【インタビュー】Think globally but Act locally シンジェンタジャパン 的場稔社長2023年6月21日
世界人口の増加と気候変動のなかで、持続可能な農業生産の実現が求められている。日本の特質をふまえた「ジャパンイノベーション」は世界からも期待されていると語るシンジェンタジャパンの的場稔社長に今後の事業展開の方向などを聞いた。
地域に根差したグローバル・プラントヘルス企業
シンジェンタジャパン 的場稔社長
――食料、農業をめぐる国際情勢の変化と課題などをどうお考えですか。
ウクライナ戦争による農業生産への影響については農業者への影響を含め憂慮すべき事態だと思います。それとは別に農業はいま世界的に大きな二つの危機に直面していると考えています。
まず一つ目は、安定的な食料供給です。世界人口は80億人に到達するという構造的問題に加え、昨今の外部環境の悪化により、食料不足による飢餓に直面している人々は8億人を超え、状況は今後も深刻化していく恐れがあります。二つ目は大規模な気候変動です。2022年の米国農務省(USDA)レポートによれば主要穀物・油糧種子の生産量は気候変動による影響が大きく、米国、EU、アルゼンチン、インドを合わせた生産量減少は、ウクライナ戦争の影響による生産量減少の倍以上だったという結果です。これらは地球温暖化の影響であり、温室効果ガスについては世界中で農業からの排出が22%を占め、農業も気候変動への対応が世界的課題になっています。
そこで今後は環境負荷を低減し持続可能な現代版食料生産システムである環境再生型農業(リジェネラティブ農業)が求められており、そうした農業からの調達へ転換することを世界的なフードチェーン各社がめざし、調達目標値を掲げています。これは今後の農業に大きなインパクトを与えると考えています。
持続可能な日本農業へ貢献
――そうした状況をふまえたプラントヘルス企業としての事業展開は?
私たちがグローバル・プラントヘルス企業として取り組むべきことは、植物・農作物の健康と生産性を向上させるとともに持続的に生産可能とするための包括的なアプローチでイノベーションを生み出すことです。もう一つは、グローバル企業としての強みを生かし、日本の農業の実態にあわせたソリューションを生み出し、国内農業活性化に貢献したいと考えています。
私が常に意識しているのは "Think globally but Act locally"です。考え方はグローバル、しかし行動はローカルでというのは、立ち位置としていちばん重要なことだと考えています。たとえば、弊社の水稲直播ソリューションであるRISOCAREⓇ(リゾケア)です。これはグローバルでのシンジェンタの種子処理技術を日本の水稲稲作の課題解決のために開発したシンジェンタジャパン発の事例です。
また、コアである農薬事業では、新規開発剤への投資を積極的に行っていきます。グローバル規模では、殺菌剤のアデピディンⓇ、殺虫剤のPLINAZOLINⓇ(プリナゾリン)、TINIVIONⓇ(ティニビオン)などの大型新規有効成分が開発されました。このなかで日本では「ミラビスⓇフロアブル」としてアデピディンⓇが上市されており、いわゆるかび毒(デオキシニバレノール)の原因にもなる赤かび病菌に卓効を示すことで、小麦の赤かび病防除における優れた新戦力としてご好評をいただいています。
また、農薬・種子開発事業への継続強化に加え、「バイオロジカルズ」に基づく成長機会拡大を同時進行で進めてまいります。バイオロジカルズとはシンジェンタが定義している言葉であり、病害虫雑草管理(バイオコントロール)、植物活性の向上(バイオスティミュラント)、効果的な肥培管理(バイオファーティライザー)の三つの柱をもって、グローバルでは業界トップクラスの売上高です。
さらに先ほども触れた環境再生型農業(リジェネラティブ農業)への転換という大きな流れの中で、「ソイルヘルス」(土壌の健全性)をコンセプトとした取り組みも行っています。
――具体的な事業としてRISOCAREⓇの実績、バイオスティミュラントの開発など状況は?
