栽培技術:時の人話題の組織
【時の人 話題の組織】初田 和雄・タキイ種苗(株)代表取締役専務 ひと粒のタネが農業を元気に2016年2月10日
水稲も野菜も果物も、「一粒のタネ」がなければ始まらない。栽培方法はもちろんだが、タネの善し悪しも農産物の品質に大きな影響を与えることは間違いない。江戸末期から今日まで、日本の野菜や花などのタネを供給し続けることで日本農業を支えてきたタキイ種苗(株)専務の初田和雄氏に、種苗の世界とタキイ種苗の仕事について聞いた。
◆常に挑戦する精神で
創業は天保6年(1835年)、あの坂本龍馬が生まれた年だ。優良な在来種を採種して初代の瀧井治三郎氏が希望に応じて分譲を開始したのが始まりだという。仏教各派の総本山などが多くあり、全国から優れた野菜などが集まってくるという、京都という土地柄もあり、この頃には京都近郊で促成栽培が普及し始めていたことがその背景にはあるようだ。それから今年で181年、常に種苗業界のトップ企業として、日本だけではなく世界の種苗業界を牽引してきている。そこには、常に新しいことへ果敢に挑戦していこうという前向きな精神がある。
日本全国に郵便網が敷かれるのは明治5年(1872年)だが、その郵便を活用した種苗の通信販売を明治38年(1905年)に始めている。そのために日本初の種苗カタログを発行する。国土が広い米国や欧州では通販がすでに行われており、それを参考に始められたのではないかと初田和雄専務は推測する。
種苗だけではなく園芸生産に必要なさまざまな器具などまで掲載したカタログは、記録によれば昭和10年代には120万部に達していた。
◆世界の種苗業界を変えた技術
だが、タキイ種苗の名を高めてきたのは、高い育種技術にある。
昭和10年、民間では初めての研究農場・長岡実験農場を京都郊外に設置。ここに各県や国の研究機関で学んだ優秀な人材を招へいして、本格的に品種改良に取り組んでいくことになる。
国などの研究機関と民間企業であるタキイの一番大きな違いは、「国などの機関は新しい品種を創ることが目標だが、私たちは、できた品種を日本中に広めていかなければ仕事にならない」ことだと初田専務はいう。当たり前のことだが、民間企業だから研究開発と販売普及が一体とならなければ成り立たないということだ。
そして実験農場が大きな成果をあげ、タキイ種苗を飛躍させたのが、戦後間もない昭和23年に発表された長岡交配「福寿一号」「福寿二号」と名付けられた初めてのF1トマト、24年の初めてのF1キュウリの長岡交配「長型節成」「半白節成」そして25年の自家不和合性利用によるF1品種の長岡交配「一号甘藍」(キャベツ)と「一号白菜」だといえる。こうした一連の開発によって、タキイの種子に関心が集まり、「京都駅前の本社には行列ができ、生産が追いつかない状況になった」。
タキイ種苗が世界的に評価されているのは、理論的には以前から分かっていた技術を商業的に成功させ、F1の時代を拓いたこともあるが、開発技術を企業秘密にしないで、英文にして学会などで公開したことにある。このことで欧米の技術者もタキイの理論をベースに品種改良に取り組めるようになり、世界の種苗業界は「一代交配種時代」に入ったのだ。
◆30年40年も支持される品種が
昭和25年に発表されたキャベツの「一号甘藍」は、「座布団」といわれる大玉で、「日本を席巻した後、東南アジア、インドやバングラデシュで栽培されていたが、いまは中近東で栽培されている」。「栽培される場所は変わってきていますが、66年経ったいまも生きながらえ、種子重量で年間1tも海外で売れています」と初田専務は嬉しそうに語る。
実は初田専務にも同じような経験がある。
