農薬:防除学習帖
有機防除暦9防除費用比較【防除学習帖】第134回2022年1月21日
まずはじめに、前号(No.133)に注意が必要な事項が判明したので報告する。
有機JASで利用が可能な農薬の一覧表の中で紹介したエコピタ液剤(還元澱粉糖化物液剤)は、2021年までに製造した製品は間違いなく有機JASに適合した製品であるが、有機JASに適合した原材料の入手が困難になったため、2022年に製造したものから有機JAS不適合となることになった。このため、2022年の生産現場では、同じ商品名で適合のものと不適合のものとが混在することになり、混乱をさけるため、2022年製造品ラベルに「有機JAS不適合」であることを明記することになった。ついては、本年エコピタ液剤を有機JAS規格で使用する場合は、よくラベルをみて有機JAS不適合であるとの記載がないか確認して使用するようにしてほしい。このように、適合・不適合が時に変わることがあるので、使用資材を選ぶ場合は、最新情報を確認するようにしてほしい。
前号の記述が不十分であったことをこの場を借りてお詫びしたい。
さて、本題に戻る。前回までに、ホウレンソウの有機防除暦の作成にあたりは種から収穫に至るまでに必要な防除をどのような資材を選んでいくか検討し、防除対象の害虫と有機JASで活用できる物理的防除法、生物的防除、耕種的防除およびそれらを駆使しても防除が難しい場合に使用できる農薬等の資材を紹介し、実際のホウレンソウ有機栽培暦(ベタ掛け資材使用および使用なし)の作成を試みてきた。
ところが、有機栽培を行う場合手間とコストがかかることが知られており、これから有機栽培を導入しようとする場合にはその点を考慮しなければならない。このコストを吸収するためには販売価格が通常よりも上乗せされないと採算が合わないのだが、現状では、直販を除く、スーパー等の量販において有機農産物が一般品よりも高値で取引されることは残念ながらほとんどない。このあたりは、みどりの食料システム戦略が進んでいく中で少しずつ改善していくとは思うが、有機農業に取り組む場合には、当面いかにして安いコストで有機農産物を生産するかの知恵を絞る必要がある。
有機農産物の生産コストには、有機肥料投入や土壌改良のための費用など防除費用以外のものもあるが、本稿では、実際の使用場面を想定し、一般防除と有機JAS適合栽培での防除費用を比較してみたいと思う。
1.比較のための防除暦
ホウレンソウにおける防除費用を比較するにあたり、一般防除と有機栽培を併記した防除暦を作成してみた(下表)。考え方の基本は、一般防除暦と同程度の効果が期待できる防除暦を目指したことである。これは、有機栽培といえど、品質の良いホウレンソウを生産することが前提であり、その前提をクリアするために必要な防除を行う暦とした。また、栽培規模は、1m×20mの畝5本で合計1aの作付面積を想定した。
(1)一般防除暦作成のポイント
一般的な露地のベタ掛け資材無しのホウレンソウ栽培で発生する病害虫を、農薬を適切に使用して防除し、安全かつ品質の良いホウレンソウを生産できる暦を作成した。
(2)有機防除暦(ベタ掛け資材使用)作成のポイント
飛来害虫防除のためにベタ掛け資材を活用したもの。生育に合わせて張り替える必要がないように、最もよく使用されている遮光率10%のものを選んだ。雑草防除は全て草刈り機による除草を想定した。害虫と病害の防除は、ベタ掛け資材の効果に期待し、無しとした。
(3)有機防除暦(ベタ掛け資材不使用)作成のポイント
ベタ掛け資材がないため、飛来害虫対策とべと病を防除対象とした。
害虫対策には、様々な害虫に効果が確かめられているサンクリスタル乳剤を選択し、十分な効果を得るためには最低限必要な回数として2回散布とした。後半の大型チョウ目害虫にはスピノエース顆粒水和剤で仕上げる体系とした。べと病対策は、コサイド3000くらいしか使えるものがないので、発病前に予防的に2回散布する体系とした。
ハスモンヨトウとヨトウムシには、有効なフェロモン剤があるが、効果的に使用するには大面積での設置が必要であり、今回想定した1a程度では十分な効果が得られないため、選択肢から外した。
2.防除費用試算
(1)除草労賃
