農政:農業復興元年 揺らぐ食料安保 激化する食料争奪戦
【揺らぐ世界の食料安保】高まる地政学リスク サプライチェーン構築重要に JA全農のキーマンに聞く(1)2023年3月7日
ロシアのウクライナ侵攻を機に、世界的に食料危機のリスクが高まり、食料自給率の低い日本は大きな方針転換を迫られている。特集「揺らぐ世界の食料安全保障~激化する食料争奪戦」。今回は、日本の食を守るJAグループがいかなる戦略で食料や肥料の確保に取り組んでいるのか、JA全農の由井琢也参事と日比健耕種資材部長に話を聞いた。戦前から戦中にかけての沖縄の深刻な食料危機の経験を受け継ぎ、食料自給率の重要性を訴え続けているJA沖縄中央会の普天間朝重会長に進行してもらった。
【出席者】
JA全農 由井琢也 参事
JA全農 日比健 耕種資材部長
JA沖縄中央会 普天間朝重代表理事会長
※(文中は敬称略)
ウクライナ侵攻で崩れた需要と生産のバランス
普天間 はじめに食料危機の受け止めについて伺います。一般的に食料危機の原因は、大きく①気候変動(自然災害)②世界の人口増加③地政学リスク④バイオ燃料――の四つに分けられ、近年は中国の台頭で、お金を出しても買えない「買い負け」という現状も突き付けられています。その中で原料調達の最前線にあるJA全農は日本の食料安全保障のキーマンになると考えています。過去に何度も食料危機が叫ばれ、今回は想定外とか特殊事情だといえなくなっていると思いますが、こうした食料危機の問題をどう捉えていますか。
由井 世界的に見ますと、世界で32億トン弱の穀物や油糧種子が生産され、そのうちの2割強が輸出に回っています。日本はかつてトウモロコシでは世界の輸出量の約3割を輸入する世界最大のトウモロコシバイヤーでした。ただ、量的にはそれほど減っていないのですが、ほかの国の輸入が増えて相対的に世界の穀物市場における日本向けのシェアは落ちています。
JA全農 由井琢也参事
世界の需要は70年代からずっと右肩上がりで、人口増加に加えて世界経済の発展で穀物を主食とするよりも家畜に与えてその肉を食べる肉食文化が大きく成長しました。この需要の伸びを生産がギリギリのところで支えてきたのがこれまでの流れです。ただ、直近では、需要がどんどん伸びて生産国の作柄が価格に与える影響が大きくなったところにロシアによるウクライナ侵攻という地政学上のリスクが浮上しました。そういう意味では、今、需要の伸びに、耕作技術や種子の開発などで何とか保っていた生産とのバランスが崩れているのは間違いないと思います(図1参照)。
主要3品目のシカゴ定期の推移(月=毎月の終値)
「地政学リスクにもっと目を向けるべきだった」
普天間 そこですよね。今までも価格が上がってきましたけど、変動しつつも高い価格水準が続いています。
由井 米国の農家は多くの土地を借りて耕作しています。その土地代や肥料、農薬、種子代、エネルギーと全てのコストが上がっていますので、その影響と需要の増加が価格を押し上げています。そういう意味では、まさに限りある穀物の争奪戦になっていることは間違いないと思います。
普天間 日比部長は食料安全保障にも関わってくるこうした状況についてどう考えていますか。
JA全農 日比健耕種資材部長
日比 2000年以降、中国の経済発展が急速に進む中で、日本のように輸入に依存する国はグローバルなサプライチェーンを世界中に張り巡らせてきましたが、米中対立やロシアのウクライナ侵攻といった地政学リスクにもっと目を向けるべきだったのかなと思います。2000年以降の20年間はずっとグローバル経済の発展の方向にばかり目を向けていて、本来の食料安全保障にもう少し早く気づくべきでした。
情報押さえ「買い遅れない」ことが大事
普天間 国際穀物マーケットでいうと、生産量に対して貿易量は約2割でしかありません。そのため生産輸出国の増産や減産が増幅されるわけですね。そういった薄く、荒れやすいマーケットにどう対応していくのか、全農としてどう考えていますか。
由井 穀物市場は確かに輸出だけを見ると2割ですが、さきほどお話した総生産量32億トンのベースが米国国内でも取引されていますし、シカゴ穀物市場に代表されるように世界的な流動性を担保する仕組みはあると思います。ただ、基本的に需要が伸び続ける中で、天候情報一つで投機筋が大量に買い付けたり売ったりと、いろんな情報戦の中で穀物価格が動いていますので、「買い負け」というよりは、しっかり世界の穀物の流れ、情報を押さえて「買い遅れない」ようにすることが実需家の全農としては大事なことだと思っています。
普天間 新聞で報じられていましたけど、小麦の価格が急騰したけど最近は下がってきています。小麦の相場についてはウクライナ侵攻の前ぐらいまで戻ってきているのではないですか。
