農政:農業復興元年 揺らぐ食料安保 激化する食料争奪戦
【揺らぐ世界の食料安保】高まる食料危機リスク 輸入依存からの脱却急務 農中総研理事研究員 阮蔚氏(2)2023年2月22日
高まる食料危機リスク 輸入依存からの脱却急務 農中総研理事研究員 阮蔚氏(1)より続く
アフリカと似た依存体質にはらむ危険
――ここから日本に求められる対応について伺います。ウクライナ危機で日本の食料自給率の低さが改めてクローズアップされ、食料安全保障が強く叫ばれています。様々な課題が指摘されていますが、最も危惧される点はどこでしょうか。
一言でいうと食料自給率が低すぎ、特に米国に依存しすぎです。その中でも飼料の自給率が特に低い。そういう点では日本はある種、アフリカと似ています。米国にとっても余った農産物の輸出先は必要で、その一つが日本となり、日本のマーケットで吸収しきれない部分がアフリカへ回ったわけです。もちろん日本は先進国でアフリカと異なってタンパク質の消費は魚から肉へとシフトしましたが、その餌も輸入に頼る道を選んできました。背景には米国からの強い圧力があってやむを得ない面もありましたが、こうした状況が大きく変わることを日本は自覚しなければいけません。
――米国の輸出に頼ることができなくなるということですか。
米国自身が穀物過剰で日本に輸入の圧力をかける時代はほぼ終わりを迎えています。実は米国ではバイオディーゼルやバイオエタノールへの変換が急激に伸びています。バイオエタノール向けのトウモロコシ使用量は2001年~2018年の間に1790万㌧から1億4106万㌧へと約8倍に拡大し、トウモロコシ生産量に占める比率は7・4%から38・7%に高まりました。米国にとっては輸出するより温暖化対策にもつながるので一石二鳥です。そうなるとトウモロコシの自給率ゼロの日本が米国に集中して依存する状況は危険をはらむことになります。
エネルギー参考に食料備蓄増強を
――まさに日本は国際的な動きもにらみながら対応する必要に迫られているわけですね。阮さんは、日本に必要な対策として、大きく①米・小麦など食料備蓄体制の強化②トウモロコシ、大豆と小麦の国内増産支援③肥料問題の解決の三つを提起されています。まず、食料備蓄ですが現状で不十分ということでしょうか。
石油や天然ガスの備蓄に比べて食料が低すぎます。日本は石油の輸出を止められたことが開戦の動機の1つになったことがあり、エネルギーへのリスク感覚が世界的にも高く、昨年7月時点で石油備蓄は236日分と備蓄体制の仕組みはうまく構築されています。日本はもともとは食料確保にも敏感でしたが、米国の圧力が強すぎて輸入依存体質が進んでしまった。ただ穀物の生産体制を構築するには時間がかかりますから、まずは備蓄をしましょうということです。いきなりエネルギーの水準までは難しいとしても、国内で増産をはかり、増産分を今から5%でも10%でも備蓄に回すローテーションをつくっていくことが必要だと考えます。
小麦、トウモロコシ増産へ二毛作も検討を
――二つ目の小麦やトウモロコシ、大豆の国内増産ですが、これは自給率の低さから国を挙げての課題となっていますね。
例えばトウモロコシは作らなければ種もないし研究者もいなくなります。日本は人材や資金が米に偏りすぎで、一部をトウモロコシや小麦、大豆の品種開発などに回してはどうかと考えます。毎年国際会議に行くと、「日本は毎年1500万トンものトウモロコシを輸入しているのに国内自給率がゼロなんですか」と驚かれます。例えば広大な耕作放棄地を活用してトウモロコシや大豆を生産することが考えられます。乱暴な計算ですが、仮に飼料用米栽培面積と耕作放棄地面積すべてをトウモロコシ生産に充てると生産量は米国の単収換算で579万トンに上り、輸入量の36%にも相当します。仮に単収が米国の半分でも、18%になります。トウモロコシと化学肥料の使用を抑えられる大豆との輪作を進めれば温室効果ガスの削減にもつながります。
