◆自由の障害は農業
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日本経団連会館。経済界はFTA締結を焦っている。 |
米国のような通商代表部(USTR)を日本にもつくって、FTA交渉を急ぐようにと日本経団連が唱え始めた(日経3月15日)。
日本は外務、財務、経産、農水の4省代表が交渉に出るため、相手国には“司令塔不在”の不満がある、だから通商窓口を首相直轄の組織に一本化する必要があるとの考えだ。
世界のFTA数は172。協定内容もサービス貿易や投資の自由化など包括的な経済提携に広がっている。
だが日本がFTAを結んだのはまだシンガポール1国だけ。このままでは競争に負けるという危機感が日本経団連にあり、日本版USTRの創設を考えた。
そこには農業問題をFTAのネックとする認識がある。それは別としても「小泉純一郎首相は、この手の行政改革が大好きだから、ちょっと怖い」と横浜国立大学大学院の田代洋一教授はこの記事に注目する。
◆外圧で「抵抗排除」
第2次大戦の反省から、戦後は世界経済のブロック化を防ぐため関税貿易一般協定(ガット)が生まれ、WTOの多国間協定に引き継がれた。日本も特定国間の交渉を避けてきた。
米国との2国間交渉で泣いてきた事情もある。米国は日本が最もFTAを結びたくない相手だ。その米国から、前通商代表特別補佐官のナオタカ マツカタ氏という人が“プロポーズ”を仕掛けてきた(朝日2月14日・寄稿欄)。
要旨は〈日本の農業団体はWTO交渉に抵抗している、これを打破し、新ラウンドを軌道に乗せるには、米国とFTAを結ぶ交渉を開始し、その外圧を利用すればよい〉という内容。
〈日本は米国の3倍の農業補助金を支給し、農業団体は手厚く保護され、農業改革は(彼らの)執拗な抵抗にあってきた〉など事実誤認の論点が多い。
田代教授は、この一文を「突飛な意見だ」苦笑しながらも話題の一つとした。とにかく農業攻撃を軸にFTAやWTOの交渉促進論が展開されている。
◆先取りは危険
FTAが90年代に増えた最大の要因は冷戦体制の終焉にあると農林中金総合研究所の清水徹朗主任研究員は指摘する。その後、東欧諸国と欧州連合(EU)を軸に協定が広がった。
多国間のWTO交渉より2国間交渉のほうが手っ取り早いという事情もある。 田代教授は「WTO交渉を立ち上げようとしたシアトル閣僚会議(99年)の失敗も響いて2国間交渉が加速した」要因も挙げた。
そして「関税の削減・撤廃というWTOのゴールに向けたプロセスを部分的に先取りして自由貿易を促進させるのがFTAの本質だから、非常に危険な側面を持っている」と説明する。
◆豚肉に赤信号
日本政府はFTA交渉を(1)事前検討(2)産学官研究会(3)政府間交渉の3段階で進め、メキシコとは昨年11月に政府間交渉に入った。
焦点は豚肉だ。メキシコは農業国であり、農産物輸出を拡大するための関税撤廃を強く望んでいる。
日本への農産物輸出額は526億円(平成13年)。その半分が豚肉だ。今は低価格品の輸入増加を抑制する差額関税で国産豚肉との価格差はわずかだが、関税がなくなれば4割安程度となり、また緊急関税措置も自然消滅してしまう。
政府の産学官研究会メンバーだった東洋大学経済学部の服部信司教授は「今の関税水準でも豚肉輸入が増え、その圧力で自給率はかつての約90%から58%程度に下がり、養豚農家数が減っている。酪農と食肉は日本のある種の基幹産業ともいえるのだから、豚肉は関税ゼロ品目の対象からはずすべきだ」と主張する。
日本の豚肉輸入先は1位デンマーク、次いで米国、台湾、メキシコの順。
◆撤廃要求どうしのぐ
さらに服部教授は「メキシコで豚肉をと畜・加工し対日輸出しているのは米国資本の入った企業が多く、必ずしも地場産業とはいえない。もしメキシコに関税を撤廃すれば米国もだまってはおらず、こちらにもと、日本にゼロを迫る連鎖反応が起きるだろう」と予測する。
関税などで特定国を差別してはいけないのがガットの原則「最恵国待遇」だ。このためWTOは原則に反するFTAにはガット24条の「実質的なすべての貿易について関税その他の制限的通商規則を廃止する」ことなどの条件を課した。
ところが「実質的にすべての」という条文をEUは「90%以上の廃止でよい」と解釈する。しかし、それは貿易量か、品目か、どちらについての90%なのか、統一見解に決着がついていない。「とにかくはっきりしない条文だ」と農水省国際調整課はいう。
10%以内なら関税撤廃の対象から除外できるという解釈に立てば、メキシコとの輸出入額に占める農林水産物のシェアは7・3%だから、服部教授のいう「豚肉除外」は十分に可能だ。 いずれにしてもFTA交渉では相手国の強い撤廃要求をどうしのぐか、どこまで除外するかが課題だ
(農水省国際調整課)。 (2003.6.9)