農政:原子力政策方針転換 思い起こせ3.11 産地は訴える
【思い起こせ3.11 産地は訴える】「すべて破壊された 現実直視を」「再生を逆なでする暴挙」 福島の生産者は2023年1月19日
岸田文雄政権の原発政策大転換を福島の生産者たちはどう受け止めているだろうか。福島県飯舘村から福島市に避難している菅野哲(ひろし)さん、中山間地の二本松市東和地区で有機農業と民宿経営、農産加工を続けながら、地域づくりの中核となっている菅野正寿(すげのまさじ)さん・まゆみさん夫妻、原子力中枢部にいて、退職後は東京電力や国を批判してきた北村俊郎さんの話を聞いた。(客員編集委員・先﨑千尋)
「すべて破壊された」 飯舘村を追われた菅野哲さん
菅野哲さん
飯舘村を追われ福島市へ避難した菅野哲さんは、本紙へは3度目の登場(下記参考)だ。飯舘村役場を定年で辞め、本格的に農業を始めようと帰農した矢先、原発事故による放射能汚染で福島市に避難した。現在は同市で、1.8haの畑に共同で、大豆、ソバ、ネギなど約30種類の野菜と豆雑穀類を作り、道の駅などで販売している。飯舘にあった自宅は取り壊し、プレハブを建て、通いながら陸稲、カンショなどを試験栽培している。
哲さんは、2014年に約3000人の村民と、東電に対して慰謝料を求めて、国の原子力損害賠償紛争解決センター(原発ADR)に申し立てた。しかし東電が和解を拒否したため打ち切りになり、責任を問えずに終わってしまった。そのこともあり、事故から10年目の2021年、仲間と共に、「ふるさとを返せ。国と東電は謝罪しろ」と国と東電相手に提訴し、現在、東京地裁で係争中だ。
「美しかった村の自然環境やコミュニティーがすべて破壊されてしまった。人生をかけて作り上げてきたものすべてが壊された。多くの村民は健康不安をずっと抱えて暮らしている。けじめをつけないと死んでも死にきれない。カネの話じゃあないんだ。国と東電は被曝と生活権破壊の責任を認め、謝罪してほしい」、哲さんは怒りの声で提訴の理由をこう話してくれる。
原発事故に伴う国の賠償基準「中間指針」の見直しについては、「自ら見直したわけではない。最高裁で東電が敗訴という判決が出たからだ。最初から11年も苦しんできた私たち被害者の声を聞けばよかったのに、東電は今でも聞く耳を持っていない。国には不信感が残る」ときっぱり言う。
「ロシアがウクライナで戦争を起こしたが、日本は外交によって世界に平和を訴えるべきなのに、軍備を増強しようとしている。時代に逆行している。ウクライナでわかるように、原発も不安要因になっている。原発にミサイルを撃ち込まれたら、多くの国民が犠牲になり、国土の相当部分が居住不能になる。原発政策の転換についても同じことが言える。福島原発の事故で悲惨な状況が発生したのに、岸田首相ら政治家たちは現場を見ようとしない。現実を直視すべきだ。国民がいて国が成り立っているのに、その方向には向いていない。やりたい放題だ。国民の決起を望みたい。立ち上がるべき時だ」と、哲さんは岸田政権の原発政策転換を厳しく糾弾する。
「再生を逆なでする暴挙」 有機の里づくり進める菅野さん夫妻
菅野正寿さん・まゆみさん夫妻
有機の里づくりを進める菅野正寿さん・まゆみさん夫妻が暮らしている二本松市東和地区は、阿武隈山系の山あいにある人口6500人の地域。事故があった東電福島第一原発から西へ約50kmの位置にある。菅野さん夫妻は、福島や千葉の生協、東京の消費者グループ、埼玉県飯能市の自由の森学園の学校給食など、有機農業による産直、顔の見える関係を30年以上続けてきた。産直交流を進めながら地域の有機農業の仲間を増やし、他からの新規農業就業者を受け入れてきた。
正寿さんの経営は、水田3ha、畑1haに米、野菜、豆類などを作り、まゆみさんは餅や赤飯を作り、仕出し弁当も注文で受けている。水田の一部は「マイ田んぼ」として消費者や企業の人たちが田植え、草取り、稲刈りなどにやってくる。「農家民宿游雲(ゆう)の里」は、「棚田が広がる里山を、多くの人が集まるふるさとにしたい」と2016年に始めた。農業体験や学生のスタディツアーで浪江町や飯舘村も案内する。
