農業協同組合新聞 JACOM
   

検証・時の話題

韓国の農政と農民(下)
米の市場開放でヤマ場を迎える韓国
―「特例措置」今年度が期限―


北出俊昭 明治大学教授

改革促進が負債の増加に
北出俊昭 明治大学教授
きたで・としあき
昭和9年生まれ。京都大学農学部卒業。昭和32年全中入会、営農部長、広報部長を経て58年3月退職、同年石川県農業短期大学教授、61年より明治大学農学部教授。「農業協同組合新聞」論説委員。
 FTA以上に韓国農業にとって重要なのは、米の市場解放問題である。UR農業合意で韓国の米についても特例措置が認められたが、わが国とは異なり発展途上国扱いとされた。具体的には関税化を行わなくてもよい期間は6年ではなく10年であること、最小限度のアクセス機会がわが国の米に適用される水準(1年目4%、6年目8%)よりも低く、1年目1%、5年目2%、10年目4%に設定された 注)。この特例措置の期限が04年度なのである。
 韓国では専業農家の比率が高く、わが国に比して農家所得に占める農業所得のウエイトが高いことは前述した。しかも農業所得のなかで米は40%以上を占めており、近年高まる傾向すらみられる。その理由は、UR農業合意後の97年頃までは、韓国でも穀物から他作物への転換が進んだが、市場開放で野菜や畜産物の輸入が増大したため、国際競争力の弱い国内生産の困難が増大し、米生産への再転換がみられるからである。
  注)「解説 WTO協定」(外務省経済局国際機関第1課編)

◆生産調整も実施

 韓国でも消費の減少で米過剰が顕在化しており、政府も03〜05年には2万7000ヘクタール(陸稲)の生産調整を実施している。ちなみに、韓国の水田面積は115万ヘクタール(2000年)である。しかし、米の需給不均衡が拡大し米価は低落傾向を示している。このため、米の政府買入制限による所得補てん対策としての水田農業直接支払制度や価格低下による所得補てん直接支払制度をはじめ、在庫処理などを実施している。こうした状況にあるので、米のミニマム・アクセスの対応如何では、FTA以上に大きな問題となる可能性が強いのである。
 米独自の問題に加え、農業政策上の課題との関係もある。韓国では農業者所得と他産業従事者所得との均衡を重要課題としてきた。これはわが国の農業基本法でも強調された課題である。しかし、最近の動向をみると図に示したように、94年まではほぼ同じ水準であったが、95年以降は格差が拡大し、02年では農業者所得は他産業従事者所得の73%程度に低下している。それは市場開放の促進による農産物価格の低下と、UR農業合意後の農業改革促進による施設園芸などへの厖大な設備投資資金の返済金が原因といわれている。この返済が滞り、農家負債が増大し、改めて農政上の大きな問題ともなっている。
 いずれにしても以上のような状況で、来年度以降の米輸入の特例措置問題は韓国農政の最重要課題となっている。このため韓国政府は、中国、アメリカ、オーストラリア、タイ、ブラジル、インドなどとの二国間交渉を進めることで、既に各国に申し入れをしているという。現在の段階では、交渉はいつから開始されるのかは定かではないが、今年度は韓国農政にとっては注目すべき年となる。
都市・農村の所得比較


コメづくりへの意欲強い農民

 これまで述べた農業情勢を韓国の農民はどのように認識しているのか、これを米問題を中心に行った聞き取り調査をもとに考えてみたい。調査を行ったのは、ソウルと釜山のほぼ中間にある南原(ナウオン)市巳梅面(サメメン)の中山間地の一集落である。全農家戸数57戸の集落であるが、そのうちの15戸について調査した。
 調査農家はすべて米専業農家であったが、当然のことながら米が過剰基調にあること、生産調整を実施していることについてほとんどの農家が承知していた。問題はそれへの対応であるが、半数以上(8戸)の農家は「政府が所得減少を補償してくれれば賛成」と答えたが、対応が「わからない」と答えた農家も6戸あった。米の需給調整では所得対策が重要なのはわが国と同様である。

◆政府の役割重い韓国

 一方最近の米価については、全農家が「低下している」と答えた。現在韓国での米流通は「政府への販売」、「農協への販売」、「自由販売」の3つに大別できる。このうち「政府への販売」はわが国の政府米と同様、政府により決定された販売量が自治体を通じて個人ごとに示されている。また「農協への販売」は農協ごとに決めており、「自由販売」は農家が地域にある総合処理所(精米所)へモミで販売する米である。農家の販売価格は「政府への販売」が最も高く、「自由販売」は「農協への販売」とほぼ同じとなっている。
 02年で集落での実態をみると、総生産量6300俵(モミ、40キロ。以下同じ)のうち、販売量は「政府への販売」1500俵、「農協への販売」1000俵、「自由販売」1500俵であった。全国的には「政府への販売」15%、「農協への販売」40%、「自由販売」45%といわれているので(韓国農協中央会)、この集落では「政府への販売」が多くなっている。
 一方価格をみると、「政府への販売」の6万220ウオン(玄米60キロ当たりに換算すると1万422円)に対し、「農協への販売」、「自由販売」は5万6000ウオンであった。つまり韓国では、米の需給と価格対策における政府の役割は、いまなお極めて重要なのである。したがって農家の意見でも、政府の買入量を減らさないことと価格を引き下げないことが強く要望されていた。
 わが国の現状と比較し、興味深かったのは米価と生産費の関係である。この関係を聞くと大多数の農家(13戸)はほぼ同じと答え、2戸の農家が「米価はコストを下回っている」と答えた。しかし農家との話し合いでは、単収基準でいえば3分の1はコスト、3分の1は自家消費、3分の1はその他の生活費、というのがほぼ一致した意見であった。これから言えば、米価は生産費の3倍ということになる。

◆米価は生産費の1.5倍

 ただ、ここで農家がいう生産費は家族労働費を含まない支払費用のみと考えられる。実際、統計でみると韓国の米生産費は40キロ当たり4万ウオン程度なので、これと比較すると政府への販売価格で生産費の1.5倍となる。いずれにしても、現在の韓国では米価は生産費を上回っており、この集落程度の稲作規模(1.5ヘクタール程度)であれば、米生産だけでほぼ生活が可能なのである。
 なお、今後の米生産についてはすべての農家は「現状程度の米生産を続けたい」と答えていたが、政府の方針もあり有機栽培への関心もみられた。と同時に、農業経営主のうち、40才代は1人であとはすべて60才以上と、高齢化が進んでいる実態も明らかとなった。そのため米が過剰といっても米以外の作物生産が困難なことや、中山間地なので米に代わる適当な作物が見当たらないなど、わが国とまったく同じ問題が明らかとなった。


日韓に共通点。相互協力が重要に

 韓国とわが国の農業には多くの共通点がある。したがって、これまでのFTA交渉ではWTO交渉と異なり各国の事情に応じてセンシティブな問題を除外して合意されている例が多いので、わが国と韓国の交渉でもそうした対応が可能なのではないか。いずれにしても、今後は国際化対応も含め農業・農民問題では日韓両国の協力がいっそう重要になると思われる。

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(2004.4.7)


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