【トップインタビュー】種子と農薬で飢餓をゼロに バイエルクロップサイエンス・坂田耕平社長2023年3月20日
食料安全保障への関心がかつてなく高まり、国内農業をどう持続させるかが改めて問われている。昨年8月に就任したバイエルクロップサイエンスの坂田耕平社長に同社の理念とめざす事業展開などを聞いた。
バイエルクロップサイエンス 坂田耕平社長
多様な農業を後押し
――コロナ禍や世界情勢の大きな変化のなか食料生産をどう確保するかが問われています。改めて基本理念と今、何をめざそうとしているのか聞かせてください。
バイエルは「Science for a better life」を使命としています。これは150年間変わらないもので科学を人間の生活のために使っていくということが大前提としてあります。そのうえでビジョンとしてここ数年でより鮮明にしたのが「Health for all, Hunger for none (すべての人に健康を、飢餓をゼロに)」です。
このうちHunger for noneがわれわれバイエルクロップサイエンスのビジョンであり、具体的には種子と農薬によって飢餓をなくすということです。
2018年にモンサント社を買収して種子と農薬の分野では名実ともに世界のリーダーとなりました。われわれは業界リーダーとしての矜持から、自らに安全性やイノベーションについて高い基準を設定し、さらに事業の成長だけではない2030年までのサステナビリティーコミットメントを設定しています。
たとえばアジア圏では1億人の小規模農家に対して生活向上のための後押しにコミットしています。安定収入を確保することによって今後も小規模農家が農業に従事し続けられるよう貢献していくということです。
小規模農家の定義は5ha未満で低中所得国の農家としており、低中所得国ではないという意味で日本は入りません。ただ日本も5ha以下の小規模農家もまだ多いわけですから、日本でこうした規模の農業を持続できるイノベーションが起こるとその仕組みを海外に展開することで東南アジアやインドの小規模農家がソリューションを持つことになりますから、グローバルな目標を日本の事業にもリンクさせています。
さらに2014~2018年ベースと比較して農薬をリスク換算で30%削減すること、温室効果ガスを30%削減することを目標にしています。
同時に、これまで取り組んできた農薬開発で新規原体を供給したり、干ばつ耐性やウンカ耐性のあるイネを育種するなどの技術によって三つのコミットメントを同時に進めていこうと考えています。
――日本農業の現状と課題をどう見ていますか。
今、日本は転換期にあるのではないか。これほどまでに農業が注目されていることはなかったと思います。
食料・農業・農村基本法の改正が議論され、G7のなかでも食料安全保障がしっかりと捉えられるようになっています。農薬工業会のなかでも安定的な供給ということをこれまでは作物ベースで考えていましたが、生産資材の安定供給というところも考えなければならないという認識を共有し、それも肥料だけではなく農薬に関してもグローバルサプライチェーンの一部になっていることを改めて認識しています。
そのうえでサプライチェーンの上流から下流まで、どのように安定的な農業生産を続け、国内の自給率を上げていくのかという課題に対して、これまではできなかったデジタルなどの技術で解決できる時代になっており、このことはチャンスだと捉えています。同時に、日本の生産者の規模や技術力が著しく多様化していると思います。法人化が増え集約化が進んでいるというトレンドはありますが、大型の農業生産法人のなかでも積極的に技術活用をしている法人がある一方、周辺の農家が農業をやめ管理する田んぼの数が増えるなか、必ずしも人や技術が追いついていないという法人もあります。
JAでもさらに踏み込んだ取り組みで付加価値を上げようとするJAもあれば、コスト削減に力を入れているところもあるというように、農家もJAの求めるものも多様化しているのが特徴ではないかと思っています。ですからわれわれも一つの生産資材だけで全部のニーズに応えるということは難しいということです。
また、持続性とは環境面のみならず、まずは農家所得の安定性とその向上だと思います。しかし、それが水稲で実現できているのは一部の限られた大規模経営体で、野菜や果樹などで補完し農家所得の安定につなげていることがほとんどです。安定収入が確保できていないことは大きな課題だと考えています。
みどり戦略を"先取り"
――日本農業を持続可能にするための重点とする事業は何でしょうか。
農薬を事業の中心とする我々にとって、まずは製品の安全性を高めることです。バイエルは本社がドイツにあり、欧州の規制に沿って事業を行いますが、日本のみどりの食料システム戦略の源流ともなっている欧州のグリーンディールが当社の開発戦略に密接に関係しています。いち早くポートフォリオを見直し、研究開発の段階で安全性の基準を高く設定することで、既存の薬剤と同じ効果を持ちながら人と環境への影響を削減する製品を開発してきたことが大きな特徴です。日本においてもADI(一日摂取許容量)に基づいたリスク換算で、2002年比で75%の削減を実現しています。この間、新たに17の有効成分を上市してきましたが、安全性の低いものから高いものに順次置き換えるポートフォリオの更新を行いました。たとえば有機リンやカーバメートはすでに持っていません。安全性の高い製品を市場に提供することは環境負荷だけでなく、作業者への安全性も向上させます。
世代の古い農薬の更新を進める一方、たとえばトリアファモンといった新しいポートフォリオは、10aあたり数グラムという低い投薬量で十分な効果が担保できるという製品になっています。1製品当たりの重量が減ると輸送のコストだけでなく回数や1回当たりの重量も減りますからCО2も削減できます。製品面ではみどりの食料システム戦略を先取る研究開発ができていたというのが、メインの農薬事業のいちばんの特徴だと考えています。