菅野さんらは、旧東和町が二本松市と合併する前に「合併により過疎に拍車がかかるのではないか。取り組んできた有機農業による産直や都市との交流などが影響を受けるのではないか」と危機感を募らせ、地域づくりのNPO法人「ゆうきの里東和」を設立し、特産品の開発や、地産地消と地域再生の核としての「道の駅東和」も運営してきた。
このようなのどかな町でも、原発事故の影響をもろに受けた。最初は出荷停止。耕すな、農作業は控えろ、さまざまな指示が飛び交った。農家にも不安があった。だが、「耕して種をまこう。出荷制限されたら賠償金を請求する」。その方針が決まり、同時に、土や水、作物が放射能にどれだけ汚染されているかを測定しようと、新潟大学、茨城大学、福島大学などの専門家が調査に入り、農家と大学研究者の協働による実態調査を進めた。その結果、有機的な土壌が、作物への放射能の移行が低減されることがわかった。
「3・11は、経済成長ありきの暮らしから、つつましく、仲良く暮らしていく方向を考える契機だった。福島では、山林の除染や汚染水の処理など未解決の問題が多く、復興のメドは立っていない。それなのに原発政策を転換すると言う。原発に頼らずに、農と地域の再生のために頑張ってきた私たちの活動を逆なでする暴挙だ。とんでもない話だ」。正寿さんは静かに、しかし鋭く話す。
「原発回帰は非現実的」 元原電理事の北村俊郎さん
北村俊郎さん
「岸田政権の原発回帰は現実的ではない。不合理な決定は国民の負担を増やすだけ。経済性がなく合理的な選択ではないことは、原発関係者にとっては明々白々のことなのだ」。
元日本原子力発電(株)理事の北村俊郎さんは、2002年に東電の二つの福島原発に近い福島県富岡町に移住したが、3・11で避難し、現在は須賀川市に住んでいる。「原発推進者」と「避難者」の双方を経験した立場から、今回の国の原発政策の転換についてこう言い切る。
北村さんは、大学を出て、日本原電は公益的な社会貢献ができる会社だと考え、入社した。会社では、東海第二、敦賀発電所では建設現場に立ち、労務、人事、教育訓練、地域対応、社長室などの仕事を担当してきた。
その北村さんは、3・11のあと、原発を推進してきた者として、被災者として感じたこと、災害の本質、真の原因を考え続け、情報を発信する必要があると考え、これまでに『原発推進者の無念』(平凡社新書)、『原子力村中枢部での体験から10年の葛藤で掴んだ事故原因』(かもがわ出版)を出し、朝日新聞の言論サイト「論座」の執筆陣にも加わっている。
岸田政権は「将来、電力が不足するから」という理由で原発増設に舵を切ったが、それはおかしいと北村さんは言う。
「電力需要はこの10年で約1割減っている。問題は量ではなく、時間帯によって過不足が著しいことであり、蓄電池などの蓄電装置や地域間での電力を融通し合うための送電線の拡充で解決する」
「一番の温暖化対策と電力逼迫(ひっぱく)対策は、省エネ、省電気です。全国の照明器具を全部LED化すると、少なくとも原発6基は要らなくなる。LEDの普及率は5割に満たないので、国がカネを出して進めればいい。電気代も安くなる。簡単なことだ。原発の再稼働は、原子力業界の人が自分たちの立場を守るために言っているだけだ」
「東海第二を止めさせるには、『あれを動かさなくても大丈夫なんだ。他に手があるんだ。原発を動かすことによって国民の負担がこれだけ増える。もっとスマートで、安全で、安上がりな方法がある。それを検討したんですか』と言えばいい」。北村さんの語りは歯切れがよく、原発反対の人たちにも聞いてほしい言葉だ。
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