◆畜産関係者が自ら企画し開催
日本で初めてのBSE(牛海綿状脳症)患畜が報告されてから7カ月が経った。この間、さまざまな対策がとられてきた。しかし、最近はやや回復してきているが、牛肉の消費は大きく落ち込んいるように消費者の「不安」は払拭されず、生産者の経営は危機に瀕したままだ。消費者の不安は、いまだに日本におけるBSEの感染原因とその経路が解明されていないこと、これまで確認された3頭で終わりなのかどうかという実態が明らかになっていない、今後の食の安全性についての具体的方向が示されていないなどのために、さらに長期化するのではないかと危惧されている。
そうしたなか、牛肉や畜産物の健全な消費回復を目指すには何をしなければならないかを議論するのがこのシンポジウムの目的だ。
ゲスト・スピーカーとして招かれたのは、BSEの侵入を許してしまったEUから、EUレンダリング協会の役員で、リスク分析を専門とするドイツ人科学者 ラドルフ・オバチュール(Radulf Oberthur)氏と、BSEの侵入を防いでいる米国からハーバード大学リスク分析センター・リスクコミュニケーション部長で科学ジャーナリストでもあるデビッド・ロピック(David Ropeik)氏の両氏だ。
◆いま分かっている事実を消費者に伝えること
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ラドルフ・オバチュール氏
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オバチュール氏は、牛を家畜として以来、そのミルクを人間が食料として利用するために、子牛を母牛から早い時期に引き離す必要があった。子牛を成長させるためには、本来、母牛から得られるはずの動物性たん白質などを含んだ代用乳を与える必要があったこと。また、消費者の需要やニーズに応える牛乳を1頭の牛から年間に1万リットルも搾乳するためには、植物性飼料以外の飼料が必要であることなど、肉骨粉など動物性飼料が使われてきた背景を説明。そしてBSE発症のメカニズムと英国からEUへの拡大の様子を解説した。
そして、ドイツでは1995〜96年に誕生した牛がBSEに感染しているが、BSE発生後の動物性たん白質を家畜の飼料として使用することの全面的禁止(犬・猫は除く)などの諸措置によって、その後に誕生した牛には「感染していないことが期待」できるとした。
消費者の牛肉消費は、BSE発生後は日本と同じように急減したが、その後は毎月10頭前後の発生が報告されているにもかかわらず回復し、今年2月にはBSE発生前(2000年10月)の水準に戻ったという。それは、政府の農業政策などの信頼度によると氏は分析する。1996年に透明性の高い食品の安全に関するシステムを確立しているデンマークでは、農業・食料政策への信頼度が高いので、BSEが発生しても牛肉の消費が落ちていないとも。
こうしたことを踏まえて、消費者の信頼を回復するためにもっとも重要なことは「いま分かっている事実、情報を提供すること。そして消費者に対してその健康を守るためにどのような責任ある努力をしているのか。どういう措置をとっているのか、それがどういう影響をもつかを伝えてコミュニケーションをとること」だと語った。そして「畜産産業はコミュニケーションがベストに行われている分野とは残念ながら言い難い。BSEは牛海綿状脳症の略語だが、もう1つのBSE=Blame Someone Else(誰か他の人を非難する)という誘惑にかられてしまって、本当のコミュニケーション、情報交換をしないという問題があります。生産者・飼料関係者・JA・食肉加工・レンダリングなど関係者が一体となって消費者とコミュニケーションをはかることが重要」だと結んだ。
◆関心が高い今こそメッセージ発信のチャンス
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デビッド・ロピック氏
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ロピック氏は、人がまずリスクを認識し反応するのは理性や理論ではなく、感情や情緒であることを認識しなければならないとして、その要素(認識因子)を解説した上で、リスクコミュニケーションをする場合には、そうした「感情」を大切にしなければならないこと。情報を発信するコミュニケーターは「人びとが信頼できる客観的な人」であるべきこと。そしてその情報の受け手が「無知であるという対応をすべきではない」し、「影響を受けるすべての人たちが、意思決定の一環を担える」ようにしなければならない。
