山形県遊佐町では、町・JAと稲作生産者、牧場、生協などが連携し、養豚用飼料にコメを使う「飼料用米プロジェクト」を2004年度に立ち上げた。畜産飼料の原料は圧倒的な海外依存の一方、転作の強化や高齢化の進展で休耕田も増えている。同プロジェクトは米を養豚用の飼料に活用して、自給率向上とニッポンの水田を次世代に残していく社会モデルづくりを提唱するものだ。米価の下落で水田農業の危機が深まっているが、07年、世界的には食料不足の様相がはっきりしてきた。「ニッポンの食料、そしてコメをどうするのか、真剣に考えるときだ」と現地の「農人」たちは力を込める。 |
コメを飼料にした養豚で水田守るプロジェクトが始動
「久しぶりに思いっきり米をつくったなあ」
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平田牧場・新田社長 |
◆コメで豚が高品質に育つ
今年1月、山形県酒田市に本社がある平田牧場の直営農場から「国産63」をキャッチフレーズにした豚が試験的に出荷され関係者の間で試食される。
キャッチフレーズの意味は、飼料の63%を国産原料にして育てた豚、である。63%のうち61%は遊佐町の生産者が作った飼料用米。その他に大麦などを配合した。
コメを61%としたのは同牧場で使用する通常の配合飼料ではトウモロコシを61%使っているから。すなわち、「輸入依存のトウモロコシ」の全面代替飼料として「国産のコメ」を使うということである。
飼料用米を入れた配合飼料は、肥育後期の80日間に仕上げ飼料として給餌される。この間の豚一頭あたりの給餌総量は190kgだから、80日間で116kgほどのコメを食べる計算になる。これは40年ほど前の日本人が1年間に食べていた量ではないか。逆にいえば今の畜産では短期間にこれだけの量の輸入トウモロコシを使っているということだろう。
「国産63」の豚にはこんなシンボリックな意味がありそうだ。ただ、それだけではない。同社の新田嘉七社長は「コメを飼料にすると肉がうまくなることが分かった。昨年夏にはコメのほか国産丸大豆なども使った100パーセント国産飼料の豚も生産してみたが肉質にまったく問題はなくおいしかった」と話す。コメを使うと豚肉の味がよくなるのだという。
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平田牧場の肥育専用「千本杉農場」。
飼料用米を配合した飼料を与えている
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同牧場は、遊佐町、JA庄内みどり、生活クラブ生協などがメンバーになって04年度に立ち上げた飼料用米プロジェクトに参加。生産者が作る米を仕上げ飼料に10%混ぜて肥育したものを「こめ育ち豚」と銘打って06年から生活クラブ生協や直営店、インターネットなどで販売している。 肉質は通常の豚肉よりも肉の色は淡く脂肪は白くなった。食品分析の結果、脂肪の融点も低く口どけのよい脂肪であることや、脂肪酸の組成もコレステロール低下をもたらすとされるオレイン酸の割合が高まり、酸化しやすい軟脂の原因になるリノール酸の割合が低下していることも分かったという。生活クラブ生協の組合員を集めて行った試食会でも「おいしい」と評判は上々だった。
◆いびつな食料生産を何とかしたい
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JA庄内みどり 今野課長 |
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稲作生産者 今野進さん
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平田牧場と生活クラブ生協とは35年ほど前から産直の提携関係にある。
生協側とのこれまでの話し合いでしばしば課題にしたのは「日本の食料生産が極めていびつになっている」ことだった。「畜産飼料は外国に頼る一方で転作の強化で使っていない田んぼが広がる。しかし食料は外国から持ってくればいいという時代ではなくなるのではないか、それなら田んぼでコメを作ってもらって飼料にしてはどうか、という話になったのが10年ほど前でした」と新田社長。
平成8年から庄内地方では転作助成金を活用して飼料用米生産に取り組む生産者が増え、平成11年は約400戸で220haを作付け1000トンを超える生産量にまで拡大した。
しかしその後、助成金が減額されるのにともなって作付け面積は激減していった。
また、平田牧場でも飼料自給率、ひいては食料自給率の向上につながるものだとして取り組んだが、現在のように牧場を指定し仕上げ肥育用にコメ10%混合などの飼料設計をして継続的に生産・出荷をする体制ではなかったという。
それが04年からの飼料用米プロジェクトの取り組みでは、「コメで育てると食味向上にもつながる」ことを実証し「こめ育ち豚」として消費者に食味とともに、食料自給率問題も商品として発信できるところまできている。さらに10年前と違うのは遺伝子組み替え作物の登場で安全な飼料を求める需要が高まっていること。「これだけ急速に広まるとnonGMOのトウモロコシを追いかけようにも先はみえない」(新田社長)。安全の点でも自給飼料が求められていることも時代の要請だろう。
◆稲作農家にも共感呼ぶ
一方、合併前の遊佐農協も米の産地指定などの取り組みから生活クラブ生協との提携を始め、JA庄内みどりに引き継がれてすでに35年になる。
今回の飼料用米の生産についても同生協前会長の河野氏が生産者に持ちかけたことがきっかけになっているという。
