農政:今こそ 食料自給「国消 国産」 いかそう 人と大地
【今こそ食料自給・国消国産】座談会 求められる価値観転換 今こそ食と命守る『協同戦略』を(1)2022年10月27日
JAグループは10月を「国消国産」月間として農業、農村の重要性を発信してきた。「国消国産」や自給率向上、地域農業の振興に向けて、国民的な議論を活発にするためには何が求められるか。ワーカーズコープ理事長の古村伸宏氏と蔵王酪農センター理事長の冨士重夫氏、農協協会会長の村上光雄氏に、それぞれの立場から考えを聞いた。司会・進行は文芸アナリストの大金義昭氏。
【出席者】
ワーカーズコープ理事長 古村伸宏氏
蔵王酪農センター理事長 冨士重夫氏
農協協会会長 村上光雄氏
(司会・進行)文芸アナリスト 大金義昭氏
「瑞穂の国」の資源 もっと有効利用を
大金 「国消国産」という気宇壮大なキーワードを掲げてJAグループがこの秋、大きな運動を展開しています。農業は「国家百年の大計」です。自給率38%を45%に引き上げるにせよ、0・5%の有機農業面積を25%に広げる「みどり戦略」にせよ、その実現のためには、新自由主義が横行する「この国のかたち」を根本から変えていくような運動が求められます。現場やそれぞれの実践に結びつけて、真に実効性のある取り組みについてフランクに話し合っていただければと思います。
村上 コロナ禍、そしてロシアのウクライナ侵攻の中、資源のない国の哀しさ、資源国の横暴を、私たちは嫌というほど味あわされています。
しかし、日本はほんとうに資源がないのか。「瑞穂の国」というように、日本には水がありお米があり、国土の3分の2を森林が占めています。私も自分の山に入ると、木が大きく育っています。だから、国土にある資源を、もっと有効に利用したい。本当にないのなら、もっと物を大切にしたリサイクルも進める。時代の転換点に差しかかっているので、政治家の皆さんも、半導体工場に何百億円も補助するといった場当たり的なことではなく、大きな視野で取り組んでほしいと思います。
他国にない未来的課題を内包した労働者協同組合法
大金 この10月1日から労働者協同組合法が施行されたのは、協同組合全体にとっても一筋の清新な光ですね。
古村 お祝いのイベントも開きました。労働者協同組合法制は、世界的にみると日本は遅れて制定されました。遅れたがゆえに、他の国にない未来的な課題を内包した法律になりました。働き方で私たちが超えなければならない「山」は、「雇われて働く」という受動的な営みでした。そうではなく、「一人ひとりが主人公として働くための労働者協同組合だ」と言ってきたのですが、では私たちはどこまで主体的に暮らせているのでしょう。「雇われて働く」から反転することで見えてくる世界は、暮らしの在り方をも問うています。
ウクライナのこと、コロナのこと、もう少しさかのぼるとSDGsや気候危機。これらを捉え直すとき、大事だと思うのは「生物多様性」です。私たちは人間だけでは生きていけません。人間が世界を征服し、支配できるというベクトルで動いてきた時代は変わらざるを得ません。そうした大きな局面の中、ほんの一粒ですけれど、労働者協同組合法が日本という島国で、世界とはまた違った可能性を内包して生まれたことは意義深いと感じています。
大金 「協同労働」は新自由主義に対抗する手がかりや足がかりでもあるわけですね。
古村 おっしゃる通りです。私たちの運動はもともと、失業者が仕事を得るために始まりました。弱い立場の人たちが協力し合って事業体を作り、職場を作り、仕事を作った。今日までこだわってきたのは「よい仕事をする」ということです。サービスを利用する人、ものを使う人も良いと思わない限り、「よい仕事」にはなりません。そこで、利用する人たちの声や意見、場合によっては参加も促し、協力・協同しながら仕事を創(つく)ってきました。お互いがお互いを認め合い、生かし合う関係があるからこそ主体性が育っていく。40年やってきて、そう感じています。
持続可能性のある社会へ価値観転換を
大金 お話からは家族農業や村落共同体の「原風景」が見えてくるようです。冨士さんは「浅草っ子」が酪農家(牛飼い)になったと私は受けとめているのですが(笑)。幕末に生まれた伊藤左千夫というアララギ派歌人に、「牛飼いが歌よむ時に世のなかの新(あらた)しき歌大いにおこる」という有名な歌があります。まさに蔵王の地から「新しき歌」を大いに興しておられる。
冨士 酪農家から見て、情勢変化のポイントは三つあると思います。
一つはコロナ禍です。外食や観光業の需要が激減し、酪農、農業に売り上げ減と価格低迷を引き起こしています。
もう一つはロシアのウクライナ侵攻です。円安とも相まってあらゆるもののコストが上がりました。収入が減ってコストが上がる。大変な危機で展望が見出せません。
三つ目はSDGsの流れで、これは価値観の転換です。新自由主義の負の遺産を克服していくには、自由競争という価値観ではなく、持続可能性のある社会を再構築していく必要があります。
