農薬:農薬危害防止運動2017
「農作物・生産者・環境」の安全守る 農薬危害防止運動2017年5月31日
6月1日から8月31日まで
田植え花と呼ばれるタニウツギが咲き、水稲をはじめ野菜、果樹などの農作業が本格化してきた。これからの数ヶ月は農作物の品質や収量に大きな影響を及ぼす病害虫・雑草の発生にきめ細かく目配りし、状況に応じて農薬を使う機会が増える。農林水産省は厚生労働省や環境省、都道府県等と連携し、関係団体の協力のもと、6月1日から平成29年度農薬危害防止運動をスタートさせる。農薬の安全かつ適正な使用および保管管理の徹底、さらには環境に配慮した農薬使用等を推進するために、農薬を使用する機会の多い6月から8月末までの3ヶ月間にわたり毎年実施している。農薬使用者のほか、毒物劇物取扱者、農薬販売者等を対象に、農薬の適正販売、安全かつ適正な使用、農薬による危害の防止対策、事故発生時の応急処置、関係法令等に関する講習会などを開催し、農薬の取扱いに関する正しい知識の普及・啓発を図る。
◆農薬の適正使用で安全、安心
日本は高温多湿の気候で、病害虫・雑草が発生しやすい。気候温暖化にともない海外からの侵入病害虫のリスクも高まっている。
新たに問題化する病害虫も多く、近年ではスイカ果実汚斑細菌病、ウメ輪紋ウイルス(プラムポックスウイルス)、ジャガイモシロシストセンチュウ、クロバネキノコバエ、最近ではクビアカツヤカミキリなどをあげることができる。
ダイズでは帰化アサガオ類などの難防除雑草も発生している。
こうした病害虫・雑草の防除には、農薬をはじめ物理的防除、耕種防除など様々な対策が取られ、産地の生産維持に向けて懸命な努力が続けられている。
植物防疫は、種苗や肥料、栽培などの技術とともに、農業生産の重要な部分を占めており、その中でも農薬が果たしている役割は極めて大きい。
農薬は農薬取締法、毒物及び劇物取締法、食品衛生法等により、使用方法や残留基準等が定められており、適正に使用する限り、農作物の安全性は確保される仕組みとなっている。
しかし、農薬使用者や周辺環境などに対する被害事例のほか、農作物から基準を超えた農薬成分が検出される事例も発生しており、農薬のラベルに記載された内容をよくよく確認して適正に使用することは、プロの農家にとって欠くことのできない基本中の基本といえる。
農薬危害防止運動の目的は、農薬の不適切な取り扱いやそれにともなう事故等を未然に防止することだ。このために関係法令に基づき遵守すべき事項について周知徹底するとともに、農薬及びその取扱いに関する正しい知識を広く普及させることにより、農薬の適正販売、安全かつ適正な使用及び保管管理並びに使用現場における周辺への配慮などが徹底される。
その実施概要は、次の5項目に要約され、国や都道府県等を主体に関係団体や農薬企業の協力のもとに運動が展開されている。
1.農薬及びその取扱いに関する正しい知識の普及啓発
2.農薬による事故を防止するための指導
3.農薬の適正使用等についての指導
4.農薬の適正販売についての指導
5.有用生物や水質への影響低減のための関係者の連携
◆正しい知識を幅広く、ポスターや講習会を通じて啓発
図は農水省等による今年の啓発ポスターだ。農薬企業が運動に参画し、独自にポスターを製作して全国に配布するケースもある。農薬や農薬使用に関する正しい知識の啓発普及については、報道機関に対する記事掲載の依頼や広報誌、ポスター、インターネットなど多様な手段を用いて行われる。農薬使用者や毒劇物取扱者、農薬販売者などを対象にした講習会の開催に加え、万が一、事故が発生した場合に備え、医療機関には農薬による中毒時の症状、および応急処置などについてまとめた資料も配布される。
【図】平成29年度農薬危害防止運動の啓発ポスター
農薬使用時の不注意などによる事故を未然に防止するために行われるのは、農薬使用者、病害虫防除の責任者、防除業者などへの関係法令や過去の事故例とその防止策をまとめた「農薬による事故の主な原因等及びその防止のための注意事項」の周知徹底である。
