栽培技術:新しい食品市場創出に
新しい食品市場の創出に NPO植物工場研究会・古在豊樹理事長に聞く2013年8月9日
・10人の経営で8000万円の売り上げ
・土を使わない農業に抵抗も?
・まったく異なる商品開発が可能
・露地栽培とは競合しない
土地の制約から解放された野菜生産―。これが植物工場である。産業界だけでなく、農業界でも関心が高まっている。この技術の最先端である人工光を使った閉鎖型の植物工場の現状と将来性について、NPO植物工場研究会・古在豊樹理事長に聞いた。同氏は、技術的に大きな可能性があり、従来の農業と異なった新しいマーケットの創出を展望する。
「機能性」に大きな将来性
◆10人の経営で8000万円の売り上げ
―いま、なぜ植物工場が話題になるのでしょうか。
古在 世界各地で異常気象が頻繁に発生しています。気象変動に敏感なのは野菜で、収量によって価格が乱高下します。特にいまは業務用野菜の需要が大きくなっており、品質・価格が一定でないとコスト計算できず、小売りや加工業者が困っている。一方、農家は所得を増やすためには規模拡大が必要ですが、土地の制約があり、すべての農家ができるわけでありません。
ここで(千葉大学環境健康フィールド科学センター内)都市近郊の狭い土地でもできるモデル経営をやっています。雇用を入れ、夫婦とパートタイマー10人ほどの経営で7000万?8000万円の売上になります。
このように一定の収入を安定して確保し、気象に影響されない農業ができるのが植物工場です。
すでに植物工場の技術は使われています。人工光を使う稲のハウス育苗もそうです。育苗作業は季節性があり、空いた時期に野菜を作っています。その先駆けがキューピーの開発した「TSファーム」でしょう。サラダなどの葉物が中心ですが、そこでは農家の奥さんが野菜を作り、夫が水田で米をつくるという経営が生まれています。
それと、産業側の関心の高まりがあります。LED(発光ダイオード)が安くなったこともあり、農業や食品関係以外の異業種も興味を示しています。最初は日本の企業でしたが、韓国、中国、台湾の企業が関心を示し、最近はアメリカ、シンガポール、タイ、香港、さらに中近東からの問い合わせがあります。ヨーロッパは園芸先進国のオランダが自然光一本だったのですが、2年ほど前から風向きが変わりました。野菜の育苗が人工光を取り入れるようになりつつあります。苗は環境に影響されやすいので、人工光の利用は急速に普及するでしょう。
このように内的、外的ニーズから植物工場が普及してきたのです。今日の環境問題、あるいは経済、社会状況からみて、自然の成り行きだと思います。
(写真)
古在豊樹・NPO植物工場研究会理事長
◆土を使わない農業に抵抗も?
―それでも、土を使わない植物工場には抵抗感のある人がいるようですが。
古在 50年ほど前に登場した野菜の施設栽培もそうです。当時、施設園芸は土地のない人がやるものだと言われました。しかしビニール被覆やハウスができて、今日のように広がりました。施設園芸と違い、いま植物工場には農水省と経産省が強い関心を示しています。輸出産業として、あるいは地域産業や中山間地の振興策として考えているようです。
―将来、食料は工場で生産するようになるのでしょうか。植物工場はどこまで可能性がありますか。
古在 食品には機能性食品とカロリー性食品があります。米や麦、畜産などがカロリー性食品で、植物工場は機能性成分の価値が高い食品であるトマト、イチゴなど野菜や、単価の高い花きなどの生産が中心となっています。従って、植物工場が農業の主流になることはありません。ただ、野菜工場の栽培技術は露地栽培にも使われており、波及効果が期待できます
◆まったく異なる商品開発が可能
また、植物工場は、従来と全く異なった商品の開発につながる可能性があります。例えばカブ。葉っぱはおいしくないので捨てていますが、間引きするときのようなミニカブを作ると、全部食べることができます。同じ野菜でも、まったく別の商品だと考えるべきでしょう。
―技術的には、どこまで可能でしょうか。
古在 光の波長などを変えることで野菜の機能性成分を調整することができます。特定のビタミンや、抗酸化物質の含量を高めることなどです。例えばポリフェノール含量の高い作物を作ったり、また腎臓病の患者用のカリウム含量を抑えたトマトを作ることもできます。病院食や離乳食の分野で新しい市場が生まれる可能性があります。
特保(特定保健用食品=トクホ)の分野でも期待されています。従来の栽培法では天候による影響から、成分が一定しないという問題がありますが、人工光栽培はこれが解決できます。きのこや薬用植物、バジル(ハーブ類)なども植物工場での栽培が期待できる品目です。
またキャベツなどは最初に外葉を収穫し、これをギョウザ用に刻むと、全部商品にすることができます。洗浄などの作業からも解放され、新しいビジネスモデルが期待できます。さらに温度を調整することで寒締め野菜をつくることもできます。それを年1回でなく、植物工場では数百回できるのです。いままで気象に頼ってきたことと同じ機能を持たすことができることから食品産業などが興味を持っています。
(写真)
人工光による展示用のミニ栽培施設(千葉県柏市の千葉大学環境健康フィールド科学センター内)
◆露地栽培とは競合しない
―いいこと尽くめですが問題点はありませんか。
古在 これまでの露地栽培の延長のような感覚で取り組んではうまくいかないでしょう。そろばんとコンピューターの違いのようなものです。そうでないと露地栽培との競争になってしまいます。植物工場でつくる野菜は、従来の野菜とは異なる商品で、新しいマーケットをつくるのです。従来の栽培法による国産と市場を争うものであってはなりません。
―地域ブランドが無くなるではないでしょうか。また栄養価を問題にする声がありますが。
古在 いまは、野菜なども地域ブランドというより、誰の技術かが重要です。コストを減らし、特徴のある食品をどう作るかがポイントです。栄養価についても、いま、技術はどんどん進化しており、ほぼ露地と同じ水準のものができるようになりました。露地の場合、さまざまな要素が入って分かりにくいが、植物工場は、光や水、肥料、さらには空気の流れ(風)などによる因果関係が分かります。さらに年に何度も収穫できるため、改良の進歩が速くなります。植物工場はまだまだ研究と改良の余地があります。
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