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農政:食料・農業・農村基本法の改正論議

食料・農業・農村基本法の改正論議(3)見直しの方向 多様な担い手を本筋に 横浜国立大学名誉教授 田代洋一氏2023年5月16日

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食料・農業・農村基本法の総合的な検証と見直しについて、農水省の審議会で議論が進められる中、改めて論点のポイントを横浜国立大学名誉教授の田代洋一氏が解説するシリーズ。3回目は、「見直しの方向(農業・農村)」をテーマに寄稿してもらった。

田代洋一横浜国立大学・大妻女子大学名誉教授田代洋一横浜国立大学・大妻女子大学名誉教授

多様な担い手の無視

農政審基本法検証部会は、農業と農村を日を分けて論じた。そのことは、「農業政策と農村政策は車の両輪」とする農政のあり方をミスリードしかねない。その危険性は、「多様な担い手」を農業編では全く無視し、農村編でのみ触れる点となって現れた。農業と農村の日を分けるのがたんなる時間配分上のことだとしたら、農業と農村を一体として論じる時間を取るべきだ。

2020年基本計画は「農業現場を支える多様な人材」として「中小・家族経営など多様な経営体による地域の下支え」を「産業政策と地域政策の両面からの支援」することを強調した。22年経営基盤強化法改正における地域計画の「基本構想」も、専業的な「担い手」だけでなく、「農業を担う者の確保及び育成」を図ることを明記した。

このような「多様な担い手」論こそ直近農政の新機軸だが、農業編は、「今後、農業従事者が大幅に減少する」なかで「現在より相当少ない農業経営体が食料の安定供給を担っていかねばならない」とし、「専ら農業を営む者や経営意欲のある者の経営を支援する」として、多様な担い手の役割は無視した。

その背景には安倍晋三政権の「日本再興戦略」(2013年6月)の呪縛がある。今後10年間で全農地面積の8割を「担い手」に集積し、その米生産コストを4割削減し、もってTPP参加に備えることとする戦略だ。

この8割集積論が2015年基本計画に押し付けられ、以降の農政基調となった。つまり官邸が農政についても「上位計画」を立て、「基本計画」をそれに従属(後追い)させる構図である。このような「基本計画の無視」から「基本計画の復権」を図るのが見直しの基本課題である。

農業・農村を誰がどう担うのか

2020年農業センサスでは、大規模経営体とその借地の急増にもかかわらず農地減少率は過去最大だった。大規模経営体だけでは農業を守れないことがあからさまになった。これまでの構造政策は、離農跡地を規模拡大経営が引き受けるので農地総量は減らない建前だったが、それが崩れた。構造政策は破綻した。

今や、「専ら農業を営む者」だけなく、家族経営の次世代継承、新規就農支援とともに、半農半Xも含めて多様な人びとを農業の担い手として適切に位置づけていく必要がある。

農業編が今一つ無視したものがある。集落営農だ。集落営農化しても高齢化は進む。だからこそ、広域化や連携組織の立ち上げを図り、多様な担い手を引き込んでいく必要がある。集落営農は法人経営化しても、そこには「むらを守る」気概が引き継がれている。

多様な担い手 農業と農村の結び目に

農村編は確かに「多様な担い手」に触れたが、それは大規模経営のみでは困難な「農業インフラの機能の維持」の助っ人としてである。要するに非農家ボランティアと同列の扱いだ。そのことは、農村政策を農業政策(構造政策)のたんなる手段として位置づけることにもつながる。

多様な担い手は農業、農村社会、集落営農の担い手である。そういう多様な担い手を農業政策と農村政策の結び目としてきちんと位置付ける必要がある。

水田の畑地化・汎用化は慎重に

一体化の必要は、農業と農村だけでなく、農業と環境についても言える。

農業編では、もっぱら需給の観点から水田の畑地化・汎用化を課題としているが、力点は前者にある。農水省は、2040年には水田107万haに主食用米以外を作付ける必要があることを強調し、「令和5年度農林水産関係予算の概要」では「主食用米の需要が減少するなか、補助金によって飼料用米などへの転作を毎年繰り返している状況から脱却し」とした(ゴチは筆者)。その背後には、水田面積そのものを減らす(畑地化)ことで転作予算を恒久削減したい財務省の意向がある。畑地化を名目に水田をつぶしてしまえと言うことだ。

しかし水害等の災害列島・日本にあって「田んぼダム」の果たす役割は極めて大きい。また、いざという時に飼料用米等を主食用米にもどす食料安全保障の観点からも水田は重要である。環境や食料安全保障の観点からも水田つぶしの是非が検討されるべきである。

新機軸を欠く農村政策

農村編は、農村の人口自然減、集落機能の低下に強い危機感を表明している。それに対する新機軸はないか探してみたが、あるのは鳥獣害対策だけだった。それ自体は必要なことだが、世間様から「農水省は鳥獣を取り締まるために基本法を改正するんだって」と言われかねない。その他の政策の多くも、他省の発想の応用(農村RMO、二地域居住)か、既に打ち出されている政策(粗放的管理、農山漁村発イノベーション)の取り込みでしかない。

農村編は都市的地域にも一切触れない。既に都市農業基本法があるからかもしれないが、同法も農政の独自展開ではなく都市政策の変更に伴うものだ。しかし都市計画法は依然として市街化区域を「概ね10年以内に市街化を図るべき区域」としている。農政は都市計画に譲った都市農地を完全には取り戻していない。ここにも基本法改正の課題がある。

農村政策を豊かにするには

なぜ農村政策はかくも貧しいのか。理由は二つある。第一の理由は農村それ自体の政策ではないからだ。構造政策への従属については前述した。加えて農村編は言う。「食料安全保障の観点から基本的施策を追加または見直す」と(ゴチは筆者)。つまり<農村政策→農業インフラ整備→大規模経営の農業生産維持→食料安全保障>という論理で、これでは食料安保のための農村で、年配者なら戦時体制下の「銃後の農村」を思い出してしまう。

食料安保はもちろん大切だが、農村政策の本筋は、農村人口を維持し、集落を守り、誰もが「生まれ在所に生きる」権利を確保することであり、食料安全保障はその一つの結果だ。

第二の理由は、政策の全国一律性である。振り返れば新基本法最大の成果は中山間地域等直接支払いの導入だった。しかし同政策はあくまで条件不利地域の不利を補正すること、すなわちマイナスをゼロにもっていくカンフル注射で、マイナスをプラスに転じる積極的振興策ではなかった。結果、同政策をもってしても中山間地域等農業の後退は避けられなかった。

地域が担う農村活性化へ 交付金制度必要

今や、ゼロをプラスにする積極策が求められる。と言っても、高齢化と人口減には勝てず、直接支払いのエリアは縮小している。そこで、同政策をより使い勝手の良いものにし、協同のエリアを拡大することとともに、より広域的包括的な政策が必要になる。

地域課題は、ひと・職員の確保を共通軸にしつつ、立地条件により様々である。地域政策の実行は本来的に中央集権的なそれになじまない。使途の大枠・メニューは国が決めるとしても、その選択・実行は地域が担うような農村活性化のための交付金制度が必要である。かつて政府米価が果たしていた中央と農村の間の地方財政調整制度の復活である。その意味で、全国町村会の「農村価値創生交付金」(仮称)の提案に耳を傾ける必要がある。

(関連記事)

食料・農業・農村基本法の改正論議(1)いま、なぜ、基本法改正か 横浜国立大学名誉教授 田代洋一氏

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