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農薬:誕生物語

【シリーズ・誕生物語】第5回「バロック」(協友アグリ(株))2013年9月11日

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・ダニはクモの仲間、昆虫ではない
・久しぶりにヒットした化合物
・殺卵・殺幼虫効果が10万倍に
・増殖力が劣る低感受性ミカンハダニ
・「バロックのリバイバル」を進める

 「ハダニ」は果樹、茶、果菜類、花き類の生産で問題となる代表的な害虫である。
 日本は気候条件等からハダニによる被害が多く、昭和30年代初めからダニ剤の開発が行われきた。
 一方でハダニは農薬に対する抵抗性(感受性の低下)の発達が早く、殺ダニ剤のライフサイクルは一般的にみて非常に短い。
 そうしたなかで、1998年(平成10年)の上市以来、15年経った今日でも、果樹や茶のハダニ防除剤として広く使われているのが、協友アグリの「バロックフロアブル」(エトキサゾール)だ。今回は、このエトキサゾールがどのように開発されたのかを取材した。

ハダニの被害から
果樹や茶の生産を守る

バロックフロアブル◆ダニはクモの仲間、昆虫ではない

 「ダニ」は昆虫だと思っている人が多いのではないだろうか。だが、分類上は昆虫ではなく「クモ綱」の「ダニ目」に属する動物の総称で、ダニの仲間は、人や動物に寄生するものから、農作物など植物に寄生するものなど多様な生活をする種があり、世界には約2万種いるといわれ、その生活環境の範囲は大変に広い。
 なかには農作物に被害をおよぼす草食性のダニ類を餌とし、天敵として働くダニもいて、カブリダニ類のように生物農薬として用いられているものもいる。
 ハダニなど農作物に被害をおよぼすダニ類は、冒頭にも触れたように昆虫ではないので、昆虫とは体の仕組みも異なり、昆虫に効く殺虫剤の多くはダニ類には効かない。そのため専用の殺ダニ剤が必要になる。
 エトキサゾールを主成分とする「バロック」は他の殺ダニ剤とは異なる作用を持ち、成虫以外の発育ステージである卵や幼虫・若虫に高い活性(ふ化及び脱皮の阻止)を持ち、防除効果を発揮する。
  また、成虫に対する殺虫効果は低いが、「バロック」のかかった成虫が産んだ卵はふ化しないという効果もある。


◆久しぶりにヒットした化合物

 エトキサゾールは殺ダニ剤を目標として開発されたのではなく、除草剤を開発する途上で発見されたのだという。
 開発したのは協友アグリの前身である八洲化学の研究陣で、1980年(昭和55年)に除草剤の発明で知られていた宇都宮大学の竹松教授に指導を依頼し、東京大学とも共同研究を開始、化合物の合成を行い、殺菌・殺虫・除草を網羅するスクリーニング(生物評価)を始めた。除草効果や殺虫効果のかなり高い化合物も索出され特許申請も行ったが、製品としては開発されなかった。87年に竹松教授が退官するとともに共同研究を中止し、以後は八洲化学独自で、化合物の合成アイディアとスクリーニング方法に試行錯誤しながら取組んでいくことになる。
 そうしたなか、キノコ毒に興味を持っていた鈴木純二氏が、その研究のなかからオキサゾリンを骨格に持つ化合物に注目し合成を試みた。その過程でハダニの卵に効果が高い化合物を石田達也氏(現・協友アグリ研究所専門研究員)らが発見。周辺化合物の合成を行い、88年6月に特許出願を行った。
 石田氏は「久しぶりにヒットした化合物で、周辺化合物を洗い出すとハダニの卵に効く化合物がいくつか出てきた」と当時を振り返る。


