【アグリビジネスインタビュー】歴史に誇り 技術革新で農業を支える 日本農薬 岩田浩幸社長2023年6月8日
日本国内で初めての農薬専業メーカーとして農業の新時代に向けどう事業を展開するのか。岩田浩幸社長に聞いた。
――創業以来の経営理念やめざすことをお聞かせください。
日本農薬は1928年創業で、今年、創立95周年を迎えます。国内では初の農薬専業メーカーとして、農業生産に必要不可欠な農業資材である農薬を供給することで、現場の農家、生産者の皆様に寄与することを願って事業活動を続けてきました。安全で安心な食の確保、豊かな生活を守ることを主体に、イノベーションによる新たな価値創造、公正で活力ある活動をめざすことが当社グループの基本理念です。
――イノベーションには、とりわけ力点を置かれていると?
そうですね。肥料は窒素・リン酸・カリというベースがあるのですが、化学農薬の場合はファイン・ケミカル(精製された化学物質)ですので、新たな物を創っていかなければなりません。絶えず技術革新を進め新しい価値を創造するという気概をもって歴史を刻んできました。100周年に向け、さらに企業価値を高めていきたいと思っています。
――2020年以来のコロナ禍など、最近の情勢変化のなかでの業界の課題はいかがでしょうか。
コロナ禍において、農薬については物量不足の警戒感から世界的に荷動きが早まり、この3年ほどは前倒し販売のような状況が続いてきました。一方、原材料高騰や品不足の影響により、原価が上がって収益性を圧迫している面はありますが、肥料や飼料に比べれば、農薬の価格は比較的落ち着いていると思われます。
ゼロ・コロナ政策のため、中国からの農薬や原料も含め、一時的に荷動きが止まったこともありましたが、全体的には、農業生産への直接的影響はなかったと思います。新型コロナウイルス感染症も収束に向かい、現在の農薬市場は平常化しつつあります。
――そうした状況の中、どのような経営をされていくのでしょうか。
コーポレート・ビジョンとしては「Growing Global」を掲げ、中期経営計画Ensuring Growing Global2に基づき、世界の食と暮らしを豊かにし、持続可能な社会に貢献する企業グループを目指しています。国内を基盤としつつ、将来的にアフリカ・中東といった新興国、グローバルサウスで人口増や経済発展が見込まれるなか、各国の食料確保に対応する農業資材である農薬を安定的に供給していくのが私どもの使命です。
新規剤としては、ベンズピリモキサン、商品名では「オーケストラ」というのですが、日本とインドで同時に販売を開始しました。現地法人のニチノーインデェアで新プラントを立ち上げ量産体制を構築しています。本剤は新規作用性を有する水稲ウンカ類の殺虫剤であり、将来的にインドで60億円、日本で10億円以上の売上をめざしています。
ウンカの被害は、日本では季節性もしくは西日本中心ですが、アジア南部では一年を通して発生します。特にインドやベトナムは常発地帯になるので、この剤の価値は高いと思います。
近年は先端技術を活用したスマート農業場面に力を入れ、スマホ用アプリ「レイミーのAI病害虫雑草診断」を無償で提供しています。農業クラウド等のプラットフォームとも連携を図り、クボタや全農とも検討に入りました。このアプリは既に韓国、台湾、ベトナム、インドにおいても昨年からサービスを開始しており、言語も各国に対応しています。
――国内農業についてはどう見ていますか。
食料安全保障は国内でもクローズアップされていますし、食料自給率も向上させていかないと日本農業がさらに衰退してしまうという危機感を持っています。以前から、わが国の農業は法人農家、大規模農家、小規模農家を含め様々な形態で展開されてきました。今後は集約化、効率化がますます必要とされる時代になっていると思います。農業基本法の見直しについても、そういった内容を盛り込んで国内農業をバックアップしていくことが期待されます。
――みどりの食料システム戦略では、農薬のリスク換算で使用量半減などいろいろなKPIが出されていますが、どう対応されますか。
