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検証・時の話題

コメ先物市場は
巨大なマネーゲームの場

森島賢 立正大学名誉教授


 東京穀物商品取引所と関西商品取引所は、昨05年12月に農水省に対して、コメ先物市場の開設を申請した。
 これに対して、農水省は、先物市場が生産調整に及ぼす影響についてのアンケート調査を行い、その結果などを勘案して、3月末に不許可の方針を決めた。
 その後、両取引所の意見を聴取した上で、今月12日に不許可を決定し、両取引所に通知した。
 不許可の理由は「生産調整への参加を誘導している現在の政策とは整合性を保てない」というものであった。
 しかし、これで両取引所は納得したわけではない。

◆執拗に開設迫る東西の取引所

もりしま・まさる氏
もりしま・まさる
昭和9年群馬県生まれ。32年東大工学部卒。38年東大農学系大学院修了、農学博士。39年農水省農業技術研究所研究員、53年北大農学部助教授、56年東大農学部助教授、59年同教授、平成6年立正大教授。16年定年退職。現在、立正大名誉教授・(社)農協協会理事。著書に『日本のコメが消える』(東京新聞出版局)など
 コメの先物市場の開設については、農水省の「生産調整研究会」で数度の議論を経たうえで、02年6月の「中間とりまとめ」で時期尚早という結論を出したものである。
 その後、昨年の7月から食料・農業・農村政策審議会の食糧部会で集中的に議論をしたが、意見が激しく対立し、部会としての結論を取りまとめることができなかった。
 こうした状況のもとで、両取引所は先物市場の開設を申請し、農水省は不許可にしたのである。
 しかし、両取引所は、これで諦めたわけではない。
 この通知を受けて、早速、関西商品取引所は「決して上場を断念するものではなく、引き続き、コメの早期上場に向けて、あらゆる努力を傾注する所存」といっている。
 多くのJAが懸念しているように、取引所は再度、再々度と執拗に開設を迫ってくるだろう。
 東京穀物商品取引所は、開設の申請をした後の今年初めに「コメ先物市場開設に係る生産者団体からの反対意見について」という文書を公表しているし、インターネットで第1図のように、アニメーションを使って、あたかもコメの先物市場が、すでに開設されているかのようにして、先物市場でのコメの取引を具体的に説明し、広報している。
 また、関西商品取引所は、数年前からコメの先物取引についての検討委員会を発足させ、04年2月の報告書では、市場の全体構想だけではなく、具体的な運営方法までも詳細に検討している。
第1図農産物先物取引シミュレーション<コメ>

◆市場規模は90兆円?

第2図全国、全商品取引所の商品別取引金額

 なぜ、取引所はこれ程までに執拗なのだろうか。それは、市場規模の巨大さにある。では、どれ程巨大か。
 それを推計するために、現在、取引所で取引されている農産物のなかで、コメに最も類似している大豆の先物市場をみてみよう。
 いま大豆の先物は、この両市場と福岡商品取引所で取引されているが、その取引量を合計すると、年間約2億トンになる。一方、1年間の実際の消費量は532万トンに過ぎない。割り算すると約38倍になる。
 つまり、先物市場では38年分の消費量を1年間で取引しているのである。
 そこで、もしも仮に、コメも同じようになると仮定しよう。そうすると、コメの年間消費量は約939万トンだから、コメの先物市場の取引量は、この38倍の3億6000万トンになる。仮に1俵1万5000円とすれば、先物市場の取引金額は90兆円になる。コメは大豆よりも身近な農産物と考えれば、取引金額はこの金額より多くなることも十分に予想できる。
 90兆円という金額は、全国の全先物市場の農産物の取引金額である30兆円の3倍になる。つまり、農産物の先物市場が4倍になる、という巨大さである。
 そうなれば、わが国の商品先物市場は、その様相を一変させる。全国の全商品取引所の全先物の取引金額は、241兆円から331兆円に激増し、第2図で示したように、コメはガソリンに続いて2番目に取引金額の多い商品になるだろう。ガソリンを抜いてトップになるかも知れない。
 このように、コメ先物市場は投機資金のための巨大な市場になるだろう。取引所の執拗さの理由は、ここにあるのだろう。また、あるJA幹部が示唆しているように、官僚の天下り先になる、という点も見逃せない。

◆米価は6800円から2万3000円まで変動?

 先物市場ができれば、米価が安定する、という主張がある。そこで3つの資料を見てみよう。
 1つめは、大豆のばあいである。
 第3図は、東京穀物商品取引所の最近10年間の大豆先物価格である。これをみると、高値は安値の約2・4倍である。もしも米価も同じ程度に変動すると仮定すれば、1俵当たり高値は2万1000円で安値は8800円になる。
 2つめは、国際市場でのコメの先物価格である。
 第4図は、シカゴ商品取引所でのコメ先物価格の最近10年間の図である。これをみると、高値は安値の約3・4倍である。もしも米価も同じ程度に変動すると仮定すれば、1俵当たり高値は2万3000円で安値は6800円になる。
 この2つのばあい、価格は長期的には横ばいとみられるが、わが国のコメのばあい、長期的な下落傾向を考慮すると、高値も安値もやや過大推計になっているかもしれない。
 いずれにしても、米価にこれだけ変動があれば、安定しているとは言えないだろう。
 このような先物価格の変動につれて、実物価格も同じように変動するだろう。実際の消費量が939万トンである実物の取引価格が、3億6000万トンの先物の取引価格に強く影響されるだろう。もしも両者の間に価格差があれば、投機家はサヤ取りで利益を得ることができる。
 たとえば、先物価格と現物価格との間に1俵当たりで100円の価格差があれば、投機家はサヤ取りで6000億円という莫大な利益を得ることができるのである。この莫大な利益を投機家が見逃す筈がない。結局、先物価格と現物価格は、同じになるだろう。
 このように、先物市場は実物価格に影響するだけではない。コメの実物経済の全般に影響を及ぼすだろう。そして、さらにコメの制度にまで影響をおよぼすに違いない。「生産調整……政策とは整合」しなくなるだろう。
第3図、第4図コメの先物価格、第5図

◆先物市場はマネーゲームの場

 3つめは、短期的な価格変動についてである。
 第5図は、東京穀物商品取引所の最近6ヶ月間の大豆先物価格である。これをみると、1ヶ月間で価格が10%程度上下することは珍しくない。
 先物でコメを150万円売ったとしよう。うまくいけば、1ヶ月後には15万円の利益が得られる。証拠金として預ける金額は10万円程度と考えられる。つまり10万円の元手があれば1ヶ月で15万円の利益が得られるのである。
 この誘惑にまどわされる農業者がいないとも限らない。そうしたJAがあるかもしれない。うまくいけばいいのだが、逆になったばあい、1ヶ月で元手の10万円がゼロになるだけでは済まない。5万円を追加して支払わねば済まなくなる。
 相場の達人で資金力があれば、期日まで持ちこたえて、大きな損失は回避できるが、普通の農業者やJAでは無理だろう。
 そうした農業者やJAを、練達の投機家は先物市場で手ぐすねひいて待っている。
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(2006.4.21)

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