栽培技術:時の人話題の組織
【時の人 話題の組織】嶋村茂治・(株)みらい代表取締役 植物工場を新たな農業分野として確立2014年8月18日
聞き手:加藤一郎・(株)ジュリス・キャタリスト代表(前JA全農代表理事専務)
・極寒の南極昭和基地隊員に新鮮野菜を
・日本の農業技術がモンゴル文化に影響
・JA東西しらかわの思いを実現する
・薬草や機能性野菜の可能性を追求
・播種から収穫までオールLED使用
・農中6次化ファンドで「補助金ゼロ」へ
・消費者のニーズを一つひとつ実現
「植物工場」ということがいわれて久しい。だが、実際に事業として成功している事例はそれほど多くはない。そうしたなかで、大規模な植物工場をつくることと、自らが栽培を行うノウハウを蓄積して実績を上げてきているのが(株)みらいだといえる。千葉大学園芸学部に学び農業への強い思いをもってこの事業を展開している同社の嶋村茂治代表取締役に、植物工場の農業における役割などについて語ってもらった。聞き手は、NPO法人植物工場研究会の理事でもある加藤一郎(株)ジュリス・キャタリスト代表(前全農代表理事専務)にお願いした。
◆極寒の南極昭和基地隊員に新鮮野菜を
加藤 最初に、御社の植物工場の特徴を簡単にご説明ください。
嶋村 大規模化ができる装置の販売と野菜生産の両方を行っているのが最大の特徴です。弊社では、「装置を売っているのではなく、畑を作るお手伝いをしている」のであり、本当のコアは「栽培」だと考えていますし、農業ですから、栽培を無視した植物工場は意味がない思っています。
加藤 御社は南極の昭和基地に、みらい式装置を導入されていますが、どのような経過があったのですか。
嶋村 弊社を設立した2004年に、昭和基地の設営シンポジウムというのが開かれ、南極にどういうものを持ち込むかが検討されました。簡易型トイレや風力発電などいろいろありましたが、そのなかの一つに植物工場がありました。
このとき千葉大学の丸尾教授が「隊員が出すCO2を野菜に吸わせ、成長した野菜を隊員が食べるというカーボンリサイクルができるので植物工場は非常にいいですよ」とご提案され、それはいいということで、国立極地研究所で検討され、採用されました。
加藤 どういう点が評価されたのですか。
嶋村 以前にもあったそうですが、思うように収穫できなかったので、装置だけがあってもだめで、遠隔で野菜栽培をコントロールできることが条件でした。いまは、レタスやハーブが順調に収穫されています。
加藤 「遠隔コントロール」とは実際には…
嶋村 南極は磁気嵐などでオンラインは難しいので、データをパッケージ化して衛星回線で1時間に1回、日本に送ってきます。そのデータをみて、「こういう風にしてください」と指示するわけです。昭和基地の植物工場担当者は、「農協さん」と呼ばれているそうです(笑)。
(写真)
嶋村茂治・(株)みらい代表取締役
◆日本の農業技術がモンゴル文化に影響
加藤 モンゴルに世界で初めて大規模植物工場を輸出されました。なぜモンゴルに輸出することになったのですか。
嶋村 2012年に、ある銀行の商談会に参加しモンゴルに行きました。モンゴルは肉食というイメージが強かったのですが、現地では毎食、野菜サラダが出てきてちょっと驚きました。モンゴルの平均寿命は冬の間お酒を飲むし、肉食なので男性で65歳、女性で71歳と短いんです。だから健康を増進するために野菜を食べたいという話でした。
夏場は国内でも野菜が作れますが、10月になると氷点下になって半年は野菜が作れない。その間は中国から輸入していますが、中国でさえ冬場は南の方で生産していますから、モンゴルに来るのは質が悪く、どういう栽培をされているのか分からなくて困っているとレストランチェーンのオーナーから聞きました。
そのオーナーから、日本の野菜には興味があるが、輸入は価格の問題もあり考えられないといわれ、南極でも使われている植物工場の話をしました。そのオーナーが千葉大学に見学に来て、ぜひ欲しいという話になりました。
加藤 何を作っているのですか?