◆殺卵・殺幼虫効果が10万倍に

静岡県の茶畑 さらに合成を繰り返しスクリーニング試験するなかで、当初のものよりもハダニに対する殺卵活性が100倍近く強いものが合成された。そこでこれを基本骨格としてその誘導体の合成を検討していくことになった。こうして1000余の関連合成物の中から選抜されたのが、エトキサゾール(試験名:YI-5301)だ。
 誘導体の合成とスクリーニングを続けていくうちに、ハダニの卵や幼虫に飛躍的に効果が上がり、その効果はハダニの成長を阻害する事に起因することが分かってきた。さらに検討を進めることで、殺卵・殺幼虫効果を当初よりも約10万倍アップさせることに成功した。
 そして、92年から各県関係試験場で果樹・野菜・茶に対するほ場試験依頼、良好な評価を得るとともに、毒性試験や残留試験など農薬登録を取得するために必要な各種試験を行い、安全性の高い剤であることを確認。
 96年に農水省に登録申請をし、98年(平成10年)4月に登録となり「バロック」の商品名で上市された。
 87年に八洲化学(当時)の独自研究開発がスタートしてからでも11年が経過している。石田氏によれば、80年の自社化合物探索開始以来ここまでに合成してきた化合物は3000余だという。当時、一つの農薬の開発には1万から2万のスクリーニングが必要と言われていたので、3000は少ないともいえるが、小さな組織のなか少人数でここまでくるには相当な苦労があったことは想像に難くない。
 こうして当初は除草剤開発から始まったこの開発プロジェクトは、上市以来15年経っても第一線で活躍する殺ダニ剤を世に送り出すことに成功した。

(写真=静岡県の茶畑) 


◆増殖力が劣る低感受性ミカンハダニ

 殺ダニ剤については、ほぼ効果がある化合物が出そろっており、今後新たな化合物が創製されることは難しいといわれている。一方で「ダニ剤は抵抗性の発現が早く、非常にリスキーな分野」だとも言われている。
 バロックでもミカンハダニで「感受性が低下」(バロックが効かない)しているという報告があり、防除暦から外されるケースも出てきている。
 協友アグリの研究所(長野県長野市)では、ミカンハダニを各ほ場から集めて飼育し、バロックに対する感受性と繁殖状況の関係を詳細に調べている。
 バロックに高い感受性(よく効く)を示すミカンハダニは卵が孵化してから13.67日で成虫になるが、バロックに低感受性(効きにくい)のミカンハダニは15.20日と、1.53日も余計にかかり、1頭の雌成虫が産む卵の数は、感受性個体群では48.2個だが、低感受性個体群では26.0個と22個以上も少ないという現象が認められた。
 つまり、バロック低感受性のミカンハダニは、感受性のミカンハダニと比較して「増殖力が劣る」ということが確認されたのである。
 仮に「バロック」低感受性のミカンハダニが出現し、「バロック」の効果が低下したとしても、しばらく「バロック」の使用を控えておれば、繁殖力の高い感受性ミカンハダニが増え、再度「バロック」を使用出来る可能性が示唆された。また、「バロック」を隔年使用することで感受性の低下を防ぎ、長くバロックが使える可能性も示唆される(下図)。

バロック散布後のミカンハダニの増殖の様子


◆「バロックのリバイバル」を進める

(写真=鹿児島県デコポンの) バロックの普及を担当する池田芳治普及・マーケティング部長(執行役員)は、この事実をもとに「バロックのリバイバルをカンキツ分野で進めている」という。
 現実に広島県果実農業協同組合連合会(JA広島果実連)では、防除暦で県内を東西に分け、一方でバロックを、もう一方ではスターマイト(日産化学)を使うことにし、2年経ったら逆にすることを昨年秋に決め、防除暦に「バロックが復活した」という。
 その他の地域でも、きちんとローテーションすれば「感受性は落ちない」という事例もある。
 石田氏はミカンハダニ以外の感受性についても研究をさらに深め、バロックの有効活用方法を探っていきたいという。
 上市以来15年経ったが、これからも果樹や茶の生産者にとってバロックはなくてはならない殺ダニ剤だといえる。前にもふれたが、新規のダニ剤が開発される可能性は低い。だとすれば、既存の薬剤を大事にし、その特性を活かして有効に活用することが生産現場に求められているといえる。

 

 


茶畑(静岡県)

デコポン(鹿児島県)

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