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「霞堤」の価値 減災機能の受益者・負担者により変わらないことを示唆2024年6月17日

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兵庫県立大学大学院地域資源マネジメント研究科博士後期課程2年(日本学術振興会特別研究員DC1)の渡辺黎也と、いであ株式会社の幸福智主査研究員、滋賀県立大学の瀧健太郎教授、東京大学大学院農学生命科学研究科の吉田丈人教授(総合地球環境学研究所客員教授)の研究グループは、伝統的な治水工法で、最近進められている流域治水の取組みでも注目されている「霞堤(かすみてい)」の維持に対して、支払っても良いと思える金額(支払意思額)が、霞堤のもつ減災機能の受益者・負担者によって変わらないことを示唆した。

図1:福井県北川流域の霞堤.洪水時には開口部から背後の水田に水がゆるやかに溢れる図1:福井県北川流域の霞堤.洪水時には開口部から背後の水田に水がゆるやかに溢れる

霞堤は、想定を超える大雨などにより、川や水路の水の量が増えた時に、堤防の切れ目から水を逃がし、被害を少なくするための仕組み(図1)。その起源は500年前の戦国時代に遡り、武田信玄が考案したと言われ、最近では、全国各地の河川で進められている流域治水の取組みでも注目されている。

河川水位の低減(水を川の外に逃がすことで、川の水位を低くする)や破堤防止(堤防が壊れないようにする)、貯留(周辺の水路や水田に氾濫水を貯めておく)、氾濫流・内水の排除(溜まった水を川に流しだし、溢れた水を川に戻す)などの減災機能があり、その後背地はコウノトリなどの湿地性生物の生息場として機能する。一方、河川水が氾濫した後、霞堤後背地の水田にはゴミが堆積するため、農作物被害や撤去費用に負担がかかる。地域によっては霞堤による減災機能の受益者(主に下流の居住者)と負担者(主に中流の居住者)という構図が生じる可能性がある(図2)。

図2:霞堤の受益・負担構造の仮説。下流の住民(受益者)に比べ、中流の住民(負担者)は霞堤の維持に対してネガティブか図2:霞堤の受益・負担構造の仮説。下流の住民(受益者)に比べ、
中流の住民(負担者)は霞堤の維持に対してネガティブか

霞堤を維持・活用するには、負担者を支援する仕組みが必要だが、受益者と負担者のギャップを定量的に評価したうえで、具体的な経済措置を検討した研究はなかった。

同研究では、霞堤の維持に対して支払っても良いと思える金額(支払意思額)が居住地の河川区間(下流:受益者、中流:負担者、上流:どちらでもない)によって異なるかどうかを評価することを目的に、1500人にアンケート調査を実施。「霞堤の維持に対する支払意思額は、負担者である中流の居住者の方が受益者である下流の居住者よりも低い値をとる」という仮説を検証した。

支払意思額の算出にあたり、比較対象のシナリオ(シナリオ0:霞堤を連続堤防に改修する)に対して、3種類のシナリオ(シナリオ1:霞堤をより大きい強固な連続堤防に改修する、シナリオ2:霞堤を維持する、シナリオ3:霞堤を維持し、後背地の水田で生態系保全型農業を推進する)のいずれかを提示し、両者のメリット・デメリットを解説したうえで、各シナリオに対する年間の課税額を提示し、支払う意思があるかどうかを尋ねた。また、国内の環境政策を調査し、霞堤の維持に有効と思われる経済措置を検討した。

その結果、仮説に反して、霞堤の維持に対する支払意思額は居住地の河川区間による影響を受けていなかった。この結果は、受益者・負担者にかかわらず、霞堤の維持に課税し、幅広い主体が費用負担することに対して一定の支持が得られることを示唆している。

一方で、生態系保全への関心度が高い回答者ほど、支払意思額が高い傾向がみられた。また、シナリオ3で最も支払意思額が高かったことから、同調査対象者については、霞堤の維持および環境法保全型農業の取組を支援する意欲が高いことが示された。

したがって、霞堤の維持・活用に対する支持を得るには、減災機能だけでなく、生態系保全への貢献を普及啓発することが重要であると考えられる。ただし、霞堤の受益者・負担者の関係は立地条件によって異なるため、各地域の実情に合わせた慎重な議論が必要となる。

環境省は、2023年から「民間の取組等によって生物多様性の保全が図られている区域」を「自然共生サイト」として認定。これにインセンティブを付与するための検討を行っている。霞堤および後背地の水田は、しばしば湿地性絶滅危惧種が確認され、遊水地としての機能があることから、自然共生サイトの基準を満たすと考えられる。

環境省が示した資料に沿えば、基礎自治体が霞堤および後背地の水田を自然共生サイトに申請し、さらに地域再生計画において言及・KPIを設定することで、企業版ふるさと納税の獲得が可能となり、これを活用した損害保険の適用が可能になると考えられる。このためには霞堤を有する基礎自治体が自らの意思のもと、上位計画となるまち・ひと・しごと創生総合戦略や地域再生計画等を改訂する必要がある。

同研究成果は5月10日、災害科学に関する国際誌『International Journal of Disaster Risk Reduction』で公開された。

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