農政:食料・農業・農村基本法の改正論議
食料・農業・農村基本法の改正論議(4)見直しの方向 基本計画に実効力を 横浜国立大学名誉教授 田代洋一氏2023年5月29日
田代洋一横浜国立大学・大妻女子大学名誉教授
はじめに
5月19日には中間とりまとめ案が出されたが、その検討は次回に行うことにし、今回は4月14日の環境、28日の基本計画等についてコメントする。
環境問題と動物福祉
みどり戦略が法定された後の環境論議は屋上屋を重ねる感がある。新基本法の農業・農村が環境に与えるプラス効果(多面的機能)の強調から、マイナス効果の削減(環境負荷の軽減)に力点がシフトし、「環境負荷低減を行う農業を主流化」するとみどり戦略に追随している。そのような「食料生産はコストがかかること」の消費者理解を求めているが、環境負荷低減に伴うコスト増を国がどれだけ財政負担し、インセンティブを高めるかが課題だ。
唯一の新機軸はアニマルウェルフェアだが、人権と並べるだけでは不十分だ。鳥インフルエンザやアジアでのアフリカ豚熱等の経済的要因は超過密飼育にある。そこからの脱却こそが、アニマルウェルフェアを高めるとともに、人畜共通感染症化を防ぐという環境問題への貢献である。これまたコストのかかる話で、一国だけの対策には限りがある。そのような課題にチャレンジしてこその基本法である。
基本計画のどこが問題なのか
基本計画は、理念法としての基本法と実体法・現実政策を結ぶものとして新基本法の目玉だったが、その役割を果たせなかったどころか、無視された。検証部会はその原因を解明すべきだが、そこには踏み込まず、別の問題にすり替える。
すなわち、そもそも基本計画が、①基本理念の具体化(自給率の目標設定とその向上)と、②新たに生じた今日的課題(農産物輸出、みどり戦略、スマート農業を例示)の追求の「双方を担っていくことは困難」だとして、基本計画は①の追求という「本来の性格を再確認すべき」、そして②など「情勢の大幅な変化が生じた場合には基本法自体を見直す」とした。
5年に一度の基本計画が、急変著しい多極化時代の全ての新課題に即応できないことは当たり前のことで、問題は、いかなる時・事態にもゆるぎない理念(自給率向上)を実体化する繋ぎの役割(基本法に規範性をもたせる役割)を果たせなかった点にこそある。
基本計画無視の農政展開
二つ原因がある。第一は、そもそも時の政権が、基本計画なかんずく自給率向上目標の達成を無視し、あまつさえそれに逆行する農政を展開してきたことだ。
安倍官邸農政は、メガFTAをがむしゃらに追求して関税を撤廃・引き下げすることで、自給率を引き下げてきた。また、10年で担い手に農地の8割集積目標を掲げ、農協法改正での農協の組織・経営を痛めつけた。これまた<審議会→基本計画>の手順を踏むべきだが、それを無視して、逆に官邸農政を基本計画に押し付け、基本計画を無力化させた。
基本計画に規範力はあるか
第二の原因は、基本計画そのものの法的性格にある。基本計画は、基本法と実体法のつなぎ役となり、理念を次々と実現していく規範力を期待された。そのためには基本計画それ自体が法定化される必要があるが、当時、そのことは行政権の侵害として退けられ、国会報告にとどめられた。
つまり基本計画は、単なる一つの行政計画に過ぎず、その目標を達成できなかったら責任を問われるものではない。それどころか、達成できなかった理由を報告する義務さえない。極言すれば「作りっ放し」計画だ。だから基本計画を堂々と無視することが可能になる。
どうしたら基本計画が実効力をもてるのか。それが基本法見直しの最大の課題の一つだが、その点を次の食料自給率目標についてみる。
食料自給率目標の格下げ
「とりまとめ」は、①今日の食料安全保障上の諸問題(全てのひとが食料を確保できる、安定的輸入、生産資材の安定供給等の新たな課題)は「必ずしも食料自給率だけでは直接に捉えられない」。②そこで自給率は「国内生産と望ましい消費の姿に関する目標の一つ」にとどめる。③新たに主要課題に適した「数値目標又は課題の内容に応じた目標も活用しながら」「定期的に現状を検証する仕組みを設ける」としている。ここにも問題が二つある。
第一は、食料自給率目標の格下げという問題だ。①の「全ての人が食料を確保できる」食料安保はFAOの定義に即したもので、これまでの日本には欠けていた。その配慮は正しいが、それを一面的に強調すると、食料自給率の異常な低さという日本の食料安全保障上の最大のアキレス腱を覆い隠すことになりかねない。
その怖れを具体化したのが②で、食料自給率の「目標の一つ」への格下げである。自給率は、その異常な低さこそが日本の食料安全保障上の最大の問題であることを示すシンプルな目標であり、国民理解を得られやすく、既に定着している。
自給率は、生産と消費の相対関係を示すだけで、それでは不十分と言うなら、まずは2015年に追加された「食料自給力」(国内資源のフル動員で賄える国民一人当たりカロリー量の絶対水準)とその構成諸要素(農地、労働力、技術等)を、基本計画の基本指標に格上げすべきだ。
規範性を高めるには
③の「現状を検証する仕組み」は、基本計画の規範性を高めるための試みとは一応は言えそうだが、果たしてどうか。第一に、たくさんの目標(指標)を設けて「検証」するのは、結局、問題を複雑にするだけで、根本問題を曖昧にする(目くらまし目標化)。第二に、目標の達成年次は10年後、基本計画は5年ごとでズレたのでは、はじめから検証責任に欠ける。
第三に、「検証」の内容と活かし方である。検証は、何よりもまず、目標を達成できた理由、特にできなかった理由を検証し、その結果を国会に報告し、国民的な議論を尽くすべきだ。具体的には基本計画の冒頭に前計画の検証内容、目標の達成・未達の原因究明を報告し、それを反映した基本計画にする。これまでの基本計画は自給率目標を一度たりとも達成できなかったどころか、低下を招いているが、その原因の解明なしに次の目標(据え置き)を立てている。法改正はその反省に立つべきだ。
農業団体等の位置づけ
現行基本法は農業団体等について「効率的な再編整備」しか規定していないが、課題が山積する中で中央集権農政が行き詰った今日、国、自治体、関係諸団体の関係は根本的に見直されるべきである。
第一に、「とりまとめ」は価格転嫁等について、農業者自らのコスト構造の把握、サプライチェーンの構造をふまえた業者間組織の必要性を指摘している。しかし、まずは国がコストの水準・変化等について科学的に把握・提示する機構・機能の確立が必要である。昨今は農林統計の簡素化が著しく、細かな時系列情報が開示されず、かつ発表が著しく遅く、実際の役に立たない。
第二、農村の持続性を高めるには、フロント機能を担う合併自治体の支所(旧町村)の人員確保が急務である。農村維持に力を発揮してきた集落は、今や集落間連携・広域化が不可欠で、集落・大字(藩政村)の間を取り持つ自治体職員の役割が決定的になっている。
第三に、行政の人減らしが進む中で、農業団体が地域農政のパートナーとして位置づけられ、大手を振って協同できる態勢が不可欠である。みどり戦略や地域計画、農村活性化計画をめぐってもその点は明らかだ。
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