「これからは米も目的別につくるべきだという提唱でした。主食用、加工用、そして飼料用と、田んぼに稲を植えて水田という環境を守りながら穀物自給率を上げていくんだと。飼料用米生産ができないかということでした」とJA庄内みどり遊佐支店の今野忠勝課長は話す。
米づくりの技術は高く機械もあるからそれを活用して、水田を守っていくことができる…、河野氏のこんな提唱にJAの理事で生産者の今野進さんは「長年のつきあいで河野さんの発想はだいたい分かっていた。だからまた始まったか、と(笑)。」と振り返る。
米を家畜のエサにするというのは米農家としては正直抵抗がなかったわけではない。しかし、異常に低い自給率のなかで日本の水田の役割を考えてみると「共感する思いはあった」。仲間と飼料用米研究会をつくり会長になり、その後、立ち上がったプロジェクトのメンバーとしても参加している。
「最初に河野さんと話したときには、いずれは食料不安の時代が来るぞ、と言ってましたが驚いたのは昨年のバイオ燃料ブーム。意外に早く来たな、やっぱり大事な取り組みだ」。
◆久々に水田いっぱいのイネ
同プロジェクトでは飼料用米の生産について16年から3か年計画を立てた。初年度は30haを目標とし、18年度に100haをめざした。
その初年度は今野さんを中心に試験的に21名で取り組んだが作付けに合意できた面積は7・7haにとどまり、しかも記録的な潮風害で反収は平均388kgだった。
一方プロジェクトの協議では飼料用米1トン4万円としコメの価格は10俵収穫できたとすれば1俵2400円となり、これに産地づくり交付金と町独自の助成金をあわせ10a1万6000円を生産者に支援した。
その後、作付け面積拡大のために産地づくり交付金を引き上げ18年度には10a5万5000円にしたところ、作付け面積は60haまで拡大し111名の生産者が参加した。
そして19年産では130haと当初目標の100haを超え230名の生産者が作付けた。生産量は690トンまで増えた。
ただし、飼料用米の米生産と取引きは今のところ手続きが複雑だ。品種は専用の「庄内S99」などに統一され、作付け圃場も県に申請しなければならない。収穫は主食用の前後に期日を指定され刈り取り以降はJAの共乾施設への搬送が義務づけられている。
その後、乾燥を終えた飼料用米はJA全農庄内の倉庫で保管され、平田牧場の注文を受けた北日本くみあい飼料酒田工場で配合される。各段階での搬送後には残り数量の確認が徹底される。これら厳格な管理は主食用ときちんと分別するためだ。
生産者にとっては施設利用が義務づけられているため利用料金が販売代金から差し引かれる。これらも含めてなんとか加工用米の手取りを保障しようと協議し、19年産では飼料用米価格を1トン4万6000円へと引き上げを決定。10俵収穫できれば1俵2700円を超し、施設利用料を差し引いた米の代金は10アールで1万7000円が見込まれる。これに産地づくり交付金5万円程度が加わるので加工用米と同程度の7万円近くの水準となる見込みだ。
採算が見合う支援がなければこの取り組みはいうまでもなく広がりも継続も期待できない。
それでも「百姓の心情としては何十年ぶりで全面積でコメを作れたという満足感を持った生産者はいた。それに飼料用米は量をとることだけ考えればいいわけでこういう米づくりに一生懸命になる感覚も久しぶり」と今野さんは話す。
◆農村を元気にしたい消費者との連携が支えに
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酒田市内の平田牧場直営店でも
「こめ育ち豚」を販売
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19年産では平均反収が530kgだった。ただ、バラツキが大きいのが課題だ。最高では930kgを超えた。目標とする反収1トンも目前にみえるが、コストダウンのために実施している直播の反収は295kgと低い。政策支援と同時に、生産量確保のための技術向上が必要だ。
一方、平田牧場としても飼料価格が上昇したが、現在は消費者にこの取り組みの意義をきちんと理解してもらうことを優先させ、差別化価格の打ち出しは行っていない。
ただ、「こめ育ち豚」は、この地域の猟師たちの間で古くから言われていた「落ち穂を食べたカモはうまい、を実証した」(新田社長)ともいえ、この高品質な豚肉供給が食料自給率向上の取り組みにつながっているという理念を生協の組合員などと共有していきたいという。
「米は全畜種で使用できる飼料。国内の減反面積100万haを活用すれば700万トン確保も可能。穀物自給率を20%上げられるはず。われわれの取り組みはそこに一歩踏み出すモデルづくり。水田も守られ農村にも元気が出る」と新田社長は意気込む。10aあたり5万円の助成をしたとしても5000億円。米の需給バランスを畜産部門が担い、いざというときには主食用に活用する仕組みが実現すれば「国民にとっても安心ではないか」という。
今野さんは稲作農家の立場として、遊佐での飼料用米生産の取り組みに対し「主食もふくめて今こそ日本の米生産をどうするのかを考えてほしい。米づくり農業がなくなってしまえば飼料米もバイオ米もないのだから」と強調する。
08年、ニッポンはこれから米づくりをどうするのか――。先進的な取り組みは実は日本農業の本質への問いかけを示してもいる。
(「どっこい生きてるニッポンの農人2008(2)」へ)
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