由井 かなり戻ってきています。ウクライナからの輸出も少し増え始めています。元々ウクライナとロシアで小麦の全世界の2割ぐらいの輸出量を占めていて、いったん輸出がなくなったことに加えて、カナダが一昨年、干ばつで大不作だったことも重なって一気に史上最高値まで高騰しましたが、去年のカナダの作柄は平年ぐらいに戻っています。それと値段が上がりすぎて買えなくなっている国もあります。日本はまだお金を出せば買えないわけではないところで、穀物の世界でいうと買い負けということはありません。
自前のサプライチェーン持つことの重要性浮き彫りに
普天間 今回特にウクライナの問題があって食料安全保障の問題も一段とクローズアップされました。地政学リスクという点では、全農としてはどんな考えをもっていますか。
由井 実は1970年代に、急速に世界で穀物の需要が伸びて、トウモロコシだけで見ると10年間で需要が2.2倍ぐらいに増えたことがありました。原因はロシアの不作と、そのあと米国も不作になってソ連向けに禁輸したことで、穀物が政治の武器として使われた時代でした。
われわれも当時から穀物を輸入していましたが、穀物を購入しても実際には船になかなか積んでもらえないということがあった。これでは日本への安定輸入ができないということで1979年3月に全農グレインを設立し、自ら新しく輸出エレベーターを造り始めました。自前のサプライチェーンを持つことの重要さから全農として手を打ったということです。再びウクライナ侵攻によって穀物が武器になる状況になっていますが、自らサプライチェーンを作って安定的に確保することの重要性が改めて浮き彫りになったと考えています。
普天間 過去には2007年から2008年にかけて各国が食料の輸出規制をする動きがあり、穀物とともに肥料も値上がりしました。ローマで開かれた食料サミットでは当時の福田康夫首相が輸出規制をやめてほしいと要請しましたが、輸出国からは、自国民の食料を守ることは当然のことであると一蹴されました。こうした輸出規制に伴って肥料原料も連動して上がるわけですね。過去に経験しているにもかかわらず、なぜこのときに日本には危機感がなかったのでしょうか。
日比 このときはすぐリーマンショックがあって世界経済が冷え込み、穀物市況も急落しましたし、併せて肥料も急落したためかなり一過性の出来事と捉えられてしまったのかもしれません。全農としても価格高騰を受けてソースの多元化など、もう少し新たな方向へ展開すればよかったのですが、肥料で見ると隣国の中国が輸出国で、これだけ物流面での利便性が高い国はなく、中国シフトが逆に高加速したという要因になってしまったのかなという反省があります。
普天間 例えば西川公也元衆議院議員が「海外に農地を求めることも一つの手段と考えられる」と言われています。全農として、食料や穀物を安定供給するために海外に土地を求めて自ら生産するということも考えられませんか。私は全農にブラジルの土地を買ってくれと言っていますが、いかがですか。
由井 実はブラジルをめぐっては、田中角栄元首相が1973年ぐらいに、セラード開発構想を打ち上げて79年以降、2000年すぎまでプロジェクトを行いました。日本政府の予算で600億円から700億円がブラジルの農地開発につぎ込まれました。これは国際的には高い評価を受けましたが、結果として日本の食料安定供給にはつながっていません。
一部どこかの農場で試験的にやることはできるかもしれませんが、それよりは米国でやっているように穀物の集荷拠点を産地にしっかり造って、そこで生産者の皆さんとしっかりした環境を作るサプライチェーンに入る方がより効果的と考えています。
輸入国の偏り 安定的な輸出確保の側面も
普天間 ただ、輸入国に偏りがありますよね。農水省の資料から1人1日当たり供給カロリーの国別割合を見ると、米国23%、カナダ11%、オーストラリア8%、ブラジル6%となり、4カ国に食料の約5割を依存しています。これは改善すべきなのかやむを得ないのかいかがですか。
由井 安定的な輸出が確保できるという意味で米国のシェアが大きい部分はあります。米国は80年代にソ連向けに禁輸した際、在庫が大量に増えて穀物相場が大暴落し、トウモロコシが1ブッシェル1ドルちょっとまで下がったことがありました。そうした苦しみを1度味わっているので基本的には自由貿易を守る立場を明確にし、日本のような安定的な輸入国に対して、しっかり輸出を続けていくために何ができるかを考えています。そういう意味で安定感は圧倒的にありますし、カナダやオーストラリアも同じです。
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