人に対する事故の原因をみると、農薬用マスク、保護メガネなど防護装備の不備、防除器具の点検不備などがあげられる。通行人や近隣住民への配慮不足、強アルカリ性の農薬と酸性肥料の混用による有毒ガスの発生、農薬散布作業前日の飲酒や睡眠不足、病中病後など体調が万全でない状態で作業を行ったために起こった事故の例もある。農薬散布時には、マスクやメガネなどの防護装備を着用するとともに、現場混用の際は、「農薬混用事例集」等を参考にしたい。土壌くん蒸では、防護マスクのほか、施用後にビニール等で確実に被覆することもポイントになる。
住宅地周辺では、農薬を散布する日時や農薬の種類を事前に告知しておくことはもちろん、農薬が飛散して周辺住民や子供たちに健康被害をおよぼさないように、注意しなければならない。
その対策は、「住宅地等における農薬使用について」(農林水産省、環境省)に示されている。学校や病院、公園などの植物や街路樹などへの農薬散布でも同様の注意が必要であり、これについては「公園・街路樹等病害虫・雑草管理マニュアル」(環境省)が参考になる。
地域単位の一斉防除で有人ヘリコプターや、無人ヘリコプター・ドローンなどの無人航空機を用いた農薬散布を行うことも多い。無人航空機で農薬散布する場合、航空法に基づき国土交通大臣の許可承認を受ける必要がある。
とくに最近注目を集めているドローンは機体が軽く、下降気流が弱い。このため風の影響を受けやすく、風向きや風速に十分考慮することが求められる。
農林水産省と厚生労働省は連携して農薬事故や被害の実態調査を行っているが、原因別にみると、平成23年度から27年度まで5年間の取りまとめで最も件数が多いのは保管管理不良や泥酔等による誤飲誤食となっている。
農薬やその希釈液、残渣は、ペットボトル、ガラス瓶などの飲食品の空容器等に移し替えたりせず、施錠された農薬保管庫に保管するなど、管理を徹底しなければならない。
◆使用基準の遵守で危害防止
農薬による危害を防止し農作物の安全を確保するために、農薬使用者には守らなければならない基準が定められている。適用作物や使用量、希釈倍率、使用時期及び使用回数等の農薬使用基準、適用病害虫の範囲、使用方法、使用上の注意等の遵守である。
農薬危害防止運動の実施事項には、「農業生産工程管理(GAP)の共通基盤に関するガイドライン」を参考にした取り組みについても盛り込まれている。
安全な農産物の生産のために、生産地が取り組んでいる生産工程管理の点検項目の中の農薬適正使用について、改めて注意喚起と積極的な指導が求められている。
実際の農薬散布作業では、農薬の飛散防止も重要だ。防除しようと思った作物以外の作物に農薬が飛散した場合、その作物に農薬登録がなければ、非登録農薬の使用となってしまうからだ。
散布前には防除器具やタンク、ホースに残っている可能性のある前回使った農薬をきれいに洗浄することも欠かせない作業となる。
また河川から農薬登録保留基準案を上回る濃度の農薬成分が検出される事例がある。水稲除草剤の使用で、十分な止水期間をとらずに水田内の水を流してしまったことが要因のひとつと推察されている。
注意事項に記載された止水期間を遵守し、水漏れの原因となる畦畔の管理もしっかり行う必要がある。
農薬を販売するには、都道府県知事への届出が、毒劇物に分類される農薬の販売には、都道府県知事等への登録が義務付けられている。 農薬登録番号等の表示がなく、農薬の効果効能をうたったり、病害虫の防除効果がある資材は、無登録農薬の疑いがあり、農薬取締法に違反する可能性があるため、こうした資材を販売しないように指導が徹底されている。
農薬使用では環境への配慮も大きくクローズアップされてきている。その一例が蜜蜂への影響である。
蜜蜂の被害は水稲のカメムシ防除時期に多く発生し、巣箱周辺の死虫からはカメムシ防除に使用可能な農薬成分が検出されているが、周辺に水稲が栽培されていない地域でも被害事例が報告されている。
農薬使用者と養蜂家との間で農薬散布の情報を共有して巣箱の設置場所を工夫し、場合によっては巣箱を退避させるなどの対応に加え、粒剤など飛散しにくい剤型を選ぶなどの対策が求められる。
農薬の使用は農地だけに限らない。ゴルフ場の農薬散布では、「ゴルフ場で使用される農薬による水質汚濁の防止及び水産動植物被害の防止に係る指導指針の制定について」(環境省)を参考に、排出水に含まれる残留農薬の実態を把握しつつ、十分に留意することが必要となる。
