生産資材:現場から考える農政改革
鉄コ直播で米生産費2割削減 JA全農、普及拡大へ本腰2014年2月13日
【鉄コ直播の現状】
・低価格米ニーズ増える
・拡大する直播栽培
・無人ヘリ、PKセーブ活用でさらに抑える
・水田の1割を直播に
【事例報告】
・「初年度は無償サービス」JA全農とちぎ
・「10a1万円ですむ」JA加賀
・「移植と同じ収量を確保」吉良吉田営農組合
米政策の抜本的見直しが議論されるなど農業改革がすすめられるなか、流通の現場でも低価格な米が求められるなど生産コストの削減は喫緊の課題となっている。JA全農では、米の生産コスト削減・省力化を実現する栽培技術として鉄コーティング水稲直播栽培(鉄コ直播)に注目し、かねてより研究を重ねてきた。1月31日にはそれらの成果を踏まえ、全国の県本部・JAの米担当者・営農指導員など約150人と各メーカー、関係団体などを加え、計約300人を集めて初の推進大会を開催。これから本格的な普及拡大に取り組んでいく考えだ。全農のこれまでの研究成果とともに、これからの普及目標や課題を解説する。
(写真)
鉄粉と焼石膏を付着させ、錆びさせた鉄コーティング種子
◆低価格米ニーズ増える
政府が昨夏とりまとめた「日本再興戦略」では、具体的な米の生産コスト低減目標を「現状全国平均比4割削減」とした。
こうした数値目標に対して全農は、「果たして現場にマッチしたものなのか。冷静に分析する必要がある」(神出元一専務)としながらも、しかし一方で米流通・消費の現場では「外食・中食など業務用の低価格米が不足している」との実感もある。
例えば、米の消費動向でいえば、30年前の昭和60年には家計消費58%、外食・中食消費17%と大きく開きがあったものの、平成23年には同47%、41%と肉薄し、「早晩、逆転する」のが確実だ。これら外食・中食の実需者が求める価格帯は玄米60kgあたり1万1500円前後だというが、25年産米の卸業者への平均販売価格は同1万4500円であり、その差額は実に3000円もある。この結果、一部の実需者には安価な外国産米を積極的に利用しようという動きも出てきている。
全農に求められているのは、こうした流通・消費の環境変化に対し「生産者手取りを維持しながら、実需者ニーズにも合致するような米生産体系へと転換する」ことだ。そして、それを実現するための一つの方策が、鉄コ直播だといえるだろう。
(写真)
神出専務
◆拡大する直播栽培
水稲の直播栽培は、かねてより低コスト・省力化を実現する新たな栽培方法として注目され、年々栽培面積をのばしてきている。
しかし、従来の移植栽培とはまったく異なるため、発芽率や苗立ち率の低さ、鳥害・病害が出やすい、などといった栽培技術や防除体系が確立されていないことによる減収や被害があり、また、新たな農機を要するといった課題もあった。
そこで全農が着目したのが、農研機構が平成15年に開発した鉄コ直播だ。
これは、種子に鉄粉と焼石膏、水を付着させ鉄を錆びさせることでコーティングする技術。鉄の重さで適度に水田に沈むため湛水直播の弱点だった浮き苗を解消し、鳥による食害も防げる。また、種子の長期保存が可能なので、大量生産して流通させたり、農閑期に作業することで新たな複合経営にも取り組める、といったメリットもある。
全農は19年から農研機構と連携して研究に着手し、20年からは3県で実証試験をスタート。25年には試験ほ場設置県が22県にまで拡大した。
この間、全国的にも鉄コ直播は拡がり、毎年前年比150?200%で増えている。25年産米は、全国の水稲作付面積約160万haの1.7%にあたる2万7700haが直播栽培となり、そのうち約3分の1となる1万haが鉄コだと推定される。
全農は取り組みを始めて以来、鉄コ直播の「研究会」を行ってきたが、今年これを一段階ステップアップさせ初の「推進大会」としたのは、こうした長年の研究・試験の結果、この技術がある一定の普及レベルにまで達する手応えをつかみ、具体的なコスト低減の目途が立ったことが大きな要因だ。
(写真)
無人ヘリの活用でさらにコストダウンが可能だ
◆無人ヘリ、PKセーブ活用でさらに抑える
全農独自の試算によると、慣行移植栽培による平成23年の全国平均米生産費は10aあたり13万9721円(60kgあたり約1万6000円)だ。この内訳は物財費が約6割、労働費が3割弱で、そのほか地代や利子などが1割ほどとなる(表参照)。
労働費をより詳しく見ると、管理作業が労働費全体の25%を占める以外には、刈取脱穀、耕起整地、育苗、田植の作業費がそれぞれ13?14%と高い。
これを、鉄コ直播用種子を動力噴霧器地などで散播する方式に切り替えると、種苗代3389円がコーティング処理費用を含めた種子代5389円へと2000円増、除草剤費7409円が農薬登録などにより選択できる薬剤が変わるため1万1582円へと4173円増と物財費はやや増えるものの、労働費の多くを占める育苗、田植が減り、さらにこれらにかかる光熱費、農機具費なども削減されるため、トータルでは10aあたり約1万7000円ほど削減し約12万2000円に、60kgあたり1万4000円程度にまで抑えられる計算だ。