嶋村 完全密閉型でレタスと一部ハーブですね。
加藤 評価はどうですか。
嶋村 冬場に野菜をつくることにとても憧れを持っていて、冬場にモンゴル産の野菜ができたことをものすごく喜んでくれ、消費者から「感謝します」とまでいわれました。
もっと嬉しかったのは、働いている若い女性たちが、収穫する時に「刈るのがかわいそうだけど、仕事だからごめんなさい」といっているという話を聞いた時です。そして、私たちは歩留まりを考えて苗を少し多めに作り、使わないものは捨てますが、彼女たちはそれを集めて自宅でベビーリーフを作って食べています。
これは食文化もそうですが、日本の農業技術がモンゴルの文化に影響を与えていることであり、良かったなと思いました。
加藤 また福島県のJA東西しらかわに、植物工場「やさいの家」の栽培装置を納入しましたが、JAとしては日本で初めての本格的な導入事例だと思います。この導入には農水省、県行政、千葉大学、NPO植物工場などとの産官学連携の典型的な事例だと思います。
JAグループとの連携についてどう考えていますか。
(写真)
加藤一郎・(株)ジュリス・キャタリスト代表(前JA全農代表理事専務)
◆JA東西しらかわの思いを実現する
嶋村 JA東西しらかわとの調印式は、農業の長い歴史の中で、後に語り継がれる歴史的なできごとだと私自身は感じましたし、農業として植物工場を広めていくという覚悟が決まった日でした。
加藤 その意味は…。
嶋村 装置産業会社が装置としての植物工場を売るのとは異なり、健康で安全な植物を国民のみなさんにお届けするという農業の一つとして、植物工場が認められたとの思いです。私たちも農業としてこれは成功させなくてはいけないと考えました。そして一企業だけでは難しいので産官学連携になったとも思います。
加藤 鈴木昭雄組合長が大変に力を入れて取組まれていましたね。
嶋村 鈴木組合長は原発事故による「風評被害への戦いだ」とはっきりおっしゃっています。そして「農協が風評被害に対して手を拱いているわけにはいかない。植物工場で生産することで、正面から突破する」ともいっていただきました。
それを聞いて私は、露地栽培できるところは露地で、施設栽培する方が良いものは施設で生産する方がいいと思います。しかし、植物工場は別の生産体系であり、別の価値の創造です。いまこそ植物工場が農業の一つの姿として役に立つ時だと強く思いました。
加藤 NPO法人植物工場研究会の古在豊樹理事長(前千葉大学長)が「これは絶対に成功させる」と強調されていました。
◆薬草や機能性野菜の可能性を追求
嶋村 「バトンが来た」という思いでお聞きしました。鈴木組合長の思いやチャレンジ精神も重ねて、何がなんでも成功させなければいけないミッションだと強く思いました。
加藤 現在、日本最大規模の大型植物工場を自社工場として、千葉県柏の葉と宮城県多賀城に立ち上げられましたが、それぞれの工場の特徴、役割についてはどう考えていますか。
嶋村 多賀城はもともと経済産業省のモデル事業として、ITと農業の融合をめざして、LEDを使って本格的に栽培できるかどうかを検証する小形の植物工場をいくつか手がけてきています。そこでいい結果が出ましたので、本格的な大型植物工場にしたときにどうなるかを検証したいと千葉大学と一緒に経産省に提案しました。
ここの最大の特徴は播種から収穫まですべてLEDを使った仕組みで、日量1万株収穫できる世界最大規模の植物工場です。
そして宮城復興パークという復興施設の一部でもあり、震災復興の一助となると同時に、将来的には野菜の輸出をめざした産業の創出が目的になっています。
◆播種から収穫までオールLED使用
加藤 柏の葉の方は…。
嶋村 これは三井不動産(株)と共同で柏の葉スマートシティ(千葉県柏市)に、国内最大級の植物工場「柏の葉 第2グリーンルーム」を稼働させました。
