農薬:現場で役立つ農薬の基礎知識 2013
【現場で役立つ農薬の基礎知識 2013】[1]生産者の省力化に寄与する水稲育苗箱処理剤2013年3月29日
・製剤や混合剤化でさまざまな工夫が
・病害虫の発生動向と箱処理剤の開発動向
・育苗箱処理剤の省力的施用法
・箱処理剤散布時の注意点
水稲育苗箱処理剤は、水稲の病害虫発生を長期にわたり防止するだけではなく、本田での農薬散布回数を大幅に軽減することを可能にし、防除の省力化と効率化に大きな役割を果たしており、日本の優れた製剤技術の結晶といえるだろう。そこで今回は、この水稲育苗箱処理剤の最近の開発動向、多くの育苗箱処理剤から選択するときのポイントや施用方法について、JA全農肥料農薬部技術対策課の北村禎氏に分りやすく解説していただいた。
生産者の省力化に寄与する箱処理剤
多彩な剤のラインナップからニーズにあった剤の選択を
製剤や混合剤化でさまざまな工夫が
長期残効型の水稲育苗箱処理剤は、その省力性と効果の安定性が評価され、普及率は年々増加している。特に近年は、生産者の高齢化やほ場近隣での住宅地の増加などにより、本田防除の実施が困難な状況も多くなっていること、また、農薬の成分数を減らした特別栽培の面積が増えていることもあり、水稲栽培において箱処理剤での病害虫防除は欠かせないものとなっている。また、防除適期を逃さず確実な防除が可能であるという点も大きなメリットであろう。
新たに開発されている箱処理剤についてその傾向を見てみると、多くの害虫・病害への効果、長い残効性をもたせるべく開発がされており、そのために、新規の有効成分だけではなく、製剤や混合剤化においても色々な工夫がなされている。病害虫の発生状況は年々変化していることから、これらの現場の問題に対応した新たな剤が登場している。
(写真)育苗センター
病害虫の発生動向と箱処理剤の開発動向
◆年によって飛来数が多くなるウンカ類
水稲栽培における害虫の発生動向をみると、ここ数年、西日本を中心に大陸から飛来するトビイロウンカの一部のネオニコチノイド系薬剤(アドマイヤー剤等)に対する感受性低下、およびセジロウンカのフィプロニル剤(プリンス剤)に対する感受性低下がそれぞれ見られており、飛来数も多く問題となっている。
平成23年度は、飛来性のウンカ類であるセジロウンカ、トビイロウンカの飛来数が例年に比べて極めて少なかったが、24年度は九州を中心に飛来が多くなり、1県で警報、7県で注意報が発令された。
また、ヒメトビウンカは縞葉枯病ウイルスを媒介するため、問題になっている。日本に土着する個体と海外から飛来する個体が確認されており、それぞれ薬剤感受性が異なることが知られている。24年度は栃木県で注意報が発令されるなど、東日本でも発生の見られる地域がある。飛来性のヒメトビウンカはベトナム、中国等の飛来源での発生量によっては多発生の可能性があるので、防除対策が重要である。
(写真)
トビイロウンカ(成虫と幼虫)
◆イネドロオイムシについて
初期害虫であるイネドロオイムシについては、一部の地域でプリンス剤やアドマイヤー剤に感受性の低下した個体が見られているが、それぞれ地域が限られている。近年イネドロオイムシの被害がみられた圃場が多くなっているが、これは、イネドロオイムシの発生消長がこれまでより長期化しているからとの見方もある。
(写真)
イネドロオイムシ
◆ウンカ類、チョウ目害虫の防除
ウンカの防除については、ネオニコチノイド系薬剤(商品名:アドマイヤー、スタークル、ダントツ、アクタラなど)やプリンス剤が用いられることが多いが、これらの殺虫剤と系統が異なり、これらの剤に抵抗性のウンカにも効果のあるピメトロジン(商品名:チェス)を含有した箱剤が増えている。
また、これまで本田剤として活用されてきたエチプロール(商品名:キラップ)の箱処理混合剤も登録になった(ルーチンクワトロ箱粒剤)。
また、近年フタオビコヤガの発生が多発傾向にあり、東北、北海道でも発生が多くなっている。チョウ目害虫に対しては、スピノサド(商品名:スピノエース)に加え、スピネトラム(商品名:ディアナ)や、チョウ目だけでなく初期害虫のイネドロオイムシやイネミズゾウムシにも効果のあるクロラントラニリプロール(商品名:フェルテラ)といった新しい成分が開発され、多くの混合剤が販売されている。
(写真)
上:セジロウンカ(成虫と幼虫)
下:ヒメトビウンカ(雌成虫)
◆カメムシの防除
平成24年度においても、斑点米カメムシは多発生で、13道県で注意報が発令された。斑点米カメムシは基本的に本田散布により防除するが、デジタルメガフレア箱粒剤(ネオニコチノイド系のアクタラといもち剤のコラトップの混合剤)のように箱に処理して小型カメムシまで効果を示す剤も登場している。
