農薬:現場で役立つ農薬の基礎知識 2024
【現場で役立つ農薬の基礎知識2024】水稲の本田防除 予防散布が安定効果生む2024年6月6日
ここのところ、毎年天候の変動が大きく、水稲の本田期の防除においても、「例年どおり」が通じなくなってしまっている。加えて、作付け品種も各県の推奨品種や飼料用米品種など出穂時期が異なる様々な品種が作付けされ、一時期出穂・開花が一定期間続くような現象も見られるようになった。これに起因してか、稲のみを加害するイネカメムシの発生が問題となる地域が多くみられるようになった。
このように、天候の変化に伴って、発生する病害虫雑草の発生消長や種類まで変化するようになっており、毎年そういった変化に目を光らせて対応に追われる場面が本当に増えた。とはいえ、こういった変化にしっかりと対応しなければ豊かな収穫は得られないので、防除関係者の苦労が忍ばれる。
こういった変化が多い時こそ、安定した効果を発揮するのは病害虫発生前の予防散布だ。
近年のみどりの食料システム戦略にも挙げられている農薬の使用量低減のためにドローン等によるスポット散布が推奨されているが、残念ながら近年のように気候変動が激しい中では、十分な防除効果を得られない事態が想定される。
AIや病害虫診断技術が高度に発展し、どんな微細な胞子や害虫、雑草が自動で判別できるようになり、それら全てに自動でスポット散布できるようになれば別だが、どこにいるかわからない、どこに潜伏しているかわからない状態ではスポット散布は難しい。
特に病害は、病斑が見つかった時点でその周りには既に潜伏している病原菌が存在しており、病斑だけを頼りに農薬散布しても一網打尽にはできない。また、使用する薬剤も浸透移行性があって治療効果のあるものを選ばなければならないなど制約がでてくる。
これらの制約を取り除き、どこから病害虫がやってきても迎え撃てるようにするには、予防的全面散布しかなく、これが最も効率の良い防除法であると考えている。
特に、梅雨入りに向かうこの時期は、水稲の幼穂形成や必要茎数確保、また本田で発生する病害虫の初期防除を徹底しておきたい重要な時期でもあるので、以下を参考に、この時期の病害虫防除を確実に行ってほしい。
この時期に叩いておきたい病害虫
【いもち病】
水稲栽培において最も大きな被害を発生させるいもち病。
この病害は、糸状菌(かび)が引き起こし、25~28度の温度と高湿度を好む。感染には水滴が必要で、梅雨に入り、稲体に水滴が付着している時間が長いときに発生が多くなる。その理由は、いもち病菌が稲体への侵入する際には水滴が必要であることと、病斑上に形成された胞子を飛散させる場合にも90%以上の高湿度が必要なためである。
このような特性があるために、蒸した気候が続くときにまん延しやすくなる。また、いもち病は、水稲生育のどの段階でも発生し、苗いもちが葉いもちの発生に影響し、葉いもちの発生量が穂いもちの発生量に影響する。特に、葉いもちを放置すると生育不良となるばかりか、最も怖い穂いもちが発生し、最終的に白穂や稔実不良、着色米を引き起こし、収量や品質を低下させてしまう正に稲の大敵である。
【紋枯病】
紋枯病は、いもち病とは違う種類の糸状菌(かび)が起こす。稲の水際の茎葉部に、雲形で中央が灰白色の病斑をつくり、それから、だんだんと上位に病斑が伸びていき、ひどい場合は止葉にまで達する。止葉にまで病斑が達すると、減収の被害が出る。また、茎葉が病斑によって弱まって倒伏しやすくなるので、コシヒカリなど背の高い品種は特に注意が必要である。
株間の湿度が高いと発病が多くなるので、茎数が多い品種はもちろんのこと、過繁茂も株間の湿度を上げる要因になるので、窒素過多にならないよう施肥量にも注意が必要だ。
【その他病害】
近年は、稲こうじ病やごま葉枯病、白葉枯病(細菌)といった病害が多くなっている。中でも稲こうじ病は、有効な防除時期が穂ばらみ期に限られているので、発生が多い水田では、防除の時期を逃さないように注意してほしい。
【害虫】
ウンカ被害にあった田んぼ
一方害虫では、田植え直後から発生するイネミズゾウムシやイネドロオイムシ、セジロウンカ、ヒメトビウンカ、ツマグロヨコバイ、トビイロウンカなどが主な対象害虫であるが、これらは、まだ幼い稲の葉を加害して初期生育を遅らせたり、ウイルス病を媒介したりする被害を起こすが、初期の防除をきちんと行っていればそれほど怖いものではない。
ただし、ウンカ類には、九州を中心にネオニコチノイド系農薬に抵抗性が発達したものが多く飛来しているので、薬剤の選択にあたっては、ネオニコチノイド系農薬以外の農薬を選ばなければならないことが多い。詳細の対応については、JA等の指導機関に相談してほしい。
