栽培技術:AIと農業
「眼」を持ち進化するAIの世界【梶谷 通稔 氏】2017年6月9日
情報の見える化で農業が変わる
近ごろ、コンピュータとインターネット(ネット)の飛躍的な発展を背景に、「AIやIoTで農業が変わる」「自動走行トラクターやロボットで農業労働が省力化」とかとよくいわれる。こうした次世代農業を「スマート農業」という言い方をする。これは、3年とか5年先というごく近い時期に、農業が大きく変わっていくことを意味している。そこで、この世界に精通している梶谷通稔氏に、改めて「AIとは何か」、それがこれからの農業にどのような影響を与えるのかを聞いた。100年に一度あるかどうかの激変時代が始まろうとしているとされるこの期をとらえ、本紙では今後もIoTやさまざまなロボットを利用した農業の最新情報を分かりやすく解説していく予定だ。
◆自己体験し学習するAI
まず読者への質問です。
「人工知能」と訳される「AI(artificial intelligence)」とは何でしょうか?
ネット上のフリー百科事典として多くの人たちに利用されている「ウィキペディア」では、「人工的にコンピュータ上などで人間と同様の知能を実現させようという試み、或いはそのための一連の基礎技術を指す」と書かれている。
新聞やテレビなどのマスコミで使われるときにもこのような意味合いで使われていることが多いようだが、梶谷氏はこれでは今日のAIの真の姿を伝えていないという。
これまでは「人間がプログラムしていた」ものだったが、現在のAIは、人間の脳の仕組みの研究から生まれた「ディープラーニング(深層学習)」によって、コンピュータが「眼を持ち、モノを認識できる」ようになった。だから見たものが「何か」を判断できるようになり、その能力は人間を上回っている。しかも、人間の脳は劣化(忘れる)するが、デジタル化されたコンピュータは劣化しない。
◆「大学教授」よりも「低学年教師」
さらに、運動の習熟が進んできていることと、「言語の意味を理解」することができるようになっていると梶谷氏はいう。
こうしたAIを持ったロボットに「熟れたトマトを収穫せよ」と指示すれば、現場の数多くのトマトの中から「熟れたトマト」を探し出し、トマトを傷つけずに正確に「切る方向」を見定め、枝から収穫することができる。
コンピュータやロボットにとって、人間が直感的に難しいと思っている「複雑な数学、論理的思考、科学といった分野」の問題は、比較的容易に処理できるものの、逆に赤ん坊でもできる易しい「顔やモノの認識、声の識別、積み木など細かい手先作業、空間の認識と移動」などの知覚・運動はできなかったが、これらをディープラーニング手法で自ら体験学習できるようになった。
だから学術研究という分野を除けば、AIにおける世界では、教室で難しい数学や論理を教える大学教授よりも、基礎を教えたり人間の触れ合いを大事にする低学年の先生のほうが重宝されることになる。
そうしたAIの代表として梶谷氏があげたのが、囲碁の世界最強者である中国の柯潔(か・けつ)九段に三番勝負で全勝した「アルファ碁」だ。アルファ碁は、ルール(プログラミング)入力はいっさいせず、過去の「15万局分の各局面(棋譜)を画像で読み込ませ(教師あり学習)、3000万局分をアルファ碁同士で対局させて教師なしで強化学習」させた。3000万局は人間が毎日10局打ち続けても8200年かかるが、コンピュータなら1局2秒として2年足らずで打つことができ、学習結果を蓄積できる。
アルファ碁の生みの親、デミス・ハサビス氏(英国ディープマインドCEO)は6月4日付日本経済新聞のインタビューに応えて、「AIの歴史は誤ったはしごに登っては下りるの繰り返しだった。『正しいはしご』にたどりついたのは、大きい」。さらに多くの企業が「AIを使っていると吹聴するが、9割はその意味を理解せず、マーケティング用語として使っている。まさにAIバブルだ」と最近のAIの使われ方を批判。その上で「脳の働きは非常に複雑だがコンピュータで再現できないものはない」と語っている。
◆大爆発し多様化する自動化世界
人間が五感を通じて得る情報の8割は「眼」からだという。生物の進化をみると、いまから5億4000万年前のカンブリア紀以前には、化石でみる限り生物は数十種程度しか誕生していなかったが、カンブリア紀になると生物の種が大爆発して1万種類以上誕生している。
それはなぜか? 「生物が眼を持つことで、生存戦略が多様化した」からだ。「眼の誕生」が生命を急速に進化させ全てを変えたといえる(図)。
これと同様に「ディープラーニングでコンピュータが眼を持ち、モノを認識できるようになり、IoTの普及とともに、機械・ロボットの自動化世界は圧倒的に多様化する。産業界の大爆発が起こり、カンブリア紀の生命多様化大爆発に匹敵する新しい時代が始まる」と梶谷氏は熱く語る。
◆ビッグデータが身近に
それでは「IoT」とは何のことだろうか?
IoTはInternet of Thingsの略で、ウィキペディアでは「様々な『モノ』がインターネットに接続され(単に繋がるだけではなく、モノがインターネットのように繋がる)、情報交換することにより相互に制御する仕組みである。それによる社会の実現も指す」とあり、「モノのインターネット」という言い方をすることもある。
パソコンやスマホ、センサーからのデータがネットワークを介してクラウドに保存され、分析・解析をしてその結果がフィードバックされることで、利用者にメリット還元される。これによって、離れたところにある「モノ」の状態をモニターしたり、その「モノ」をコントロールすることができる。さらに分析され還元されたデータを使い、次の行動への判断をすることができる。
具体例を詳述する余裕はないが、保守・機材管理、交通・車両・運搬管理、医療・健康管理、ペットなど動物、植物や果樹園管理など、多くの分野で実際に有効に活用されている。
これまではユーザー(個人や会社など)が自分で保有・管理していたデータをネット上に置き「ユーザーはネットの向こう側からサービスを受け、サービス料金を払う形になる」新しいあり方を「クラウド(雲)・コンピューティング」という。
このクラウド上に、従来のIT技術では処理しにくかった「100TB(テラバイト、1兆バイト)以上の大規模データ」、音声や動画などを転送・再生する「ハイパフォーマンスなストリームデータ」や「年率で60%以上の増加量があるデータ」など複雑なデータ集合である「ビッグデータ」が置かれ、私たちも利用することができるようになった。農業関係者にお馴染みの「気象データ」もそうだ。
IoTとAIを組み合わせることで「新たなビジネスチャンスが生まれてくる」。例えば、ある作物の栽培情報と気象や環境、さらにマーケットに関するビッグデータを組み合わせて「複合的に見る」ことで、従来では見えなかった(分からなかった)世界が開けてくる可能性があると梶谷氏。
◆ ◇
AI、IoTやビッグデータ、ロボットなどを活用した新しい農業のあり方を実現するために必要なことは、「あらゆる情報の見える化」だと梶谷氏はいう。そして情報の見える化とは「情報のデータ化」だとも。
紙面も尽きたので今回はこれまでだが、次回からは「情報のデータ化」や「スマート農業」などこれからの農業の姿を探っていく。
【略歴】
かじたに・みちとし
元IBMのエグゼクティブ、(株)ニュービジネスコンサルタント代表取締役社長。東北芸術工科大学客員教授。NHKクローズアップ現代などテレビ出演多数。著書に「企業進化論」「続・企業進化論」(日刊工業新聞)、「成功者の地頭力」(日経BP社)など多数。
AIなどを理解したいという要望があれば、「講演料は無視で、世のため人のため全国どこでも足代(できれば居酒屋付)の実費だけで行きます」
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