大蔵省の国際金融局長や財務官などを歴任してミスター円≠ニもいわれた榊原教授は、JA全農の加藤専務との対談で、まず利益至上主義や市場原理主義の行き過ぎが、産業、社会の格差拡大につながり、また小泉政権以来、その動きが加速し、弱肉強食の世界が拡大してきたと指摘した。加藤専務は食料輸入にはぼう大なエネルギーを費やし、CO2排出量を増大させるが、地産地消はそれを削減して環境負荷を減少させるといった評価などを紹介した。また、異業種との連携も視野に入れて新規事業へ打って出る必要性を語った。対談は食料・農業問題を軸にして、田んぼの生き物調査による子どもの体験学習などにも及び、多彩な話題を論じた。 |
◆市場原理主義と社会の崩壊 協同組合の存在意義が増す
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早稲田大学教授 榊原英資氏
昭和16年3月生まれ。東京大学経済学部卒業。
40年大蔵省入省(関税局国際課)、豊岡税務署長、国際通貨基金(ワシントン)派遣職員、銀行局保険部保険第一課課長補佐などを経て52年埼玉大学助教授、その後東海財務局長、大臣官房審議官(国際金融局担当)、国際金融局次長、会計センター所長兼財政金融研究所長、国際金融局長、財務官を歴任、平成11年慶応義塾大学教授、18年より早稲田大学教授。 |
加藤 榊原さんの新刊書「幼児化する日本社会」に「日本社会は利益至上主義と市場原理主義に傾きすぎ、企業の社会的責任が希薄化し、かつて日本の企業が持っていた共同体的側面が急速に弱体化している」などを指摘し、また「世界は数百年に一度の大変革のただなかにある。その大変化に柔軟に対応できなければ社会は崩壊する」とあります。
まず、榊原さんの時代認識をお聞かせください。
榊原 日本社会のいろんなところで崩壊現象が起こっています。毎日報道される事件を見ても家族の崩壊とか地域共同体が崩壊しているとか、何か新しい時代に適応できなくて、それらが起こっています。
これはいったい何だろうというわけですが、1つはやはり市場原理主義ですね。利益が上がるなら何でもよいという、ホリエモンなんかが、その典型です。村上ファンドの村上世彰もカネをもうけて何が悪いんだ、と堂々と公言する風潮です。
企業は利益を出すだけでよいのかと疑問を抱いたり、反省するということがなくなって、日本も米国型の社会になりつつあります。実は米国はある意味で良い社会なんだけど、先進国の中では格差が一番大きいのです。
ジニ係数(注1)という格差の指標で見ると中国と同じくらいだといいます。日本をそういう社会にするのか改めて問わなくてはいけないところにきています。
政府も特に小泉政権以来、市場原理主義の動きを加速させ、弱肉強食の世界が拡大してきています。そこで日本的なものをもう一度見直してみようという議論も高まってきました。
◆分権は柔構造でJAグループの役割が重要
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JA理事専務 加藤一郎氏
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例えば規制緩和ですが、ただ緩和すればいいというものじゃない。ゲームにしたって野球でもサッカーでもルールなしにはできません。きちんとした規制は残さなくてはいけませんし、時代が変われば新たな規制も必要になります。規制緩和にはデメリットもあります。
例えば税源移譲で財政力が一番強くなるのは東京などの大都市部です。地方では税源と補助金をもらっても税金が入らないのに補助金支出は多いところがあり、財政はむしろ悪くなります。最近、三位一体改革で財政が悪化したという県もあるようにうかがっています。
単純に分権をしても格差はむしろ広がります。そうならないようにするきめ細かい政策が必要ですが、小泉政権のやり方は乱暴でした。
◆崩壊現象を食い止めよ
加藤 重要なことは、榊原さんの言われる「白か黒かの二分割思考が支配し始めた日本は、柔構造を様々な分野で内包していかないといけない」という提言ですね。
利益至上主義や市場原理主義がかっ歩する時代風潮のなかで、相互扶助を理念とする協同組合組織が存在の危機に立たされていると同時に、存在意義が逆に「見直」されていると考えますが、榊原さんとしてはどうお考えになりますか。
榊原 そうです。分権は柔構造で専門家の意見を聞きながら進めるべきです。その意味でJAグループの役割が非常に重要です。日本の伝統的な相互扶助組織ですからね。
農協についていえば相互扶助の原理を残しながら、新しい社会にどうやって生き残っていくかが確かに課題です。改革は必要ですが、今までの日本的なものを壊すような改革はいけません。
その点、格差是正の意識はだいぶ高まってきて福田内閣もその方向へ動いています。それにしても日本のいろんなところで崩壊現象が見られますから、これを何とか食い止めなければいけないと思います。
加藤 日本の農畜産物は価格競争で輸入品に勝てません。また、国内にも産地間競争があります。競争には良い面もありますが、単に勝者と敗者を生み出すことで終わらせて良いのだろうか。農業の多面的機能を考えないといけないなと思います。
農業と地域社会、環境問題を総合的に考える行政の施策が必要であり、そのことが、都市と地方の格差是正につながると思います。
◆コンテンツで差をつけろ 駅弁文化を見直す
日本の近代化を振り返ると、農業もその時代の社会思想なり、工業技術に支配されてきました。20世紀を工業化社会とすれば、品質の良いものを画一的に大量生産することが求められました。
