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筑波山を望むJA常総ひかりの管内風景 |
◆価格だけではJA利用度は高くならない
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廣瀬亨さん |
生産資材の価格を「商系より安くしても、JAを100%利用してくれる人は、100人の内2人か3人ですよ」と廣瀬亨さんはいう。なぜなら「生産者は、いろいろなところからの情報を求めている」ので、JAだけから生産資材を購入したら、入ってくる情報もJAからだけになってしまうからだ。
生産者が求めている情報は、農薬や肥料など生産資材の新規情報、病害虫の発生予察やそれへの対処、土壌診断による施肥処方、日照不足などによる生理障害などへの対処、育苗から収穫までの栽培技術指導、新作物などの情報といった営農関係のものから、市況動向とこれからの見通しなどのマーケット情報まで幅広い。
JA常総ひかりが営農経済渉外員制度を立ち上げた平成10年2月から担当している廣瀬さんが「一番、苦労したのは幅広い情報をどう収集するか」だったという。情報源としてはJA全農茨城県本部や研修で知り合った県内外の先進地JAの人たちはもちろんだが、優秀な篤農家やメーカーだという。優秀な篤農家はJA以外からも種苗や生産資材を購入しているので、商系ルートのさまざまな情報をもっているからだ。そういう人たちと仲良くなり情報をもらうことで、JAグループ以外の情報も蓄積されることになる。
その情報を相手や状況に合わせて提供する。例えばある作物についてのマーケット情報が分かったときには「いまは値がいいけど来週には下がるから、ちょっと無理してもいま多めに出した方がいいと思うよ」と知らせたりする。提供した情報が正確であれば、信頼が深まり、生産資材などの供給につながってくることになる。
◆農家組合員が“困っていること”に応える
信頼関係を築くもう一つの大きな要因は「生産者が困っているときに的確に対応する」ことだという。とくに台風や大雨、霜害、大雪などの自然災害や作物が病害虫に侵されているときだ。JA常総ひかりの営農経済渉外担当者は自然災害の発生前後には、時間を問わず営農技術情報などの資料を作成して、早期に対応しているという。
現場取材ではしばしば農家組合員からJAは「職員自身が困っているときしか来ない」という話を聞かされるが、本当は「生産者が困っているときこそJAの存在を求めている」のだと思うと廣瀬さんはいう。それに応えようとする廣瀬さんたちの活動が信頼関係を深めることになる。
お金では買えない情報提供と生産者との人間関係を築くことが、営農経済渉外員活動の基本だということだろう。
◆JAであっても一業者としてみられる
JA常総ひかりは茨城県南西部の水海道市・下妻市・八千代町・石下町・千代川村の2市2町1村にまたがる広域JAで、平成6年に誕生した。管内中央に鬼怒川、東に小貝川、西に飯沼川と水量が豊かな河川が流れ、その流域は肥沃な水田地帯として良質な米を生産している。また、西部地域を中心とした畑作地帯は、ハクサイやレタスなど露地栽培の野菜類、ナシやメロン、スイカなどの果実など園芸作物の一大産地で、専業農家も多いところだ。
JAの販売事業は113億円強あるが、そのうち米麦が32%、野菜類が秋冬ハクサイ、春ハクサイの200万ケースを中心に40%、果実が22%、肉豚を中心とする畜産が6%という構成になっている。米麦はJAの利用率は高いが、青果物については東京に60kmと近いことや近隣に市場が多いこともあって、生産者が多様な販売ルートをもっているのでJA利用率はあまり高くない。また、露地中心の生産者の経営規模は2〜3haが中心だが、10ha以上という生産者もあり、なかには50ha規模のところもある。最近はこうした大規模農家は法人化される傾向が強く、JAも一業者的な存在としてみられているという。JAの生産資材取扱高は約54億円だが、近隣に商系種苗店や肥料店、さらにはホームセンターが数多く出店し激戦区となっている。
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年間200万ケース出荷するハクサイ。
今年は
オリジナル品種「八千代っ娘」「菜黄味」も初出荷した |
◆農家へ足を運び、自分を売り相手を知る
そうした状況からJAでは、未利用・低利用農家に対して積極的な訪問活動を恒常的に行なって、JAの存在意義を高める情報提供やサービスの提供を通して信頼を得ること。農家組合員からの意見や要望を聞き、JAと組合員のパイプ役を果たすことなどを目的に、平成10年2月に営農経済渉外担当を経済部に設置。そのことで、生産資材の取り扱い拡大や園芸販売事業の利用拡大をはかっていきたいと考えた。
営農経済渉外員の活動の基本は農家へ何度でも足を運び「自分を売り、相手を知ること」だと廣瀬さん。
自分を売るためには、冒頭で記したように相手が欲しい情報をもっていくことが一番だ。そして相手を知るためには、その生産者のほ場をみてどんな状況になっているのかを知らなければならない。大規模な生産者の場合には、近隣市町村の農地を借りたりしているケースもあるので、車で何十キロも走ることもあるという。
担当者は通勤時から公用車を使い、帰宅時には2〜3件程度の農家に立ち寄って人間関係を深めるようにしている。そういう場合に大仰な理由はいらないという。最近、こんな病気が出ているが大丈夫かとか、昼間ほ場を見たら病気が出ているようだからとか、ちょっと顔を見に来ましたなど、何でもいいから用事をつくって話す機会をつくる。そうやって常にコミュニケーションをはかることが大事だからだ。
当然、JAへの意見や苦情、批判を聞かされることも多い。しかし、それは、自分をJAの顔として認めてくれたことであり、頼られているからだと思っているという。常に前向きに考える姿勢も営農経済渉外員として大事だと感じた。
◆農家と同じ気持ちをもって話せるようになること
設立当初は4名でスタートし、いまは10名に増員されているが、各自が1日最低6件は情報提供しコミュニケーションをすることにしている。JA常総ひかりの場合には、生産資材の推進目標が設定されているので、予約や当用の推進も行なうわけで、提供する情報の質と量そしてそれによって築かれた人間関係が重要になってくる。取材中にも何度か廣瀬さんの携帯電話が鳴り、資材の注文を受けていた。目標は設定されているが「渉外員としてきちんと仕事をしていれば、結果はついて来ますよ」という。
昨年、10名のうち6名が若い職員に入れ替わった。職員としては5〜6年経っていて生産者の名前や顔、自宅は知っていたが、農薬や肥料の基本的な知識がなく不安を抱いていた。
あるとき、一番若い職員が自宅の遊休ハウスで何か栽培して勉強したいとメロンやスイカ、ナスなどを栽培。今年はさらにトルコギキョウを栽培し部会長からも評価され大きな自信をつけた。農業、営農経済渉外の楽しさが分かり、農家と同じ気持ちを持って話せるようになったから、最近は「頼むからしばらくの間は異動させないでくれ」と上司にいっているという。
JA職員だといっても誰でもが営農に必要な基本的な知識をもっているわけではないが、できるだけ同じ意識をもってもらいたいと考え、渉外担当以外の職員にも呼びかけて「ひかり塾」と名づけた肥料や農薬あるいは作物別の勉強会を開催している。多いときには60名、平均で20名が参加しているという。
こうしたことを通して「なぜ?という問題意識を常にもつ人づくりと仲間づくり」をし、営農経済渉外員の存在をもっと大きなものにしたいという。
廣瀬さんは大きな声や身振りをすることなく、穏やかに話す人だが、それはこの仕事への誇りと情熱に裏打ちされているからだと思った。