初田専務は鳥取大学農学部を卒業して昭和45年(1970年)にタキイ種苗に入社し、育種担当として研究農場でアブラナ科野菜でドイツなどで食べられている「コールラビ」(和名カブカンラン)の品種改良に取り組み、2つの系統からそれぞれF1の親をつくり、そのF1どうしを掛け合わせる「ダブルクロス」という技術で世界で初めてF1の3品種開発する。当時の自家不和合性から最近の雄性不稔に変わるまでの「40年近く売れて」いた。
一度、開発されると30年とか40年と息長く根強い人気を保っている品種を持っているのもタキイの強みだといえる。その中には、日本初のF1ニンジン「向陽五寸」(昭和40年)、青首ダイコンブームに火をつけた長岡交配「耐病総太り」(昭和49年)や、全国を文字通り席巻しているタキイ交配「桃太郎」トマト(昭和60年)など数え上げたらここでは紹介しきれないほどの日本初や世界初がある。
これらをベースにしながら、カット野菜など業務・加工用ニーズの高まりや、消費者の健康志向に応えるなど「用途の多様化に応える努力をしている」が、それは「一つひとつの品種の売れる量は減ることであり、コストが高くなり厳しいものがありますが、立ち止まれないので、走り続けるしかないですね」と初田専務。だが「うちには、長く愛されている品種があるので、それが緩衝剤のような役割を果たしてくれてありがたいです」とも。
歴史的に積み上げてきた資産と新しい時代の要請に応えた品種改良。その二つが車の両輪のようにうまくかみ合っているのが、いまのタキイ種苗の姿なのだろう。
◆機能性など新しい分野の開発も
新しい分野では、創業175周年の平成22年に機能性成分を豊富に含んだ健康野菜シリーズ「ファイトリッチ」を発売開始し、現在は15品種に拡大し、新たな人気シリーズとして期待されている。
初田専務は、農場での経験を経て海外で仕事をしてこられ、アメリカンタキイ生産部長からタキイヨーロッパ社長などを経験している。そうした国際的な広い視野から、種苗や農業をみると、トマトかいよう病予防のためにヨーロッパではGSPPという基準が設けられ、その認証を受けないとオランダでは一切受け付けない。こうした基準はこれから広がることが予測されるし、農産物そのものもグローバルGAP認証を受けないと受け入れられなくなるのではないかとも予測する。「それは農家の方には大変でしょうが、日本の農産物の価値を上げることになりますし、海外に輸出できるようにもなる」とも。
◆総合的に考え指導する集団目指す
タキイ種苗の基本理念は「小さな一粒のタネが日本の農業を、日本の食を変えていきます。タキイ種苗が180周年に目指す姿は、"日本の食と農業を元気にする"ことです」だが、タキイ種苗のこれからについても聞いてみた。
「種子だけではなく、総合的に考え、指導できる技術集団でないといけないと思っています」。そして、「生産者はもちろん農協や小売り・流通業者のみんなが儲かり、もちろん消費者にも健康で美味しいと評価されるようなバリューチェーンを構築し、差別化をめざしていきたい」「日本の市場は、高齢者がますます増えて、新しい商機があると思います」と、あくまでも前向きな姿勢を崩さず語ってくれた。
また、JAとの関係については、「JAさんにも頼りにされるノウハウをもった会社にしていかなければならないと思います。タキイの価値を高め、信頼感を高めていけば、もっといい仕事ができるようになると思います」と結んだ。
(はつだ かずお)
昭和22年(1947)滋賀県大津市生れ。昭和45年鳥取大学農学部卒業、タキイ種苗(株)入社。49年米国加州支店(現・アメリカンタキイ)、54年生産部海外生産担当、58年アメリカンタキイ生産部長、平成6年タキイヨーロッパ総支配人、9年取締役生産部長、13年取締役海外営業部長、16年常務取締役、26年代表取締役専務に就任、現在に至る。現在、日本種苗協会副会長。
【タキイ種苗180年のあゆみ】
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