農畜産物も同じで、それまで地方にあったいろんな在来品種よりもよく売れる品種が出てくると、そればかりを作るという規格化が主流になりました。例えばトマトならば桃太郎の生産指導に集中し、JAの作物別部会を通じて一元集荷の一元販売をやり、産地化を進めるといった具合にです。
しかし21世紀が知識集約化社会だとすれば、農畜産物もコンテンツというか、内容で差をつけることが求められるかなと考えます。同じ野菜でもデパ地下とスーパー、そしてこだわりのレストランの求める素材、とそれぞれに需要が違いますから、個性を持った多品種の少量栽培が重視されてくると思います。
それは多元集荷、多元販売が求められているといえます。そこで必要になるのは地産地消、農畜産物のブランド化です。
私も米国に駐在したことがありますが、米国の食文化は全国的なハンバーガーなどのチェーン化です。それに比べ日本のすばらしさは駅弁文化だと思います。駅弁こそは地産地消の端的な表れではないでしょうか。榊原さんはどう思われますか。
榊原 おっしゃるとおりです。今は脱工業化社会です。だから製造業を含めて大事なのは差別化です。大量生産されたものとは違うんだ、こういう価値があるんだということを、いかにアピールするかです。
もう1つのキーワードは環境です。あるいは安全、健康です。やはり安全でおいしいのは、その土地で育った新鮮なものです。だから地産地消がいわれます。時代が明らかに変わってきて、農業政策も少しずつ転換してきています。
また地方を考えた場合に明らかにその中心にあるのは農業、漁業、林業です。そこを活性化しないと地域の活性化はあり得ません。ところが農業・農村は疲弊し、漁業にも後継者はおらず、林業も採算が合わないなどという状況になっています。
◆欧州をモデルに
例えば欧州では農村が非常に豊かです。それから仏独英などには各農村にパパママでやっているレストランがあって、その土地で育った大変おいしいものを食べさせてくれます。正に地産地消を地でいっているような店です。
だから、どちらかといえば私たちがモデルにすべきは欧州だと思います。20世紀は米国をモデルにしてきて、それはそれで良かったのです。しかし21世紀は地域の特性などをどう生かしていくかという点で欧州モデルのほうが良いと思います。
日本の消費者にも各地の特産品は魅力的です。ダイコンにしてもカブにしてもです。消費者の志向がもっと生産の中に入り込めば地域特性を生かした地産地消がさらに進むと思います。
そうしないと食料自給率の向上はどうにもなりません。食料輸入には輸送費をはじめ腐敗防止のためなどにぼう大なコストがかかっています。
そんなことを続けるのではなく、生き生きとした農山漁村をつくって日本全体が栄えていくことを目指す時代がきていると思います。そういう時代に農協もJA全農も対応しておられますが、もっとペースを早めることが重要ではないでしょうか。
◆地球の温暖化防止に地産地消
加藤 地産地消は環境問題からして、フードマイレージの視点からも評価されなければなりません。フードマイレージとは食べ物が運ばれてきた距離のことで、輸送に伴うエネルギーを減少させて、環境負荷を軽減しようという提唱です。
CO2を100グラムで1ポコとします。例えば豪州産のアスパラ5本を買うと1.7ポコに相当し、テレビを1時間消すと0.4ポコとなります。だからアスパラを日本産に替えればテレビを4時間ほど消したのと同程度の省エネ効果が得られます。
日本の畜産業界が使う飼料原料は約2400万トンですが、その半分は輸入トウモロコシです。一方では米が過剰で、耕作放棄地も増えています。このため耕作放棄地などで飼料用の米を作ろうという考え方があります。
多収性の米の品種を使って、仮に50万haの耕作放棄地に飼料米を作付けしたとすると、今の技術でも反収800kg〜1トンが見込めることから、450万〜500万トンの飼料米が生産され、輸入穀物原料の4割程度を国産に置き換えることができます。
◆遊休農地の活用を
そして地球温暖化防止にも貢献できるわけで、京都議定書で採択された温室効果ガス削減の達成に向けた対策を加速させる糸口になるかも知れません。
日本の畜産は米国産トウモロコシをベースにして完成された最も効率の良いビジネスモデルですが、欧州の畜産は主産品である麦を飼料原料としています。その国にあった飼料穀物をベースに畜産を組み立てることも重要です。日本でも今後は米をベースにした飼料で育てた肉質を売り物にする時代が来るかもしれません。
榊原 環境負荷問題だけでなく、日本が穀物を輸入できなくなる日がくる可能性があります。米国のバイオエタノール生産なんかで穀物価格が急騰していますが、この傾向は恐らく変わらないと見られます。
米国や豪州から大量に穀物を輸入できた時代は終わりつつあります。日本は米を除く穀物を全面的に輸入に頼っていますが、その状況が維持できなくなりそうです。
日本としては穀物をはじめ食料全体が不足する時代にどのように対応するかを真剣に考えないといけません。遊休農地があるわけだから、それを利用する対応を考えるべきです。
新しい農業のあり方を展望し検討すれば、それができるはずですが、全体として危機感が足りないような気がします。恐らく2020年になったら相当の食料不足になりそうです。
例えば米国から大豆を輸入できなくなれば醤油1つにしてもつくれない時がきます。そうした大きな流れの変化を私たちは意識しなければなりません。
(注1)ジニ係数:所得格差の指標の1つ。社会を構成する人々の所得がどの人も等しいときにゼロ、ある1人の人に所得が集中する場合に1の値をとり、その値が低いほど所得格差が少ない。(出典:はてなダイアリー)
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