そのためには価値観を変えなければダメです。よく萬歳章元JA全中会長が言っていますが、競争ではなく「切磋琢磨(せっさたくま)」だ、と。競争とは運不運も含めて相手が倒れればそれでいいということだが、「切磋琢磨」はお互いに人格や資質を向上させていこうという思想だ、と。
今、地域には人的資源が絶対的に足りません。農業だけでなく、あらゆる人たちと手をつないで、いろいろなことに対処していく。そのために今回の労協の仕組みは力になり、たとえば耕作放棄地でソバを育て、職人さんにソバを打ってもらう。農協はそうした仕組みづくりの大きな柱になってきます。
そういうなかで食料安保が問われているわけですが、これは、足りない小麦を作ればいい、という問題だけではないと思います。
麦は乾燥地が適地で、米はやはり水の豊富な日本の作物です。その米は主食用需要が減少していますが、それを麺用・パン用などに多様化してそれで日本の食料をまかなっていく。
酪農も同じです。乳製品在庫が積み上がり、生乳廃棄の心配もある。だからもっと牛乳を飲みましょうといいますが、少子・高齢化で消費量には限度がある。しかし、チーズなら1キロ作るのに生乳10キロ使う。だからチーズを作ったほうが酪農の将来展望にもつながる。
もっと国産麦を作るべきだという今までの考え方ではなくて、もっと国内の資源をどうすればうまく使えるか、どうすれば日本の消費者に食料として供給していけるか、このようにいろいろな芽が出ていることに対して、大きく戦略と方向性を示すべきだと思います。
村上 「耕畜連携」は土地を守っていく、土づくりをするという観点からも、ずっと昔から言われていた基本です。それが戦後の農政もあって「耕」と「畜」とが乖離・分断されてきました。しかし、基本は「耕畜連携」による有機的な農業、これが持続可能な農業の典型なんです。
冨士さんも言われたように、価値観の転換が求められています。「今だけ・金だけ・自分だけ」という風潮を打ち破っていかなければ。私は、日本はそれなりの国だと自負してきましたが、今や世界一、人に優しくない国になった感がある。その改革をテーマに見据えているのですが、そういうなかで労働者協同組合法が施行されたのはすばらしいことです。助け合って働き、生活していく関係を取り戻していかなければと思います。
「国消国産」といえば、江戸時代は全部自給だったんです。人口が少なかったとはいえ、江戸時代にはできたということからいうと、明治以降のたった155年で完全自由化されたと言ってもいいくらいの状態になった。江戸時代に戻れというわけではないが、日本の国土から農業が淘汰(とうた)されていった155年、農業者が農業のできなくなる戦後77年だったことを改めて思います。
「助け合い」が基本 「そもそも」を考える時代
古村 そうした歴史も含めて私は、今は「そもそも」を考える時代なのではないかと思っています。自然があってコミュニティーがあって人がいるのだとすると、自然からコミュニティーが離れ、コミュニティーから個人が離れて今日を迎えています。協同組合は経済組織ですが、先日対談する機会があった京都大学の広井良典先生の話のなかですごく納得したのは「経済はそもそも相互扶助的だった」という指摘です。「交換(市場)・贈与・再分配(税)」が経済の3要素だとすると、どれも「助け合い」「お互い様」なんです。市場ですら、コミュニティーとコミュニティーとの間で、お互いが持たざる物を交換する場から始まりました。贈与はもちろん、税も再分配機能は「相互扶助」です。ワーカーズのなかでも「働いていくらになる」というだけでなく、お金にならない「助け合い」の機能がまず内包され、それが外に向かってどう漏れ出していくかを考えたい。フードバンクや「子ども食堂」は、まさにその兆しだと思います。
冨士 「そもそも」を考えるというのは同感です。たとえば食料安保でも、日本という国土条件、気象条件をしっかり考えた上でものごとを進めていくべきだと思います。
たとえば、北海道の根釧地方では牧草は年1回しかとれませんが、沖縄の石垣島では年7回とれるんです。だから耕地面積を単純に比較しても意味はありません。それと、耕地があれば何でも作れると思ったら大間違いで、「ミカンの北限」は北茨城くらい。「リンゴの南限」は山口県の日本海側。北海道でミカンはできないし、沖縄でリンゴはできません。もう1回原点に立ち返って、「農業とはどういう産業であり仕事なのか」ということを突き詰めて考えていくことが大事だと思います。単品主義ではなく、水田・畑からいろんなものを作り、その地域に合い気象条件に合ったものを組み合わせる。労働力も同じで、いろいろな人が支える。食料安全保障というなら、そういう観点に立った戦略的な農業をしていかなければと思います。
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