もう一つがテーラーメイド防除です。
これまで日本はどちらかというと農家の負担を減らすという意味でも利便性追求型で、とくに水稲農業においては1回の作業でできるだけ多くのことをこなそうとしてきました。
ただ資材費や環境への負荷を減らすという面が重視されてくると、利便性とやや相反することも出てきました。分かりやすいのが混合剤で本来複数回必要だった散布を1回で済ますということです。
もちろん、混合剤も引き続き重要なソリューションであることに変わりはありませんが、すべての場面で必要であるかは再考する必要があると考えています。このことについて社内で議論を重ね、一つ一つの田んぼによって発生する雑草の種類も時期も異なりますから混合剤を同じように適用するのではなく、あえて高濃度の単一成分製剤に分けることしたということです。これにより、それぞれのほ場に必要な製剤を組み合わせることで最適散布を実現することができます。
デジタル技術も活用しながら農家のみなさんにほ場ごとにどんな雑草が問題となっているのかや、直まきか移植かなどいろいろなファクターをお聞きしたうえで、成分Aについては田植えより早めに散布、成分Bについては田植えから何日後に散布、さらに成分Cについてはこの田んぼでは問題にならないので散布はやめましょう、というようにそれぞれを必要な分だけ投入するということです。
これは多少作業の手間が増えます。ただ、今はドローンによる散布やドローンによる請け負い防除が出てきていますから、トータルでは薬剤が減り、後から生えてくる雑草にも効果が高く、中・後期剤が不要になります。全体では環境への影響も減り、防除コスト全体の削減につながるのではないかと考えています。
つまり、農家さんそれぞれのニーズや特徴に合わせたソリューションをデジタル技術でお届けするということです。われわれの言うデジタルとは、データサイエンスを意味し、データに基づいた生産者の意思決定です。もう一つが精密農業で機械化や自動化です。
この二つによってテーラーメイド防除ができるようになったということであり、まずは水稲除草で始めて将来はほかの場面にも広げていくということです。
――みどりの食料システム戦略についてはどう対応しますか。
この戦略があるからではなく農薬メーカーとして安全性の追求は常に行っていかなければなりません。
ただ、目標を達成するには手段が必要です。たとえば散布水量の問題が以前からあります。日本の散布水量は世界のなかでも多く、大量の水を運びますから農業現場の負担は高齢化もあって大きくなります。
それを解決するには手段が必要ですが、われわれの使命は代替技術を作ることだと思っています。小水量散布でいえばR150という自動走行型のロボットを使うことや、かつ超小水量散布に適した少ない水量でも成分が均一に溶け、散布したときに偏りがない製剤の開発も進めています。こうした技術をかけ合わせることで散布水量の問題が解決できると考えています。
われわれとしては日本の食の生産をおもに支えている慣行農業で現場の視点に立って持続性、生産性を達成する代替技術に投資し目標達成に貢献したいと考えています。
有機農業に関してはさらなる進展を期待していますが、日本の農業が安定的に適切な価格で食料を持続的に提供することを考えたときに、農薬は選択肢として排除できないと考えています。
――JAグループへの期待を聞かせてください。
食料安全保障が大きく問題となるなか、米の消費量は落ちていくという状況は非常に悔しいことであると同時に矛盾していると思っています。国内だけでなく海外の需要を取り込むことで日本の農業を衰退シナリオではなく成長シナリオに乗せなければならないと思います。
生産資材メーカーとしては最も費用対効果の高い提案をして農家に競争力をつけてもらうということですが、これまでの生産性向上に加えて持続性も考えなければなりません。その持続性に対する努力を支える仕組みは、現状ほとんどのケースが補助金です。持続可能性と生産性を両立させることの価値を消費者に訴えて価格に反映することが必要だと思いますが、それができるのは消費者にもつながっているJAグループではないかと思います。
海外への輸出も個々の農家ができるものではなくJAグループとして取り組むことによってより大きな需要をつくっていただくことを期待し、日本の農業が再成長できるような未来を描いていただきたいと思います。
【バイエルクロップサイエンス株式会社】
1941年日本特殊農薬製造(株)設立、91年日本バイエルアグロケム(株)に名称変更(バイエル出資比率53%)、98年水稲箱施用混合剤「ウィンアドマイヤ―箱粒剤」を発売(バイエルの出資比率93・1%)、2002年バイエルクロップサイエンス(株)設立、20年日本モンサントの事業を統合。殺虫剤、殺菌剤、除草剤などグローバル規模の研究開発を活かした製品開発、製造販売とデジタル技術の開発・提供を行っている。
【坂田社長略歴】
さかた こうへい 一橋大学法学部卒業。2011年1月マッキンゼー・アンド・カンパニー・インコーポレイテッド・ジャパンアソシエイトプリンシパル、2013年2月バイエルクロップサイエンス執行役員マーケティング本部長、19年6月バイエルクロップサイエンス部門アジアパシフィックデジタル戦略・デジタルソリューション責任者、20年5月ドイツ・バイエル社クロップサイエンス部門デジタルファーミングソリューション・インキュベーターアジアパシフィック責任者、22年8月バイエルクロップサイエンス株式会社代表取締役社長就任。
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