◆マーケティングとは何か
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すずき・みつお 昭和25年千葉県生まれ。昭和50年東京農業大学農業経済学科卒業。九州大学大学院農学研究科修士課程を経て昭和55年東京農業大学農学研究科博士課程終了。農学博士。昭和63年北海道東海大学助教授、平成5年同大学教授。平成14年東京農業大学教授現在に至る。主要著書『野菜の価格形成と産地展開』(単著:東京農業大学出版会)。『コメ自由化の影響予測』(共著:富民協会)他。 |
最近農業関連の雑誌等で「農業(農産物)におけるマーケティングの重要性」に関する記事を多く見る。それらの記事は農産物におけるマーケティングの必要性を「マーケティングの教科書を基本」に要領よくまとめているものが多い。しかし、現実に農産物を販売している生産者、あるいはJAの立場からみると、「書かれている内容は分かるのだけれど具体的にどうすればよいのか」、「どのように販売すればよいのか」と戸惑ってしまうのが正直な感想ではないのだろうか。そこで、「そもそも、マーケティングとは何か」を原点から整理してみよう。
コトラーによれば今日のマーケティングは「物を売るという古い概念―宣伝して販売する―ではなく、顧客のニーズを満たすという新しい概念でマーケティングを理解しなければならない」としている(傍点は筆者)。
問題は顧客ニーズとは具体的に何を指すかにある。もっともポピュラーな解釈は、顧客ニーズ=消費者ニーズととらえることである。顧客を消費者と仮定すれば、野菜流通においては、一部のファーマーズマーケットなどを除けば生産者(JAを含む)が直接消費者ニーズに接する機会はない。野菜流通の主流である市場流通を考えれば「直接消費者ニーズに接する機会はない」ことは明らかだろう。なぜなら、圃場で収穫された野菜は農家段階で個選(荒選)されJAの集荷場に出荷され、そこで各規格に選別(共選)され市場に出荷される。市場に出荷された野菜は仲卸を経由し量販店に流れ消費者に購入される。
◆顧客との接点をどうつくるか
ここで問題となるのは、生産者サイドは自分が出荷した野菜が最終的にどの量販店のどの店に並べられるのかの情報をほとんどもっていないことである。簡単にいえば自分の荷がどこの誰が買っているのか分からないのである。このように考えると「野菜のマーケティング」はもともと存在しないのである。顧客(消費者)ニーズを満たすというマーケティングの基本は野菜流通においては顧客との接点がない以上完全には成立しないのである。
「検証・時の話題」(「マーケットを選ぶ産地」への転換で売れる農産物を)
で筆者は現在の市場流通を中心とした野菜流通をマスマーケティングと位置づけ、このマーケティングは経済成長期においては有効だが現在の低成長期においては有効に機能せずこれからのマーケティングはマーケットセグメンテーションの時代だと指摘した。本稿では、マーケットセグメンテーションを実施しているJA夕張と独自のネットワークで熊本県の生産農家グループと連携している仲卸を事例として取り上げ「産地における売れるものづくり」について考えてみる。取り上げた事例の一つは「夕張メロン」というブランド商品を武器にギフト市場に飛び込んだJA主体の事例であり、もうひとつは、その対極にあるJAを通さず生産農家グループと連携している熊本県の仲卸F物産の事例である。
◆アウトソーシングによるマーケティング
JA夕張は販売事業約30億円の96.4%にあたる29億4000万円(平成14年)をメロンが占めている全国に有数のメロン産地である。JAに集荷されたメロンのうち55%が市場送りであり、残りの45%が直販である。直販のほとんどはギフト商品であり取り扱い金額も13億2000円と大きい。
ここで、ギフトメロン販売の実態について簡単に整理しておこう。マーケティングの立場からギフトをとらえれば顧客ニーズの把握が不可欠となる。夕張メロンの出荷時期は現在5月から8月中旬であるがもともとの出荷時期は7月から8月であった。しかし、この出荷時期では中元シーズンのピークにあたる6月中旬には間に合わなかったので、ハウス栽培を奨励し集荷時期を早めたのである。これは、まさに顧客ニーズを考慮したためである。また、今回筆者がJA夕張を訪れたときも「父の日ギフト」商談の真っ最中であった。