いままで「植物工場は補助金がないと成立しない」といわれていましたが、三井不動産とは「補助金ゼロ円」で、と取り組んでいます。これが成功すると「産業として、補助金なしでも植物工場が成立する」ことが証明できるという、非常に重要なプロジェクトです。
このプロジェクトは、三井不動産が工場事業主となり(三井ホームが施工)、弊社が工場を運営し野菜を生産、生産された野菜は(株)みらいトレーディングがパッキングし出荷する仕組みになっています。みらいトレーディングは、農林中金の6次化ファンドの第1号案件となり、三井不動産と弊社が25%ずつ出資し、残りの50%が農林中金のファンドです。
加藤 いままでにない新しい動きですね。
嶋村 農林中金としては、植物工場が新しい農業の形態としてあるならば、新しいファンド商品として出すことで、通常の農業と棲み分けしながら伸びて行けるのではないかと私は理解しています。
民間企業である三井不動産と系統金融機関である農林中金が、一つの事業として、栽培者である私たちを起点に成功すれば、新しいマーケットの創造になるし、新しい農業の強い姿を示すことになり、他の6次化案件の弾みにもなるのではないかと思っています。
(写真)
国内最大級の「柏の葉 第2グリーンルーム」。レタス、グリーンリーフなど15種類以上の野菜を1日1万株生産・出荷が可能。
◆農中6次化ファンドで「補助金ゼロ」へ
加藤 あるインタビューで「2004年から14年の10年間に90%の植物工場が消滅した」と話されていました。これから植物工場が事業として残るためには、技術開発やコストダウンなど、どのような要件が必要だと考えますか。
嶋村 私は「これからが本番、勝負」だと考えています。一番重要なことは、販路の確保と、どうやって栽培するか、この二つのバランスです。このバランスが取れていなければうまくいきません。
いままでで一番欠けているのは、商品をどうやって消費者に伝え、どう届けるのかという工夫が足りなかったからだと思います。
これからは、通常の農業は当然ですがなくてはならないものですし、旬の野菜は誰でも食べたいものです。そうであっても日常的に簡便に手に入って、安定した品質で安全なものは、新しいジャンルとして必要ではないかと思います。
旬や地元の野菜とは違うけれど、これを買えば「いつも同じ味で、同じ量で、値段も一緒」というスタンダードなものを植物工場で作りたいと思います。「安かろう悪かろう」ではいけないので、美味しさとか安全性など消費者が求めるニーズを一つひとつ実現していくことで、アピールしていきたいと考えています。そのことで、いままでとは異なるジャンルの農業として確立し、それぞれの農業分野が伸びていくことが私の理想です。
加藤 コスト高ということもあるのでは…。
嶋村 本当に普及しようと考えたらコストダウンが必要です。そのときに一番重要なのは「農業技術」だと思います。
加藤 具体的には…。
嶋村 コストの積み上げではなく、「いくらで売るから、いくらの範囲で作るのか」を工夫していますし、知恵も生まれています。そうした技術やノウハウを蓄積することで、コストは合理的に下がってくると思いますし、それが生き残る道だと考えています。
◆消費者のニーズを一つひとつ実現
加藤 低カリウム野菜など機能性野菜の研究開発や薬草への将来展望についてはどのように考えますか。
嶋村 薬草とくに生薬は絶対やりたいと思っています。いまはほとんどが中国からの輸入なので、医学の重要な一分野である漢方薬の底辺を支える意味でも、国産生薬の生産が必要だと思うからです。機能性野菜については私たちも研究をしていますし、JAからの問い合わせもきていますので、社会的にも責任がとれるような技術開発を重ねてからご提供したいと考えています。
加藤 貴重なお話をありがとうございました。
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