和田さんは最近、こうした農地を共同作業で守っていく手立てがないか考え始めているという。
「この周辺は江戸時代の富士山噴火による火山灰を取り除いて農地を守った『天地返し』の跡があるんです。ここに戸建てを建てたらもう畑には戻せませんし、何百年も守られてきた農地をやはり維持したい。無理だと言われるかもしれませんが、私は"夢見る乙女"ですので」と笑った。
農業への参画は「県民の責務」 神奈川県条例が後押し
秦野市では、農業に関わりたいと考える市民のレベルに応じて様々な受け皿が整備されている。それを後押ししたのが、神奈川県が2005年に制定した「県都市農業推進条例」だ。神奈川県全域で営まれる農業をすべて「都市農業」と位置づけ、農業者のみでなく、県民の責務として、農業生産活動への参画や農業者との交流活動を通じて、将来にわたる都市農業の発展に向けて積極的な役割を果たすことを求めた。これを受けて秦野市を中心に県内各地で中高年者が農地を借りて耕作する「中高年ホームファーマー」事業が本格的に動き出し、これまでに県内各地で1500人余りが参加、約22haの耕作放棄地が解消されている。
条例づくりの会議で座長を務めた谷口信和東京大学名誉教授は「神奈川の農業をすべて都市農業と位置づけることで、それを継承することを県民の責任として参画を促す内容としました。国消国産を進めるには、まさに消費者も含めた多様な担い手が農業に関わる必要があります」と強調する。
収穫体験から新規就農まで 「多様な担い手」育てる受け皿
県条例の制定と同じ年の2005年12月、JAはだのと秦野市は「はだの都市農業支援センター」をJAはだのに設置し、「多様な担い手」育成に本格的に乗り出した。同センターを核に担い手育成の受け皿が次々と整えられた。
市民はレベルに応じて参加メニューを選べる。収穫体験など農業イベント情報を受け取る「はだの農業満喫CLUB」には現在、571人が登録、親子でサツマイモ掘り体験などに参加できる。通年で野菜作りに取り組みたい市民向けには、冒頭の「農業体験農園」や、JAはだのが荒廃農地を借りて100平方m当たり年間6500円で貸し出す「JAはだのさわやか農園」(45か所)を活用することもできる。さらに本格的に農業を志す人向けに2006年に「はだの市民農業塾」が開設された。「新規就農コース」では2年間で野菜作りの技術を基礎から学べ、16年間で修了者のうち81人が就農した。このうち農家の後継者は18人で、63人は農外からの就農者だ。
JAはだのの宮永均組合長は「都市農業を持続させるには、農家の後継者だけでなく、多様な担い手が必要です。それが荒廃地を防ぐ農業生産の基盤になるとの思いで特に担い手育成に力を入れました」と語る。
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