地域によって発生するカメムシの種類は異なるが、小型カメムシが中心の地域では、本田におけるカメムシ防除を省略できる可能性がある。
なお、カメムシ防除においては、殺虫剤による防除だけでなく周辺および本圃内の雑草管理など、耕種的防除を行うことも重要である。
(写真)
上:イネミズゾウムシ(成虫)
下:シラホシカメムシ
◆いもち病など病害の防除
箱処理剤の普及率が高くなった結果、ここ数年いもち病は小発生で推移している。昨年も、全国的にはいもち病は小発生の傾向であったが、大阪府、大分県でいもち病の注意報が出された。また、紋枯病の発生も近年は少ないが、東北等でも発生が見られるようになり、発生地域が拡大する傾向がある。
これらの病害に効果のある箱処理剤としては、製剤の工夫と含有量の増加によっていもち病への残効性を付与したデジタルコラトップ剤やDrオリゼ剤、いもち病と紋枯病に対する長期の残効をあわせもつ嵐剤などが主流となっており、それぞれ殺虫剤との混合剤として上市されている。
また、抵抗性誘導剤としてイソチアニル剤(商品名:ルーチン、スタウト、ツインターボ)も登場した。紋枯病の発生地域では、グレータム剤やリンバー剤を含む混合剤か、嵐剤を活用する。
(写真)葉いもち
◆防除すべき病害虫はなにかよく考えて選択を
現在、このように殺虫剤、殺菌剤のコンビネーションにより、多くの種類の箱処理剤が上市されているが、剤を選ぶときには、防除すべき病害虫は何かを良く考え、剤のもつ効果・残効性やコストと照らし合わせて選択する必要がある。
また、地域によっては、抵抗性害虫や耐性いもち病菌が発生している事例もあるので、普及センターやJAの指導に従って剤を選択したい。
育苗箱処理剤の省力的施用法
◆均一な散布と省力化を可能にする播種同時処理
箱処理剤を省力的に散布する技術として普及しているのが播種同時処理である。播種同時処理のメリットは、多忙な田植えの時期に箱処理剤を散布する手間がかからないことと、均一な散布ができることである。特にいもち病防除においては、散布ムラがあるとそこがいもち病の発生源となるため均一な散布が不可欠であるが、播種時処理であればそれが可能となる。
播種同時処理は稲がもっとも敏感な時期に処理するため薬害が発生しやすく、使用できる剤は限られているが、製剤の工夫などにより播種同時処理の登録をもつ剤が増えてきた。
殺虫剤では、プリンス剤、スタークル剤をはじめ、アドマイヤーCR剤、ダントツ08剤など含量と製剤の工夫により播種同時処理を可能にした剤も増えている。
殺菌剤では、嵐剤は播種同時処理が可能であり、播種同時処理した場合には育苗期の苗いもち病への効果も期待できる。また、ルーチン・スタウト剤も播種同時処理が可能であり、本剤は播種同時処理で非常に安定した効果を示す。
オリゼメート・ブイゲット剤は通常の箱処理剤では播種同時処理ができないので、専用剤を使用する必要がある。オリゼメート剤は「ファーストオリゼ」、ブイゲット剤は「アプライ」という名称で播種同時処理専用剤が販売されている。これらの箱処理剤は移植当日処理などでは十分な効果が得られないこともあるので、注意して使用したい。
◆田植機に取り付け処理する装置も
もうひとつの省力化技術として期待されているのが、田植機に取り付けて田植直前の苗に薬剤を処理する装置である。「箱まきちゃん」「すこやかマッキー」などの名称で各農機メーカーから販売されており、順調に普及している。
田植と同時に薬剤処理ができるので省力的であるだけでなく、均一に散布できること、さらに、ほとんどの箱処理剤が利用できることが大きなメリットである。
なお、箱処理剤の使用時期には、播種時覆土前に処理できるもの、育苗箱の床土に混和できるもの、緑化期から処理できるものなどがあるので、使用前にラベルの使用時期、使用方法を確認したい。
箱処理剤散布時の注意点
◆育苗箱から薬剤がこぼれないよう丁寧な処理を
育苗箱処理剤を育苗ハウス等で処理するときには、散布した農薬が育苗時の土壌にしみこまないように、またこぼれないように注意する必要がある。
特に、水稲育苗後のハウスで他の作物を栽培する場合には、後から栽培した作物に影響することがあるので、育苗箱から農薬がこぼれないように丁寧に処理を行い、また、育苗箱の下に不浸透性のビニールシートを敷くなどの対策を講じたい。
◆多彩なラインアップからニーズにあった剤の選択を
生産者の省力化に寄与する箱処理剤は、今後もいっそう普及するものと思われる。
各現場では、病害虫の発生状況や処理方法などを勘案して、多彩な剤のラインナップからニーズにあった剤を選択し、うまく使用していただきたい。
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