農政:今こそ 食料自給「国消 国産」 いかそう 人と大地
【今こそ食料自給・国消国産】JAは消費者に本気で向き合うビジョンを 農業ジャーナリスト・榊田みどり氏2022年10月18日
食料自給率が先進国で最低水準の38%に低迷する中、JAグループが推進する「国消国産」について考えるシリーズ。明治大学客員教授で農業ジャーナリストの榊田みどりさんは、「国消国産」をただのキャンペーンでなく、まさにJAの存在を消費者に理解してもらい、味方にする力強いビジョンを伴った取り組みにすべきだと指摘している。
農業ジャーナリスト 榊田みどり氏
国消国産という言葉が意味すること
少し辛口の意見を言わせていただくことをお許しいただきたい。「国消国産」というキャッチコピーをJAグループが掲げたとき、私はかなり複雑な気持ちになった。
たしかに、コロナ禍とロシアのウクライナ侵攻は、グローバル化の脆弱さを露呈した。日本の食料自給率の低さ、歯止めのかからない耕作放棄地の増加など、国内の農業生産基盤の脆弱化も深刻だ。消費者間でも、度重なる食品値上げが続き、輸入依存度の高い日本の食構造への不安が高まっている。今だからこそ消費者に「自給」の価値を再考してほしいと私自身も願っている。
ただし、「国消国産」という言葉の意味を考えたとき、その重みを踏まえた上での提唱なのか、消費者に訴えるべきことをきちんと訴えているのか、個人的には疑問に思うこともある。
というのも、10月に入り「国消国産の日」に合わせてキャンペーンが行われているが、「国内で消費する食べ物は、できるだけ国内で生産する」と説明しつつも、現実には消費者に「国産を選ぼう」と訴える文言だけが目立つと感じているからだ。「国産を選ぶ。それは未来へつながるお買い物」というコピーは、「国消国産(国民が消費する食料を国内で生産する)」ではなく「国産国消(国産をなるべく消費しよう)」というキャンペーンでしかない。これで農業サイドの思いが消費者の心に届くだろうか。
ここで改めて「国消国産」という言葉の意味と向き合いたい。この言葉は、消費サイド以上に農業サイドに重い課題を突きつける言葉でもあるからだ。
「地消地産」の哲学と「国消国産」
すでに国内で定着している言葉に「地産地消」があるが、数年前から「地消地産」も耳にすることが増えた。「地産地消(地域で生産するものを地域で消費しよう)」ではなく「地消地産(地域で消費するものを地域で生産しよう)」。前者は消費行動、後者は生産行動への呼びかけで、意味が大きくちがう。
背景にあるのは、イギリスに本部を置く「ニュー・エコノミック・ファンデーション」が提唱する"漏れバケツ理論"だ。世界的に戦後から近年までの経済成長期は、いかにバケツに多くの水(カネ)を注ぎ込むか、つまりいかに稼ぐかばかりで、貯まった水がバケツの穴からどれだけ漏れているかに無頓着だった。じゃんじゃん"外貨(域外からの利益)"を稼いでじゃんじゃん使う。それでも高度成長期は地域経済が回っていた。
しかし、低成長期に入りバケツに注がれる水は細った。ここは発想を転換し、"外貨"を稼ぎつつバケツの水漏れを減らす、つまり、流出しているカネを地域内に取り戻す「経済の地域循環」を図ることが、グローバル化に対抗する"足腰の強い地域経済づくり"には必要だという考え方が、この言葉の背景にはある。
ただし、「地域で消費するものを地域で生産する」のは、生産構造の変革を迫ることでもあり、農業サイドにとって難しい課題である。これは「国消国産」でも同じだ。とくに「国消国産」の場合、海外依存度の高い小麦や大豆、飼料用トウモロコシなどの"自給"化の努力が大きな課題になる。
コロナ禍で子実トウモロコシ栽培への取り組みが報じられているが、今のところ微々たるものだし、もし飼料の国産化が求められたら、日本の農地のほとんどが飼料用作物で埋め尽くされることになる。
飼料用穀物の確保がグローバル市場の変動で危機に立たされたのは、これが初めてではない。リーマンショックに見舞われた2008年前後、バイオマス需要や中国などの肉食急増の中、トウモロコシ相場が急騰し、多くの畜産農家・畜産企業が廃業・倒産した。農水省は、飼料自給に向けた取り組みの強化を打ち出し、エコフィード利用や飼料用米の拡大推進を打ち出したが、その後に相場がある程度落ち着いたこともあり、大きな構造変化は訪れなかった。ちなみに当時の農水省の資料では、06年度に輸入された飼料用穀物を国内生産した場合、約437万haが必要と試算されている。