さらに、播種を無人ヘリによる空中散播にし、施肥を全農が独自開発した低PK成分銘柄「PKセーブ」に切り替えると、無人ヘリの作業委託料を含めても10aあたり約3万円減り11万円以下に、60kgあたりでは1万2480円にと、トータルで生産費を2割削減する営農体系も可能だと試算している。
これに加えて全農では、
▽無代かきでレーザーレベラーを使い苗立ち率向上
▽全農独自で各メーカーや県と連携して直播専用肥料を開発
▽育苗箱施用剤に匹敵するような新たな防除技術、
など、より安定的に収量を確保するための研究開発を引き続き行っていくほか、既存事業である農機のレンタル事業、緩効性肥料等の成分溶出をシミュレーションできる支援システム「施肥名人」など、鉄コ直播の導入を支援する取り組みは多々ある。
◆水田の1割を直播に
全農では、水田のフル活用、水田作での農家経営の安定、大規模経営体の複合経営への支援、などを目的に、これから鉄コ直播の普及拡大に本格的に取り組んでいく考えだ。
より着実な普及をめざすため、JAグループの各段階別で役割を明確化する。例えば、全国本部では営農販売企画部、肥料農薬部、生産資材部、営農・技術センターなど関係各部による本部チームを設置し全国の実態調査や技術課題の解決を行い、全国6ブロック別では普及面積の把握や講習会を実施、県域では普及会の設置、JAでは管内栽培農家の組織化と普及計画の策定、などを行う。 展示ほ場は10?30a規模のものを各県10カ所ほどと、2?3haほどの大規模実証展示ほ場を各県域で戦略的に設置することにしている。
また、鉄コ直播は主食用米だけでなく飼料用米、加工用米など、低価格帯米のニーズが高い分野全体がターゲットだ。とくに飼料用米は、畜産生産部とも連携して作付を増やしていく考えで、10aあたり収量1tを実現する専用品種の育成も視野に入れている。
現在、鉄コ直播の作付が進んでいるのは宮城、福井、富山など一部地域に限定されているが、「可能な限り全国で、面的、組織的にもスピード感をもって取り組みたい」(山崎周二常務)と普及拡大に意欲的だ。将来的な普及目標は未定だが、直播栽培全体の作付は「国内水田面積の1割ほど」(営農販売企画部)を当面の目標として、すでに湛水直播が導入されている地域を中心に、計画的に鉄コ直播への誘導をすすめていく考えだ。
(写真)
上:山崎常務
下:1月31日の推進大会より。パネルディスカッションのようす
【事例紹介】
「初年度は無償サービス」
JA全農とちぎTAC・営農支援課(栃木県)
栃木県内の直播栽培面積は25年産で約200ha。このうちJA全農とちぎTAC・営農支援課は約30人54haの作付を支援した。生産者とともにコーティングや播種を行い、苗立ちなどの定期巡回を行ったほか、取り組み初年度の生産者には種子加工・播種作業を無償で行うなどのサービスを提供し、作付拡大や播種機の購買につなげている。鉄コ直播成功のポイントを
[1]水管理しやすいほ場を選ぶ
[2]均平な代かきと播種時の適切な落水
[3]鉄粉コーティング後に素早く放熱
[4]除草剤散布のタイミング
[5]強めの中干し
などをあげた。
(写真)
土屋憲一・TAC・営農支援課課長
「10a1万円ですむ」
JA加賀・鉄コーティングワーキンググループ(石川県)
以前からカルパーコーティング直播に取り組んでいたが相次ぐ鳥害や作業時間が限られるなどの課題があり、鉄コ直播の導入を検討。23年にJA全農いしかわから種子の大量製造機をレンタルし3地区50haで取り組みを開始した。
鉄コ直播に変え、こうした課題を解決できたほか、移植の場合には苗の購入費だけでも10aあたり8000円強かかるのに対し、鉄コ種子は播種機のオペレーター費用を含めても10aあたり1万円弱で播種まで終えることができるため「低コスト、省力化に大変役立っている」と高く評価している。
今後は早期に種もみを確保して、種子の大量受注にも備え、品質の良い鉄コ種子の販売も視野にいれている。
(写真)
グループ代表の梅田敏彦さん
「移植と同じ収量を確保」
吉良吉田営農組合(愛知県)
9人の組合員で230haを経営しており、このうち米は100haある。元々、麦・大豆の防除用に無人ヘリを使っていたこともあり、ヘリと乗用播種機を併用して、鉄コ直播を24年に4haで導入した。
もともと本田での病害虫発生が少なく防除にかける時間・費用が少ないという恵まれた生産環境ではあったが、それでも鉄コ直播は移植に比べて育苗などにかかる作業時間を大きく短縮できた上、倒伏に強い品種を選定したことで収量も移植と同等以上を確保できたことから25年は8haへと拡大した。
代表の判治剛さんは「育苗資材のコスト削減も実現できた。今後はヘリを利用して作付面積を拡大したい」と意欲的だ。
(写真)
営農組合代表の判治さん
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