●人類の生存権としての問題提起
昨年3月から開始されたWTO農業交渉では、原則として2000年12月までに各国が、交渉に臨む姿勢を明らかにした提案をWTOに提出することになっていた。日本政府は、昨年12月8日に「日本提案」を正式に決定、21日に提出した。
今回の「日本提案」が主張している交渉の目標は、「多様な農業の共存」だ。
21世紀になっても人間が生きていくには食料が必要であることには変わりがない。その食料を生み出す農業は、国によって規模や手法は異なるが、どの国にとっても食料生産だけなく社会や歴史の基盤となっている重要な分野である。
日本提案は、そうした多様な農業のあり方が共存できる世界をめざすべきだと訴えているのだが、それは日本農業を守るためだけではなく「人類の生存権にも通じるテーマ」を追求することでもある。
しかしながら、農産物貿易の自由化を促進する路線を決めた前回のウルグアイ・ラウンド(UR)合意の実施によって、日本をはじめ、多くの国の農業は厳しい状況に陥ることになった。
そこで「日本提案」では、今回の交渉は、「UR合意の実施状況について検証を行い、各国の食料・農業政策上の困難の解決に資するような交渉」であるべきだと主張した。
同時に人類の生存に不可欠な食料を安定して確保するため「農業の多面的機能、食料安全保障の追求を認識した交渉」を行うことも訴えている。この2点を交渉にあたっての「基本的重要事項」として強調宇している。
そのうえで、交渉で追求すべき課題として、
@農業の多面的機能への配慮、A食料安全保障の確保、B輸出国と輸入国に適用されるルールの不均衡の是正、C開発途上国への配慮、D消費者・市民社会への配慮の5点を挙げ、それをふまえて市場アクセス(国境措置)、国内支持など交渉の論点について提案するという構成になっている。
●関税水準−品目ごとの柔軟性確保を主張
UR合意によって、農産物輸入に対する歯止め、つまり国境措置はすべて関税に置き換えられた(例外なき関税化)。
これは言い換えれば、農産物貿易を行う場合、国による自然的、経済的条件の違いを調整する手段としては、関税が、唯一の、しかも正当な手段として認められたことになる。
こうした考えに立ち、日本提案では、関税水準と、輸入国に義務づけられた一定のアクセス数量(ミニマム・アクセス)については、品目ごとの生産・消費の実情や国際需給を踏まえて「柔軟性を確保して適切に設定されるべき」であると主張している。このなかで品目ごとの国際需給に言及したのは、小麦の貿易量が一億トンもあるのに対し、米では2500万トンしかないという違いがあるためだ。この点に着目し、品目に無関係にアクセス輸入数量を決めている現行のルール(消費量の5%を最低とする)は改定べきだとするものである。
また、UR合意によって関税化された品目(日本では米や乳製品)については「多面的機能」の発揮や「食料安保」の観点を踏まえ、さらに内外価格差などにも配慮して関税率を設定すべきだとしている。UR合意で関税化された品目は、基準年を決めその時点の内外価格差をそのまま関税率とすることになった。米の関税率もそのように設定された。しかも水田は多面的機能発揮の上で重要な装置であり米は重要品目である。今後の関税水準もこのような認識をもとに設定されるべきとの主張といえる。
●セーフガード−新たな創設を提案
輸入野菜の急増にともない国内産地が打撃を受けていることから、政府は昨年末、タマネギ、生シイタケなどの一般セーフガード(緊急輸入制限措置)の発動についての調査に入った。
しかし、調査には時間がかかり、また、相手国に対抗措置が認めれている。輸入量など一定の基準を満たせば自動的に発動でき、相手国も対抗措置をとれない「特別セーフガード」も制度上はあるが、米、乳製品など関税化品目に限定されており、野菜は対象外だ。
そこで日本提案では、「季節性があり腐敗しやすいなどの特性を有する」農産物について、輸入急増などの事態に機動的、効果的に発動できる「特別の発動基準を設ける」ことを提案した。また、輸出国から廃止の提案も出ている特別セーフガードについては維持すべきだとしている。
●ミニマム・アクセスー制度の改善を主張
市場アクセスに関する提案のなかでは、日本は、現在のミニマム・アクセス制度についての問題点を指摘、改善案を打ち出している。
問題点として、輸出国には輸出の自由、輸出しない自由が認めれているが、輸入国には、輸入の自由を認めず、しかも一定量のアクセス機会の提供を義務づけている。こうした現行の制度は「輸出入国間での権利義務バランスの面で均衡を欠く」と指摘、改善を求めている。
さらに、現行のミニマム・アクセス数量は国内消費量をもとに基準としているが、その基準について「最新の消費量を勘案して見直す」こと。また、特例措置を適用した品目では、途中で関税化後したにもかかわらず、それまで加重されていたアクセス数量が継続されるという問題があるが、それについても改善も求めている。