◆都道府県、関係団体の運動も活発に展開
日本は南北に細長く地域ごとに特色ある農業生産が営まれている。農薬危害防止運動の実施時期も、地域ごとに異なる農薬の使用実態に合わせて行うこととされている。運動の強化月間を5月から8月末の4ヶ月間、あるいは5月から6月末までと10月から11月末の4ヶ月間に設定する県があるなど、多彩な活動が展開されている。
関係団体による独自の活動も行われている。JA全農、JAグループは昭和46年から農薬危害を防止する、安全防除運動に取り組んでいる。農薬の適正使用と安全な農作物の提供のために、その柱として「農作物、生産者、環境」の三つの安全を位置づけている。
農薬の適正使用の推進に向け、防除日誌の記帳や防除暦の検証などとともに、農薬の残留分析も実施して、実際に農薬を使用して栽培された農作物の安全性を立証してきている。
農薬企業の団体である農薬工業会(JCPA)はこの時期、同会の会員と関係団体を対象に、農薬危害防止に関する講演会を開催している。
今年は6月13日、都内文京区の会場で、「JCPA『農薬適正使用運動』50年目を迎えて」と題して行う。農林水産省や環境省の担当者の講演をはじめ、小型無人航空機による防除の動きやクロルピクリンの危害防止活動、保護めがねの正しい使い方、農薬散布ノズルの技術動向などについて講演が行われ、知見を深める。
また農薬卸商の団体である全国農薬協同組合(全農薬)は、技術販売を中心とする「農薬安全使用活動の見える化」に取り組んでいる。全農薬では病害虫・雑草防除や農薬の適正使用に精通した農薬安全コンサルタントを養成し、その認定者数は延べ3400名を越えているが、さらにそのレベルアップを目的に独自の研修と試験を行い、農薬安全コンサルタントリーダーを誕生させている。平成28年10月で4回の研修を終え、約70名のリーダーが全国で活躍している。
◆安全な農作物を生産し消費者の信頼へ
農薬は高品質で安全な農作物の生産に欠かせない資材であり、農業の生産性向上に大きな役割を果たしている。
農薬を使用しない場合の影響については一般社団法人日本植物防疫協会と公益財団法人日本植物調節剤研究協会が試験、解析を行っており、その概要は農薬工業会のホームページに掲載されている(表)。
【表】農薬を使用しないで栽培した場合の病害虫などによる収量と出荷金額の減少率(%)
それによると、例えばコメの出荷金額は20%~40%減少、リンゴの収穫は壊滅状態、春~秋獲りのキャベツは70%の収量減、病害虫の被害が少ない冬獲りでさえ約30%の収量減という結果になっている。
一方、化学合成農薬の連用や多用等により、近年、耐性菌や薬剤抵抗性害虫の発生が問題となっているのも事実である。
かつては、作用機作の違う新しい農薬が次々と開発され、抵抗性問題を乗り越えてきたという側面もあったが、新農薬の開発は年々難しくなっている。新規化合物1剤が数多くのリード化合物の中から見いだされ開発・商品化にまでこぎ着ける確率は約10万分の1、開発期間は順調に進んで約10年、投資額は約100億円ともいわれている。
農薬の使用基準に定められた総使用回数の遵守はもちろんだが、同系統の農薬の連用や多用をさけ、薬剤抵抗性が起こりにくいように上手に農薬を使わなければならない。その意味では、化学合成農薬を含め、天敵や微生物農薬、物理的防除手段などを組み合わせたIPM(総合的病害虫・雑草管理)への取り組みも、今後の持続的安定的な農業生産に欠かせない要素となってきている。
農薬をよく知り、上手に、適正に使用することは農作物の安全、安心を確保するための基本であり、ひいては消費者の信頼を得ることにほかならない。
なお、農薬の使用に当たっては、必ず農薬ラベルの表示内容を確認するとともに、独立行政法人農林水産消費安全技術センター(FAMIC)のホームページから閲覧できる農薬登録情報提供システム(http://www.acis.famic.go.jp/index_kensaku.htm)で最新の情報を確認していただきたい。
(写真)最適な時期に水稲本田防除、SSによるブドウ棚の防除、ハウス内での薬剤散布
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