みどり戦略は2050年に化学農薬の使用量(リスク換算)の50%低減を目指すとされており、2030年の目標は10%低減です。一方、EUではFarm to Fork 戦略で2030年に50%削減とされていますが、ウクライナ情勢の影響も含め、状況は不透明です。
農薬メーカーとしてどのように対応するかですが、私どもは2つのやり方があると思います。1つは生物農薬やバイオスティミュラント(生物刺激剤)といった化学合成農薬以外の領域を拡大しながら、化学農薬との共存的な市場展開を図ることです。もう1つは技術革新であり、私どもは環境調和型製品と呼んでいますが、環境負荷がより小さい剤の開発を目指しています。
生物農薬やバイオスティミュラントは、私どもとしてまだノウハウや経験が低いものですから、まずは海外で普及している剤の導入検討を行っています。生物農薬は化学合成農薬に近い使い方ができる微生物農薬を基本に展開したいと考えています。
環境調和型製品には先ほどの水稲殺虫剤オーケストラも入ります。農薬をボリュームではなくリスク換算としてどう減らすか。化学合成農薬でも解決できる部分は十分にあります。より効果的、革新的で環境負荷も低い化学合成農薬を出していくことは、当社の95年の歴史の延長線上にある課題です。
当社では、かなり以前から特定のターゲットにのみ効果のある剤、いわゆる選択性の高い剤を創出してきました。「何でも効く」方が生産者の皆様は楽かも知れませんが、ターゲットとする害虫にだけ効果があるものが今後ますます求められていくと思います。オーケストラはウンカ主体に効果が高いので、有用昆虫等への影響は少なく、みどり戦略にも合致しています。一方で新規剤は既存剤と比較して効果が高く、持続性にも優れるものが求められ、例えば、従来2回使用していたものが1回で済むことになれば、それも使用量の減少に繋がります。
私たちは、技術革新による研究開発を進め新たな価値の創出を行い、農業生産に貢献したいと考えています。
――最後にJAグループに期待することをお話しいただけますか。
私は国内営業に30年近く従事しており、JAグループの皆様とも長いお付き合いをさせていただいています。若いころにセールスとして担当したのは石川県、富山県、広島県、山口県、青森県、長野県等で、技術担当としてその他の県でもお世話になりました。その後はリーダーや支店長として国内営業の仕事をしてきましたが、お客様との信頼関係を構築することが最も重要なことだと思います。日ごろの家族づきあいができるくらいの関係になればいいですね。
JAは生産者の代表なので、これまでも新規農薬の効果判定や普及をJAグループの皆さんと一緒に進めてきました。日本農業の将来像を見据えながら、今後必要とされる効率化や集約化、生産性向上に対してもJAが中心となってリードしていただくことが必要と思います。JAグループとともに、私どもも日本農業のさらなる発展に向けて一助となればと考えています。
――ありがとうございました。
【日本農薬】
1928年、旭電化工業(株)(現(株)ADEKA)農業用薬品部門と藤井製薬(株)の合併により誕生、今年で創立95周年を迎える日本初の農薬専業メーカー。創立以来、「食と緑を守る」企業として、農薬の研究開発・普及を中核事業に位置付けて技術革新に努める。農薬の研究開発技術をもとに化学品、医薬・動物薬などにも事業領域を拡大、海外にも積極的に事業を展開している。近年では「レイミーのAI病害虫雑草診断」をはじめとしたスマート農業の促進、環境調和型作物保護資材の研究・開発など、グローバルな社会的ニーズに応える多様で先取的な事業展開を通じSDGsの着実な達成に向け取り組んでいる。
(いわた・ひろゆき)
1963年愛知県生まれ。86年岐阜大学農学部農学科卒業、日本農薬㈱入社。研究開発本部研究部に配属された後、87年から29年間国内営業に携わる。2016年に専任部長として海外営業本部へ異動、同年執行役員に就任し海外営業本部副本部長兼アジア営業部長、海外営業本部長を歴任。18年に取締役兼上席執行役員に就任。経営企画本部長、海外営業本部管掌を経て、22年6月に代表取締役社長に就任。
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