RISOCAREⓇは、2020年の発表後、現場での着実な効果検証のかいがあって生産現場から高い評価と期待を寄せていただける水稲ソリューションとして定着してきました。RISOCAREⓇで意識しているのは、シンジェンタ1社でなく、農機メーカーなど各分野でのパートナー会社様とのコラボで成り立っているということです。今後も全国の農業生産者の幅広いニーズにこたえるためには、幅広いパートナー会社様とさらなるイノベーションを加速していきたいと考えています。
バイオスティミュラントは、最初は畑作物で考えています。具体的には海外で豊富な使用実績を持つ製品を、畑作物の栽培時のストレス緩和や肥料利用効率の改善などを通じて、収量安定化と肥料コスト減が実現できるよう現地検証を進めています。
多面的機能を重視
――日本農業の現状と課題をどう考えていますか。
食料安全保障への一般消費者の平均的意識はまだまだと思います。弊社の本社が所在するスイスでは国民の安全保障に関する意識は高く、日本ではこの点の啓発が前提として大事と思います。政策としては意欲ある大規模農家、農業法人の活躍につながる生産基盤の強化を図りつつ、農業の環境負荷低減を進めることが大事だと思います。
一方、農業の多面的機能は、たとえば治水、利水機能で5兆円の経済効果があるわけで、それを踏まえた中山間地農業の対策も期待します。世界的には2ha以下の小規模農家が約4・8億人を数える中、小規模農家の生産性向上と課題解決も非常に重要ととらえており、歴史的に小規模農家の生産性向上に寄与してきた、日本の技術力で生み出される「ジャパンイノベーション」は世界から大いに期待されています。
シンジェンタグループとして今年3月に、世界中の研究機関やスタートアップ企業などをつなぐプラットフォーム「Shoots by Syngenta」を立ち上げました。全社的なプレスリリースと別に国内向けの特別な情報発信の機会を設けたのは日本が初めてです。それから生産面だけでなく、いわゆる「出口」として農産物の輸出加速化が重要です。一例ですが、弊社に来るスイス本社等他国の社員は、日本の「パックご飯」を土産として喜んでもって帰ります。その反応も「おいしかった」です。一般的に炊飯器をもたない欧州ではパックご飯の需要は高いと思います。
――みどりの食料システム戦略には?
日本のみどりの食料システム戦略は、EUなどの政策と一線を画した、アジアのモデルとなれる取り組みになってほしいと思います。農林水産業における食料生産性の向上と持続可能性の両立実現を目指すこの戦略のコンセプトは当社が目指す方向性と基本的に同じであると考えています。
今後みどり戦略においては、化学農薬を含む各種戦略KPI(重要業績評価指標)への対応というだけでなく、日本の農業生産者が納得して受け入れられる形での提案が重要と考えています。
――最後にJAグループに期待することをお聞かせ下さい。
JAグループの使命については我々も共感しています。ここ数年で世界的に広がりを見せたSDGsについて、JAグループはこれに歴史的に取り組んできていると思います。
最近では、農業に不可欠な肥料供給においてJA全農は安定調達に多大な貢献をされていますが、これはもっと評価されるべきだと思います。日本の農産物の輸出の加速化に向けたJAグループのリーダーシップにも期待したいです。また、ぜひ若手の就農者拡大にも引き続き注力していただくことを期待します。若い人たちが魅力を感じるような「夢のある農業」「かっこいい農業」を実現できるような感性面での訴求も大事だと思います。
【シンジェンタジャパン株式会社】
「植物のちからを暮らしのなかに」という企業目的のもと、100カ国以上の地域で事業を展開するシンジェンタグループの日本法人。2001年ノバルティスアグロ株式会社とゼネカ株式会社が合併し発足。同年株式会社トモノアグリカの株式100%取得、2010年にシンジェンタシード株式会社を吸収合併し現在の体制に至る。生産者向けのソリューション提供を担うアグリビジネス事業、種子・種苗を展開する野菜種子事業、ゴルフ場やシロアリ防除等をはじめとするプロフェッショナルソリューション事業の三つを通じて、人々の豊かな生活に貢献できる総合的な価値提案を行っている。
【略歴】
まとば・みのる 2000年にシンジェンタジャパン株式会社の前身であるノバルティスアグロ株式会社に入社。営業・マーケティングにおける幅広い経験を積み、シンジェンタUSの勤務を経て、2006年から執行役員 ローン アンド ガーデン事業本部長としてゴルフ場、景観管理等の緑化ビジネスの成長をけん引。2017年シンジェンタジャパン株式会社 代表取締役社長に就任し、併せて北東アジア地区総支配人として、日本、韓国および台湾を統括。2019年より、アジアパシフィック地区の組織体制変更により、シンジェンタジャパン株式会社の代表取締役社長に専念。
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