この部分の提案は、具体的な品目を挙げていないが、米を念頭に置いたものだ。
米のミニマム・アクセス数量は、1986年から88年の消費量を基準にしている。しかし、10年後の96年から98年を基準とすれば、消費量は8%程度減少することになる。このように基準を最新の消費量とすれば、ミニマム・アクセス米の輸入量は減少することになるからだ。
また、関税化を選択した場合のミニマム・アクセス数量は、2000年に5%にまで拡大することになっていた。しかし、日本の米は当初、特例措置を選択し99年4月に関税措置に切り換えたため、特例措置選択の代償としての影響から、7.2%となっている。かりに5%であれば、現在より輸入量は23.5万トン(玄米)少なくてすむことになる。
この提案は、このような加重されたアクセス数量を今後も提供し続けることは、数年関税化が遅れたからという理由で課される代償措置としては、「極めて重く、公平性を欠く」ものだと訴えているものである。
ここでは、ミニマム・アクセス米について具体的に提案しているわけではないが、農水省は、昨年末の提案決定後「MA米の削減を求めること」(熊澤事務次官、当時は審議官)と説明。また、削減量としては「削減の究極の数量として7.2%という数字も排除して考えてはいない(すなわち、ゼロとなる)」としている。
●国内支持ー「緑」の政策の見直しを提言
UR合意では、各国が国内で実施する農業への助成政策(国内支持)について、削減対象とする「黄」の政策と、削減対象外とする「緑」、削減が暫定的に猶予された「青」に色分けされた。
日本提案では、まず国内支持についてのこの基本的な枠組みについては「維持すべき」だとしている。
そのうえで、「緑」の政策の要件の緩和を主張する。「緑」の政策は、現在、基本的に「生産に関連しない(生産を刺激しない)収入支持」、「収入保険」として認められている。多面的機能の発揮の観点からもこうした支持政策の枠組みがつくられた。
しかし、農業が多面的機能を発揮するには、農業生産活動と密接不可分なのが実態である。にもかかわらず生産の現状を反映させない助成では農業者の困難を救うことできないなどの問題がある。米国でも直接支払い制度を緑の政策としているが、実際には、それだけは自然災害などの救済にならず、次々と追加的な支払いが行われている。
こうしたことから緑の政策の要件を緩和し、「生産要素をはじめ生産の現状をより反映させる」こと、収入保険制度についても「発動要件、補填割合の制限の緩和」を主張している。
また、価格支持、補助金など削減対象となる「黄」の政策についても、その削減については、多面的機能の発揮が損なわれないよう「現実的なレベル」にする必要があると提案。さらに、生産調整を前提とした直接支払いとして認められた「青」の政策についても、その存続が必要であると提案している。日本では現行の稲作経営安定対策がこれに該当するとされている。
●輸出規律−輸出税を提唱
現行制度では、輸出国の輸出制限・禁止、輸出補助金についての規律は緩やかになっている。しかし、これは、輸入と輸出に関する権利義務のバランスを欠いており、輸入国にとっての食料安保に不安を与えるものだ。
そこで、日本提案では、輸出規律を強化する観点から、輸出禁止・制限の措置をすべて輸出税に置き換えるべきと提案している。UR合意では、輸入については数量制限を撤廃し関税化した。しかし、輸出については数量制限が残っていることなる。そのためバランス回復の観点から、輸入と同様、いわば輸出についても関税化しようということである。
この制度が創設されれば、一定の輸出税さえ払えば食料を確保できることになる。また、一定量については輸出税を非課税とすることも提案した。つまり、輸入のミニマム・アクセスに対応して、輸出にも最低量の枠を設定すべきであるという主張である。これはミニマム・アクセス制度の改善提案と合わせて、今回の提案の大きな特徴のひとつだといえる。
●食の安全性確保・交渉情報の開示も提案
そのほか、日本提案では消費者の関心にも対応すべきだという考えから、食料の安定供給、安全性の確保のための体制強化も訴えている。また、表示による情報提供、遺伝子組み換え食品表示の国際的ルールづくりも主張している点も特徴だ。
農水省が作成したパンフレットでは多様な農業の共存する新たな時代に向けて、「行き過ぎた貿易至上主義へのアンチ・テーゼとして自信を持ってこの提案を世界に示す」と記されている。自分たちの営農や地域が今の貿易ルールではどうなるのか、日本提案をもとに十分に考え、アジアを初め海外の農業者、また、国内の消費者との連携に先頭に立つことが青年農業者に期待されている。
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