有機栽培では除草剤が使用できないので、機械除草が必要になる。特にネキリムシのように周辺の雑草を経由してホウレンソウ畑に侵入する害虫を防ぐためには周辺雑草を草刈り機での除草は不可欠である。機械除草にかかる費用は、燃料代や消耗品の費用なども発生するが、ここでは一番大きな労賃のみを算出することとした。作業にかかる時間を想定し、それに時給1,500円をかけて算出した。実際には、ほ場の周辺の構造や地域による時給に差が出てくるが、あくまで比較のための目安として算出した。除草剤散布の場合も散布に労賃がかかるので散布時間分の労賃を加算した。
(2)病害虫防除労賃
病害虫防除の場合にも、防除作業を行うために散布機械の準備、燃料代など付随する費用があるが、暦の違いにより変わるのは散布回数であるため、病害虫防除に係る費用については、散布労賃で比較することとした。具体的には、1aに10Lの散布水量を散布する時間15分を1回の散布作業時間とし、それに回数と時給を掛け算して病害虫防除労賃を算出した。
(3)ベタ掛け資材費
ベタ掛け資材のあるなしで大きく費用が異なるため、1m×20m(20平方メートル)の畝を覆うための資材を一般の通販価格に必要本数にかけて算出した。
(4)薬剤費
薬剤の価格は一般の通販価格を採用し、作付面積の1aを10Lの散布水量で薬剤を散布する時に必要な薬量を算出し、それに応じた薬価を算出した。例えば、サンクリスタル乳剤の場合500mlボトル価格3,196円を300倍で10L(=10,000ml)散布するので、10,000ml÷300(倍)=33.3mlの薬量(1回あたり)が必要になる。この33.3mlの薬価は、33.3÷500(ml)×3,196円=213(円)と計算される。1回あたりの薬価を使用する薬剤ごとに算出し、それに散布回数を掛け算したものを合計して算出した。
3.防除費用比較
(1)除草労賃
一般防除で除草に使用するラッソー乳剤は、散布対象面積1aあたり15mlを10Lの清水に希釈して使用する。この時に必要薬価は、市販価格で換算して1回散布59円、散布労賃が散布時間15分の労賃に相当する375円の計434円かかる。
これに対し有機栽培で機械除草が必要で、ほ場周辺も除草する必要があるため除草作業時間も多くなる。およそ計3時間の除草作業が必要でその除草労賃時給1500円とすると3時間作業分の4500円が除草労賃となる。単純比較で、有機栽培における除草費用は一般防除の約10倍かかるという計算になるが、これはあくまで労賃も費用だと考えての試算であるので、労賃を考慮しないのであれば、一般防除の方が除草剤代の分だけ費用が多くなる。
(2)病害虫防除労賃
病害虫防除の場合にも、防除作業を行うために散布機械の準備、燃料代など付随する費用があるが、暦の違いにより変わるのは散布回数であるため、病害虫防除に係る費用については、散布労賃で比較することとした。具体的には、1aに10Lの散布水量を散布する時間15分を1回の散布作業時間とし、それに回数と時給を掛け算して病害虫防除労賃を算出した。なお、ベタ掛け資材は、薬剤費をかけずに病害虫防除が可能となるが、設置労賃がかかるので、設置労賃を病害虫防除労賃の中に入れた。
(3)ベタ掛け資材費
ベタ掛け資材は、病害虫防除で大きな力を発揮するが、資材費が多くかかるのが難点だ。今回の三つの暦の比較でも、圧倒的に防除費用が多くなった。
(4)薬剤費
薬剤費は使用する農薬で費用が異なってくる。ただし、多くの場合希釈して散布する薬剤が多いため、1a程度の面積では必要な薬剤費は、一般防除と有機栽培とで大きな差はなかった。
ただし、有機栽培でも使用できる農薬の場合、十分な効果を得るために複数回散布しなければならないものも多く、病害虫の発生状況によっては、より多くの散布回数が必要な場合もある。その場合は、増えた回数の分だけ薬剤費がかさむことになる。
以上を整理すると、1a当たりの防除費用は、一般防除が最も少なく2,806円。次いで有機栽培で使用できる農薬を使用した暦の6,954円であった。最も高かったのが、ベタ掛け資材を使用した暦で20,950円であったが、この方法はチョウ目害虫への効果も安定し、防除散布にかかる労力と時間を削除できるため、一考の価値があるだろう。
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