JA夕張はこの顧客ニーズをどのようにして掴んでいるのだろうか。答えはきわめて簡単である。首都圏の大手量販店と連携しているのである。これだけ聞けば何だということになるが、ここに地元北海道の仲卸が一枚かんでいるのである。つまり、量販店側から見れば商品開発のために全国にバイヤーを飛ばすにはコストがかかりすぎるので、地元の仲卸を使い、商品情報、荷のハンドリングなどを任せているのである。一方産地側から見れば、顧客ニーズを知るために職員を専門で置く余裕はない。言い換えるならば、顧客ニーズを把握するためのマーケティングを量販店と仲卸にアウトソーシングしているのである。
産地→仲卸→量販店のルートを明確に確立し、その上で指定した仲卸以外には夕張メロンを扱えない差別化戦略、また、共選の基準をパスしないメロンについては夕張メロンのシールははらないなどの「ブランド化戦略」を実施している。
◆JAは高品質生産を指導
その一方で営農指導に力をいれている。通常のJAでは営農指導は金にならないからそれほど力をいれず、技術等については国や県の普及所の力を借りる形が一般的であるが、JA夕張では自前の「夕張メロン担当普及員」を抱えている。現在指導員は3名おり絶えず農家の相談にのっている。新規職員の採用についても改良普及員の資格が採用条件としてあり、入会してから5年間はひたすら技術習得に努めるそうである。
このように夕張メロンは生産と販売を全く切り離し、生産者には高品質を維持するための技術を徹底指導し、販売については仲卸を中心とした買い手グループにマーケティングを一任している。この生産と販売の分離はそれぞれの特徴を上手く組み合わせており効果が高いと考えられる。
さらに特筆すべきものにクレーム処理がある。ニセ夕張メロンを買った消費者から苦情のクレームが来た時など、JAはその消費者に本物の夕張メロンをおわびの形で送っている。このメロンはJAが農家から買い上げクレームがきた消費者に送るのであるが、このクレーム処理費用に年間700万かかるとのことである。
ここにも消費者の視点にたったマーケティングの原点をみることが出来る。どんな理論よりもこの消費者に対するケアーの気持ちがあるからこそ夕張メロンは全国ブランドになったのである。
◆生産者への積極的な情報提示
JA夕張と両極にあるのが熊本県植木町の生産農家グループである。この農家グル−プは農協には出荷せず地元熊本の仲卸F物産に出荷している。
F物産の専務の話によると、昔は大根にしろスイカにしろ一個、一本のままで売っていた。しかし、現在では、一個、一本では売れないので、半分や4分の1に切って売っている。要するに消費が停滞していて、野菜は高く売るのが難しいということである。
この専務の話は統計的にも裏付けられている。すなわち、主要野菜品目別一人あたり年間購入量を家計調査からみると、昭和60年に比べて平成13年に購入量が伸びているのは、トマト、ピーマン、レタスなどのサラダ系の野菜だけであり、その他の品目の購入量は軒並み減少している。この背景には、核家族化の進行や食生活の変化があると考えられる。購入量の減少は需要関数の左下へのシフトを意味するから価格は上がらないのである(経済学の理論から言えばもっと慎重な表現が望ましい)。
◆個選で生産者の手取りを増やす
このような状況下にあるにもかかわらず、JAあるいは生産者は高く売ることばかり考えている。より重要なのは農家の手取り金額をいかに増やすかにある。この点に関して専務から面白い話をきいた。みかんの選荷についてF物産では2000万の選荷機を購入した。この機械を使って選荷すると農家のコスト負担はケースあたり200〜300円かかる。そこで、専務は「手取りを200から300円増やしたいのなら各自で個選したらどうか」と農家に相談した。その結果、農家は個選で対応し手取り金額を増やしたとのことであった。
また、今回はスイカ・メロン生産農家とF物産担当者を交え一晩じっくり話す機会を持つことができたが、そこで感じたことは、生産者はF物産に対して「もっと高い価格で買って欲しい」との要望をだすが、F物産担当者はおたくのスイカは「大阪の○○スーパーの店頭で××円で売っているのでこれ以上価格を上げるのは難しい」と具体的な数字を出し説明していた。その結果、最終的に生産者も納得していた。
今回取り上げた2つの事例はともに顧客ニーズをつかむために系統以外の組織と連携し情報を共有している点が共通している。また、連携している組織との間に強い信頼関係を築いている点も同じであった。一見してきわめて単純なことではあるが、この単純なことが系統組織においては難しいのである。その理由は過去に取引きのない業者と取引きはじめるリスクよりも、とりあえず市場に流しとけば生産者に言い訳が立つという逃げの体質にあることはいうまでもないであろう。 (2003.7.2)