小麦も一定量の増産は可能です。国内の生産量は2020年は95万㌧ですが、1961年には178万㌧ありました。例えばかつて関東以西の地域で行われていた米麦の二毛作の形で増産することも可能です。農家にとって過重な労働で田植えの時期がずれると収量が落ちてしまうリスクなどもありましたが、今は機械化も進み、二毛作復活のチャンスともいえます。直接支払交付金などを有効活用して挑戦することが望まれます。
欠かせない肥料備蓄 耕畜連携の効率的仕組みも
――3番目の肥料問題についてです。肥料の備蓄と有機肥料システムの構築ですが、これも最近になって国内でも動きが出始めてきています。
化学肥料原料は穀物以上に偏在していますから原料のない日本で備蓄が必要なのは当然です。日本はとにかく輸入頼みで肥料の自給率が大変低い。ただ、畜産は盛んです。畜産の排せつ物は産業廃棄物として処理されますが、これを耕畜連携で効率の高い仕組みをつくることが必要です。もちろん相当な課題もあって、米農家が肥料を使うのは年に数回ですが、動物のふん尿は毎日出ます。これをどう備蓄してどんなサイクルで回していくか、これは環境対策にもなりますので政府の支援のもとで進めることが必要です。耕畜連携と一口でいっても需要と供給のミスマッチがありますので、そこは真剣に進めていかなければいけません。
――指摘された3点については、ウクライナ危機を受けて政府も補正予算などで対策を進めつつあります。政府の動きをどうみていますか。
個々の詳しい事業までは把握していませんが、動き出したことは評価していいと思います。ただ、進めるうえで欠かせないのが省庁間連携です。耕畜連携を進めるうえで環境省などとの連携が求められますし、汚泥からリンを取り出して肥料化する取り組みは農業肥料の知識のない国土交通省が中心となっています。汚泥には汚染物質なども含まれていますから、肥料の専門家ととともにきめ細かく対応しなければなりません。
暴落にも備え 所得補償対策も
――ウクライナ危機は長期化の様相を示しています。日本国内にとどまらず、戦争の長期化でまず危惧されることは何でしょうか。
国際情勢が不安定で何が起きるか見通しのつかない状況、そのリスクがずっと続いているといえます。
まず穀物価格の変動ですね。長期的に価格は上がるとみられますが、短期的には暴落するリスクもあります。昨年も似た状況がありましたが、低所得国は小麦を購入する資金がなく、消費が大きく落ち込むことでアフリカで栄養不良の人々が増え、世界では供給過剰になってしまいます。そして暴落のあとには必ずまた暴騰します。
こうした事態に備えて価格が暴落しても生産者が再生産可能な仕組みをつくっておくことが必要です。具体的には所得を補償する仕組みです。せっかく国内で生産を始めても輸入価格が安くなったら小麦を大量に購入したら同じことの繰り返しになります。アフリカでもいえますが、国内の生産者を守る必要があるときは、小麦の関税を引き上げる仕組みをつくるといった対策も必要だと思います。
日本の農業技術 アフリカ支援で貢献を
――ウクライナ危機の長期化にアフリカの飢餓人口の急増など、世界が混とんとする中で日本が世界に貢献できることはあるのでしょうか。
日本の食料増産や温暖化対応などの知見や技術を途上国などに広げていくことが求められると思います。日本は国の農業関連研究機関に加えて各都道府県に農業試験場があって世界的にも高い実力があります。
例えば温暖化対策では、農研機構が牛のゲップを減らす研究を進めていますが、メタンを抑えることで飼料効率も高まる効果があり、実用化できれば世界に大変な貢献をすることができます。また、国際農林水産業研究センターで、窒素肥料を減らしても高い生産性を示す小麦を開発し、世界から大きな反響がありました。
日本が干ばつに強い品種を開発してアフリカの増産につなげるなど世界の食料増産能力の向上は日本の食料安保にもつながります。日本は開かれた農業、農産物取引への投資を続けるとともに、地球規模の課題解決に貢献する農業技術の輸出を振興することで、みずからの食料安保をより確固たるものにしていくべきだと考えます。
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