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農薬:誕生物語

【シリーズ・誕生物語】第9回豆つぶ剤(クミアイ化学工業(株))2014年4月17日

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・薬剤が「自分で泳いでいく」
・フロアブルやジャンボ剤より優れた剤型を
・10aに250gを可能にした高性能・低薬量農薬
・研究所と工場2つの技術が支える
・小規模から大規模ほ場まで多様な散布方法が
・高く評価された「創造する科学」技術

 品質の良い農産物を安定的に生産し供給するために、化学農薬を中心とする雑草・病害虫防除は欠くことはできないが、これには多大な時間と労力を必要とする。近年は高性能な有効成分が開発され、防除に要するトータル的な時間は大幅に短縮されてきている。
 だがそこには、高性能な有効成分の研究・開発と同時に、実際に使う生産者に、より使いやすいように工夫された「製剤技術」があることを忘れてはならない。そうした製剤技術の代表的なものが、クミアイ化学工業(株)が開発した「豆つぶ剤」だ。

現場でより使いやすい
剤型を求めて

◆薬剤が「自分で泳いでいく」

豆つぶ剤(上)と粒剤の大きさ比較 薬剤が「自分で泳いでいくので、最初はびっくりしました」。クミアイ化学の永山孝三常務は、豆つぶ剤を初めて見たときの衝撃をこう語ってくれた。
 通常の粒剤の直径が1.0?1.2mm程度なのに対して、豆つぶ剤は、直径が3?8mmと大きく、水田に散布すると、水面を浮遊しながら約10?20分で崩壊して、有効成分をほ場に均一に拡散させる「自己拡散型製剤」で、クミアイ化学が独自に開発した新規の農薬剤型だ。今までにない剤型のため、登録上は「粒剤」ではなく、「剤」という種類になる。
 水稲を栽培するためには、多大な時間と労力を必要とし、生産コストに占める労働費のウェイトは高い。田植えや収穫作業については農業機械が発達し、労働負担はかなり軽減されてきている。
 そして、品質の良いコメを安定的に供給するには、雑草や病害虫に対する農薬防除は欠かすことのできない作業だ。

 

◆フロアブルやジャンボ剤より優れた剤型を

 水稲栽培における農薬による防除は、種子の消毒、育苗箱への散布、水田への散布などがある。このうち、種子消毒や育苗箱への農薬散布は、稲個体に対して集約的で効率的な農薬処理が可能で、現実に省力的で効果的な防除処理が行われている。
 それに比べて、本田での防除は、農薬の散布対象面積が育苗箱などに比べて極端に広くなることから、労働負担は大きい。
 水稲の雑草は、発芽前か個体がまだ小さい段階、つまり田植え後の早い時期が防除の適期だといえる。従来は、粒状の除草剤が一般的に使われ10a当たり3kgを散布していた。その後、1kg粒剤が実用化され、散布する重量が大幅に軽減された。さらに、平成(1990年代)にはいると、畦畔から原液散布できる「フロアブル剤」や「ジャンボ剤」が開発され、防除の負担はいっそう軽減された。
 これらの製剤は省力的で優れたものだが、散布方法、散布到達距離や薬剤の散布者や稲への付着などの課題がある。
 この課題を解決し、しかも小規模水田はもとより大規模な水田でも、水田に入ることなく、多様な方法で、容易に散布できる省力化製剤はできないものかとクミアイ化学の研究陣が考え始めたのは、1995年(平成7年)ころだった。

 

◆10aに250gを可能にした高性能・低薬量農薬

 その当時、開発担当者が今までになかった製剤開発に取組むにあたって抱いたイメージは「水に浮いて水面で崩壊分散する」という漠然としたものだったという。「その閃きのもととなったのは池の鯉に与える餌だった」が、それを最終的な製品にまで高めたのは、優れたクミアイ化学の開発力・技術力だといえる。
 豆つぶ剤の処理量は、10a当たり1kg粒剤の4分の1にすぎないわずか250gだ。製剤の中には必要な有効成分と補助成分が入っているが、入れられる量はおのずと限界がある。3kg粒剤の時には「いろいろなものが入れられた」が、250gの中に必要なものを「全部つぎ込むのは大変」だ。
 それを助けたのが、高性能・低薬量で効果を発揮する農薬原体の開発だ。クミアイ化学では、10a当たりわずか5gで済むという除草剤・ピリミスルファン(同社の「ヤイバ」などの有効成分)を開発しているが、こうした原体開発が、10aあたりわずか250gですむという豆つぶ剤を可能にしたともいえる。