トウモロコシに限らず、農業資材の海外依存は高い。同じく08年前後、化学肥料原料のリン鉱石の枯渇を理由に、主要輸出国のアメリカや中国が禁輸に踏み切り、価格高騰どころか量的確保さえ困難になるのではないかとも囁かれた。これもその後の輸入状況改善で危機感が薄れているが、今後数十年で枯渇するとの予測はすでに出ている。
つまり日本の農業構造もグローバル化の渦の中にあるわけで、今回のコロナ禍とウクライナ問題では、海外資材に依存しなければ現在の経営モデルが成り立たないことが、顕在化したともいえる。
この状況下、従来のマーケットプライスでは、生産現場は赤字になり、適正価格での購入を消費者に訴えなければ農業生産の持続が難しい。ただし、その構造に対して農業サイドはどう考えどんな行動を始めようとしているのかというメッセージとセットであるべきだと思う。
一時的に国の補助と値上げを消費者に求めつつ「これは一時的なもので、いずれは再び国際相場が落ち着き安定輸入が可能になる」と思っているのであれば、それは消費者が「これは一時的な食品高騰で、いずれは再び安価な輸入食材が入ってくるようになる」と考えているのと同じことになる。これでは、消費者と根本的な問題を共有する関係は築きようがない。
もうひとつ、「国消国産」というのであれば、コロナ禍で広がった都市部の「食の貧困」拡大とどう向き合うかという課題もある。都市部で食の貧困が拡大する一方、農村では、コロナ禍による外食需要の激減で"米余り"が深刻化したとされるが、どちらも根は同じだ。
根本的な問題は「資本主義的食料システム」にあると指摘する友人の平賀緑・京都橘大学准教授から、以前、1929年の「世界大恐慌」の際の興味深いエピソードを聞いた。
膝まで小麦に埋まりながらパンを求める都市住民の行列ができたという当時の光景を描く記述があるという。つまり、都市住民は失業でお金がなく食料が買えず、農村では売れない小麦が積み上がり、価格暴落で収入が減った。価格が暴落しても失業者は買うことができず、パンの無償配給を求める行列に並んだという話だ。まさに、コロナ禍で生まれた今の風景と重なる。
農水省が子ども食堂などへの政府備蓄米の無償交付枠を拡大したり、JA単協が、自治体や社会福祉協議会と連携して米を無償提供した事例も少なからず聞いている。民間でも、農業者有志と「反貧困ネットワーク」が連携し「米と野菜でつながる市民と百姓の会」が生まれるなど、緊急避難的な動きはここ3年あまりで増えた。産地サイドにとっては基本的に無償で善意の取り組みで、もっと消費者にPRしていい話題だ。
ただし、今のところ緊急避難的な食料提供にとどまり、国の対策も希薄なため、「食の貧困」をカバーする社会的なセーフティネットとしての仕組みづくりには至っていない。善意の生産サイドによる無償の提供は持続が難しい。
すでにコロナ禍前の2018年には、「国民栄養白書」で経済格差拡大と健康格差の相関関係が指摘されている。「国消国産」を掲げるなら、JAグループが率先して、このシステムづくりを国に提案していいのではないか。これは「いざというときは食べものを提供してくれる」というJAの存在を消費者に理解してもらえる機会にもつながる。
つまり、農業資材高騰への配慮を政府に求めているだけでは、消費者を味方にするのは難しいと思うのだ。先日、友人の農業者が「農仕舞い」に入った仲間たちの話をしてくれた。そこまで生産現場が追い詰められていることは理解しているが、であればこそ、消費者に本気で向き合って、ともにもっと正直に現状や今後のビジョンを提示することこそ、「国消国産」というスローガンに求められるのではないのだろうか。
国家主義・排外主義と一線を画す
最後に、「国消国産」という「国家」を前提にした言葉は、国家主義・排外主義に巻き込まれる危険性も持っていることは指摘しておきたい。とくに政府が「食料安全保障」を念頭に「食料・農業・農村基本法」改正に動き出す中で、「食料安全保障」と国家主義や排外主義を結びつける言動が登場し始めている。これは、協同組合であるJAグループとしても本意でないはずで、注意が必要だ。
2008年当時、農地や水をグローバルに奪い合う「ランドラッシュ」にFAO(国際連合食料農業機関)が「新植民地主義」と警鐘を鳴らした。グローバルな「奪い合いの食」ではなく、世界の誰もが健康で安心して食べられる互いに「奪わない食」の実現こそが、協同組合が目指す「食と農の民主主義」ではなかろうか。
理想論といわれるかもしれないが、その目的に向けて、農業者も消費者も安心して暮らせる生産と消費の関係づくりに向けた取り組みと政策提言こそ、協同組合であるJAが主導してほしいと願っている。
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