さらに一般の人たちに理解してもらうためには、コミュニケーターは「ハンバーガーをもっと食べなさい」というのではなく「事実を提供し」「私の仕事はみなさんの理解を促進するよう手助けすることです」というべきだと語った。
BSEについては科学的にすべてが解明されているわけではない。その不確実性に人は恐怖心をもつのだから、その不確実性を減少するように努力することが重要であり、どんな飼料を与え、どう飼育され、どこでと畜され、どのように加工され流通したのかを明らかにする「トレーサビリティを強調することが重要」だと指摘した。EUで、リスク内容が明らかになることで、不安が鎮静化した事例に日本も学ぶべきだとも。
BSEに対する恐怖心が煽られ、多くの人が関心をもっている今こそ「メッセージを発信していくチャンスでも」あり、次の「牛が感染する前に手を打つことです」と結んだ。
◆「食料の安定供給」の視点が欠けた「報告書」
会場も参加したパネルディスカッションでは、さまざまな意見が出されたが、重要だと思われるものを紹介すると以下の通りだ。
1つは、伊藤紘一氏(ウィリアムマイナー農業研究所員)から、「BSE問題調査検討委員会」の報告書について、食の安全について強調したこと、行政の失政であったというのはその通りであり正しい指摘だとしたうえで、「日本の農業生産についての目配りが」欠けていることが指摘された。
それは「食の安全」はもちろん必要だが、日本の食料にとっては「食の安定供給」が同じように重要である。しかし、BSEに直撃され、日本の畜産における安定生産が危機に瀕し、将来展望が描けない状況に追い込まれているにもかかわらず、報告書にはその視点が欠けているということだ。
そして、「BSE問題は外国由来の病気に対して、政府が無防備で知識がなかった。国家におけるバイオセキュリティーという見識が欠落していた」とも指摘した。BSEが「伝染病ではなく伝達性だったことは幸いであり」「再び激甚な伝染病を侵入させないために、国家のバイオセキュリティーを科学にもとづいて構築する」ことが必要だとした。
◆BSE牛すべてを明らかにし対策を立てる
2つ目は、滞留している老廃牛の問題だ。
老廃牛を出荷してもしBSEに感染していると、自分の経営が壊滅するだけではなく地域の生産者全体に迷惑をかけ、社会的に「村八分」的な扱いを受けるという3頭の事例があるために、生産者は悩んでいることが群馬県で畜産加工会社と黒毛和牛の繁殖・肥育農場を経営する鳥山晃氏や北海道で酪農を経営する小久保謙氏から報告された。
これに対して「政府は厳しい検査を行うことでさらにBSE牛が出ることを、国民に知らせる必要がある」(ロピック氏)。「(BSE牛として)存在するものをすべてつかまないと清浄化できない。生協などでも、(3頭以上)出ないのがおかしいといっている。生産者と消費者が直接コミュニケーションした方がいいのではないか。政府にはリスク認識の甘さがある」(新山陽子京都大学教授)。
「老廃牛を引き受け、補償し、BSEが出たときに罰しない」施策が必要(小澤義博氏(OIE<国際獣疫事務局>特別顧問)という意見が出されたほか、岩手県の酪農家からは「滞留していることで経営を圧迫している。勇気をもって出荷すべきだ。しかし、受け入れる体制がないことも、出せない理由だ」という発言もあった。
東京の肉小売店団体である東京食肉事業協同組合の大野谷靖事務局長も「図のように、BSEが出てもすべて処分し食卓には上がらないのだから、老廃牛の問題を消費者にはっきり説明」すべきだと語った。
◆消費者から見えにくい現在の供給システム
新山教授は、消費者からは「供給システムが見えにくい。それは情報が不足しているからであり、供給側が情報を提供できる状況にないために全体的な不確実性に陥っている。供給側と消費側が一緒にリスクを考えることが重要」だと指摘した。
このほか、BSEに感染しておらず、人が食べることができる肉牛の肉骨粉など副産物を有効に活用する方法を構築しないと、大きな経済的な損失になるなど、畜産全般を網羅した意見も出された。
このシンポジウムで参加者が確認したことは、BSEによる生産者・消費者のリスクをリスクとしてキチンと認識し、コミュニケーションをはかることで、相互に理解を深めることが、日本の畜産生産基盤を守り、畜産物という食料を安全で安定して供給していく道だということだったと思う。
シンポジウムは、4月10日に札幌でも開かれるが、さらに7月には英国からゲスト・スピーカーを招き「第2弾」を予定している。