 

◆研究所と工場 2つの技術が支える

 製剤開発で苦労した話はつきないが、直径が1.0?1.2mm程度の通常の粒剤より大きな直径3?8mmという製剤を開発・製造するのは、60年以上農薬を手掛けてきたクミアイ化学でも初めての経験だった。
 豆つぶ剤は水面に浮くことが必須の条件だ。しかし、水よりも重い固体物質の集合体を水に浮くようにするためには、比重が1以下の「浮袋」を製剤の中に組み込み、相対的な比重を1以下にする必要がある。一般的に知られる中空体を使って浮かせるためには、その中空体を多く組み込まねばならず、有効成分が低い製剤となってしまう。
 だが、クミアイ化学の研究陣は極めて少ない配合で固形物の相対的比重を1以下にする中空体を用いる技術を見いだしこの問題を解決した。
 また、通常の粒剤に比べて大きな粒を水面で短時間に崩壊させ拡散させることも容易ではない。これは、気相―液相―固相の表面で有効に作用する界面活性剤を見いだすことで、「良好な崩壊性と拡散性を得ることができた」。
 このことで、従来の粒剤のように「均一散布」ではなく、畦畔からの「不均一散布」で防除効果が得られるだけではなく、防除にかかる労力の省力化・効率化を実現することができた。
 だが、研究所で実現できたことが、即工場でもできるとは限らない。「研究所レベルの試作と工場レベルの技術をいかに近づけるか。製剤開発と工場での製品製造技術の二つが必要になる」という。
 工場での製造段階で苦労したのは造粒と乾燥で、検討当初から難渋した工程である。とくに乾燥は、粒が大きいので、均一に水分を飛ばすための「最適化」で苦労したという。

豆つぶ剤の崩壊?拡散状態

◆小規模から大規模ほ場まで多様な散布方法が

豆つぶ剤をひしゃくで散布 さまざまな苦労の末に豆つぶ剤は、日本では2000年に「パットフルA250グラム」「パットフルL250グラム」が初めて農薬登録を取得し、翌年に市場デビューした。そして、2003年に「トップガン」が、2010年にはクミカグループが開発した新規水稲用除草剤成分ピリミスルファンを含有する「ベストパートナー」「ヤイバ」「マイウェイ」が、2013年には「ナギナタ」「ザンテツ」が登録を取得している。
 除草剤だけではなく、殺菌剤や殺虫剤の登録も取得しており、使用時期に応じた豆つぶ剤の商品ラインアップを取りそろえ、農家の防除労力負担を軽減していきたいと考えている。
 豆つぶ剤は、処理量が10a当たり250gと圧倒的に少ないだけではなく、ほ場に合わせた多様な散布方法ができることも大きな特色だ。
 畦畔を回りながらの手まきはもちろんだが、フロアブル剤をイメージした袋散布、1回の処理量が手まきよりも多い魚釣りのコマセ用ひしゃくなど手近な器具を使った散布。大規模なほ場では動力散布機(ワンショット)や無人ヘリによるスポット散布や連続散布もできる。粒が大きいので散布者や周辺作物へのドリフトの心配も少なく使いやすい剤型だといえる。

◆高く評価された「創造する科学」技術

 クミアイ化学は「新農薬の幕開け」といわれた1949年(昭和24年)に創立し、国産農薬第1号の「アソジン」や除草剤「サターン」を開発し「常に市場に密着し、顧客のニーズと信頼にこたえる」という経営理念を掲げ、日本の農薬業界を牽引してきた。それは農薬原体の開発だけではなく、実際に農薬を使う生産者にとって、使いやすく効果がもっとも発揮できる製剤技術の開発が「両輪」となってはじめてできたことだと、豆つぶ剤の開発を取材し強く感じた。
 そして豆つぶ剤は、独自性、使用現場での使いやすさ、作業者への暴露や水田周辺へのドリフトを最小限に抑えた環境負荷の少ない農薬として評価され、2010年に「農林水産技術会議会長賞」を受賞した。また、農林水産省が14年3月に担い手農家がコメの生産コスト低減や高収益化に向けて導入する技術の選択肢として作成した「担い手農家の経営革新に資する稲作技術カタログ」に労働費・資材を低減する技術として採用されている。
 「創造する科学を通じて『いのちと自然』を守り育てること」が、クミアイ化学の変わらぬテーマだという。これからも、日本の農家と農業にとって有効な剤の開発を期待したい。

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