【インタビュー】秋田県立大学 金田吉弘名誉教授 土づくりは総合管理技術2022年9月28日
肥料価格が高騰し土壌分析などによる適正な施肥と土づくりがより大事になっている。化学肥料の削減への取り組みは農水省の「みどり戦略」の政策支援を受ける要件にもなっているが、そもそも土づくりとは何かを改めて考えてみたい。「土づくりは土壌養分に限定された取り組みではない」と強調する秋田県県立大学の金田吉弘名誉教授に聞いた。
秋田県立大学 金田吉弘名誉教授
「見て触る」が大事
――改めて土づくりをどう考えるべきでしょうか。
肥料価格が高騰して、来年は米づくりをどうしようか、潮時かもしれない、という高齢農家の声が秋田の地元紙に載っていました。
厳しい状況ですが、だからこそ土づくりが大事になっています。農家に伝えているのは、土づくりを中止しても地力は急には低下しないが、一度失った地力は簡単には回復できないということです。
これまで以上に農家自らが考える時代になっていかなければならないと思います。今までは農協から言われたものをそのまま使っていたところもありましたが、自分の頭で考えるという時代になっているのではないでしょうか。
そのためにはやはり農協の職員もスキルを高めてサポートしていくことが重要になっています。農協も土壌診断に力を入れており分析機器を導入しているところも増えています。そこでは農家がほ場の土を乾かして持ってきて、ふるいにかけて機械に入れれば分析データが出てきます。しかし、それを農家にただ渡すのではなく、そこで一緒に考えるということが大事です。
さらにいえば目で見て触る土壌診断が大切です。それが欠けていて、土壌診断というと化学分析のことだと思っていないでしょうか。
土づくりは土の化学性だけではなく、実際に農家と一緒に現場に入って根っこがどうなっているのか、作土の深さや硬さはどうなっているかといった物理性も診断すべきです。
私は、ワンスコップ下を見ようと呼びかけています。スコップで掘ってみて、その下の状態を調べる。なぜそれを提案しているかといえば、土壌に養分があるだけではだめで、それを吸い上げる根がしっかりしていなければなりません。
今、ほ場は大区画化して大型機械で代かきしますが、その後を見ると泥のようになっていることがあります。農家の人は均一に代かきができたと言いますが、土壌の酸素不足を招くことになります。やはり根が健全に育つ環境をどう作るかという意識で代かきすることが大事です。
根が弱れば養分の吸い上げが減り品質が低下し収量も減少していきます。しかし、それは土壌診断で肥料を減らしたからだ、ということになってしまう。そうではなく今まで以上に根を健全にすることによって限られた肥料を吸い上げるような土壌にしなければなりません。
肥料を効率的に吸い上げることができるような「根圏環境」をもう一度、農家と営農指導員が確認し合うことが求められると思います。まさに総合的に対応しないと乗り切れないでしょうし、これは今後、肥料価格がどうなろうと絶対に必要なことです。まさに自分たちの足下を固めるチャンスだと考えるべきだと思います。
観察と判断力磨き
――具体的な取り組みにはどんなものがありますか。
私は農家や農協職員と一緒になって銀メッキシートを土に入れて土の状態を「見える化」する取り組みをしています。土に酸素がなくなり硫化水素が発生すると銀メッキシートはそれと反応して黒くなるという性質があります。黒くなればなるほど土に酸素がないということが分かります。
さらに根を調べてみると酸素のないほ場では根張りも色も全然違うということが確認できます。これを農家と農協の職員で確認していく。その後、収穫して収量性や品質なども比べていきます。地味ですが、このように土を知ると同時にそこに植えた作物の生育がどう違うのか、作物を知るということが大事です。営農指導員がリーダーシップをとってそういう世界が実現できればいいと思います。
日本では昭和24(1949)年から43(1968)年まで20年間、米作日本一事業として米の収量を競った時代がありました。記録を調べてみると、審査員は地方で3000人、中央で150人がいました。作物、土壌肥料、病害虫などの研究者や技術者が参加しており、多収農家の土壌を調べてどんな違いがあるのか日本全体で情報が共有されていました。日本一になった農家の声も残されています。
今後を考えると「共有」というのはひとつのキーワードだと思います。農水省も土づくりコンソーシアムをつくっていますが、それを活用するなどです。同時に先ほど紹介した銀メッキシートのような「見える情報」の活用です。
私は土づくりに必要な現場力を高めるために三つのことを提案しています。
一つは作物や根を観察し「見て判断する力」です。二つめは土壌の硬さなど「触って判断する力」。三つめは気象情報から気象が作物に及ぼす影響を「予測する力」です。
これはたとえば収穫後に農家と一緒に田んぼに入り、その土の状態から、たとえば春先の表面排水の徹底が必要だということを判断するといったことです。畑であれば土の団粒構造ができているかどうかを手で確かめるなどです。
今、データベース化は非常に進んでいて、その活用も大事ですが、大事なことはデータだけに頼らずに農家自身の判断も必要だということです。それをサポートするためには農協職員もやはり現場に行き課題の背景を知ることが大事になります。現場の地形や気象の変化などを肌で感じることです。それから科学的根拠に基づいて農家にしっかり説明し相互理解を得る。また、一方的なアドバイスだけではなく土壌診断後の観察、農家の感想を聞き取ることも大事です。土づくりは土壌養分に限定されたものではなく、総合管理技術だと考えてほしい。
"有機"は国全体で
――みどり戦略についてはどう対応すべきでしょうか。
国が数値目標を掲げたことは進歩だと思います。大事なことはどう現場で対応するか、そのプロセスです。いきなり有機農業に転換するわけにはいきませんから、その前段として肥料や農薬の使用を抑えるというプロセスをたどりながら、実践していかなければ2050年目標の実現は厳しいと思います。
その際、現在も各県で土壌診断基準が示されており、これ以上の肥料は必要がないという数値を出していますが、それを理解して営農指導などが行われているかといえば、そうではないような気がします。その基準はそれとしてこの肥料を使いましょう、と推奨するような姿勢もあるのではないでしょうか。ですから農協も土壌分析の結果に基づいてリン酸、カリは多いので、もう単肥だけにしようというぐらい踏み込む姿勢が必要ではないかと思います。
もちろん、繰り返しますが、農家自らが考えて納得するということが大切です。みどり戦略を達成していくためには、今日強調したように、今まで以上に土に対する理解を深めていく必要があるということです。
また、地域も大事です。学校給食への提供など地域全体で戦略をどう考えていくかです。農家も経営がありますから、手間のかかる栽培はそれなりの価格で買ってほしいということなります。そこを地域が支え、ある一定の価格で購入して、それをうまく教育のなかに取り入れて学校給食に使っていくなどです。
そういう意味ではみどり戦略について農水省も農業関係だけではなくて国民全体へのPRが必要です。農業関係者のなかでもまだ理解が不足しているし、何のために数値目標が出てきたのか、それを達成するとどういう社会になるのか、ということも含めて国民全体に提言してほしいと思います。そうなれば農家の人たちもやる気が出ると思います。
――ありがとうございました。
(かねた・よしひろ)1979年~2001年秋田県農業試験場、2002年~2020年 秋田県立大学生物資源科学部生物環境科学科土壌環境学研究室、教授、学部長を務める。2020年秋田県立大学名誉教授
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