一方、稲の栽培期間中に2世代が発生するニカメイガなどは、被害が大きくなる後半の発生を抑えるためにも、1世代目の発生量を減らしておいた方がよい。このため、ニカメイガが常に発生する場合は、本田初期のニカメイガ防除は必須である。
これらに加えて、注意すべき害虫はイネカメムシである。同種の生態の詳細は関係各機関による研究が進められているが、何よりの特徴は「超稲派」であることである。他の斑点米カメムシは雑草の方が好みのものが多く、まずは畦畔(けいはん)のイネ科雑草に発生し、それから本田に侵入することが多い。このため、畦畔雑草をキチンと管理すればカメムシ被害をある程度抑えることができた。ところがイネカメムシは、イネ科雑草には目もくれず、特に出穂直後の稲穂を好み直接加害する厄介な害虫だ。このため、出穂期前後に本田での防除を確実に行って迎え撃たなければならない。
その際の散布時期が重要で、これまでの斑点米カメムシ類防除対策では、穂ぞろい期から乳熟期後半にかけて複数回の薬剤防除を実施することが推奨され、防除コスト削減を優先する場合は乳熟期後半の防除が中心だった。ところが、イネカメムシの場合は、乳熟期後半の散布では遅すぎて被害を防ぐことができない。このため、出穂前にジノテフラン剤、エチプロール剤などイネカメムシに効果のある薬剤を確実に散布することが重要だ。
複数の品種を生産していて出穂期がずれる場合は、出穂の早い品種から確実に出穂期前の散布を行うようにし、どの品種にも出穂期前散布が漏れないように注意してほしい。
稲穂にトゲシラホシカメムシ
予防散布が効果的な理由とは
近年の温暖化により、病害虫の発生時期や増殖速度が早まり、期せずして防除適期を逃してしまうリスクが増えている。例えば、病害の場合、感染したかどうかは、病徴(病斑)が見つかった時に確認されるわけだが、病害には、感染してから発病するまで症状が出ない期間(潜伏期間)があるので、目の前の病斑以外にも、発病はしていないがすでに感染している稲株がある可能性が高い。つまり、病斑が見つかった時に見つかった部分だけ防除しても、実は、隠れた病害を取りこぼしてしまうこともあり得るということだ。それでは、潜伏していた病害が病斑として出現した時、再び農薬を散布しなければならず、散布回数が増えてしまう。農薬の使用回数は、ほ場に対してカウントされるので、こうした防除を行っていれば、多発時には、農薬の使用回数があっという間に回数上限に達してしまうだろう。
また、稲の表面を保護する、いわゆる保護剤を使えば新たな感染を防ぐことはできるが、既に潜伏している病害には効果がなく、取りこぼした病斑から胞子の飛散を許してしまう。このため、保護剤での防除は、効果の持続期間が切れる前に繰り返し散布する必要があり、また、新葉が出ればそれに対しても散布する必要がある。
これに対し、長期に効果が持続する農薬を根から吸わせて稲体中に必要濃度を維持できていれば、効果の持続期間中は安定して防除効果を発揮してくれる。結果として、トータルの防除回数が少なく、安定した効果が得られるわけである。
つまり、毎年発生する病害虫に対しては、長期に効果が持続する農薬をあらかじめ用法・用量を守って施用しておいた方がより効率的だといえる。もちろん、地域単位で全く発生しない病害虫を防除する必要はないが、発生の可能性がある場合は、できるだけ予防散布を中心に防除を組み立ててほしい。
安定した予防防除は育苗箱処理剤が最適
1回の散布で長期に効果が持続し、しかも安定した防除効果を得る防除体系を組むためには、長期持続型の有効成分を含む育苗箱処理剤最も適していると思う。なぜなら、病害虫にまださらされていない育苗段階から外敵への備えを済ますことができるので、重要な防除時期を逃すことがなく、安定した防除効果を発揮することができる。
この長期持続型育苗箱処理剤を処理してあれば、本田での病害虫の発生が低く抑えられているので、仮に病害虫が発生したとしても、本田防除を少ない回数で仕上げることができるというメリットもある。
本田散布もできるだけ予防的散布を
箱処理剤を使用しない場合、防除適期に本田散布の粒剤や豆つぶ剤、水和剤、フロアブル、粉剤などを使用することになるが、その場合でも、病害虫発生前の予防散布を必須としてほしい。
なお、どうしても病害虫の発生後に散布せざるを得ない場合は、出来るだけ発生初期の病害虫の発生密度が少ないうちに散布することが重要だ。病害の場合は、発生量が少ない方が治療効果も出やすくなるし、害虫も小さな幼虫の内に防除できれば効果も高く、被害も少なくて済む。
一見無駄に見える予防散布も、発生状況に応じた計画的な散布であれば、臨機防除よりも効率的になることを知っておいていただきたい。
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