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【大統領選挙】手詰まり感深めるオバマ 頼みは付け焼き刃のTPP  東洋英和女学院大学教授 中岡望氏に聞く

・回復しない経済状況
・4年前の熱狂どこに?
・ウォール街占拠と大統領選
・医療保険改革も焦点に
・雇用増をどう図るか?

 11月の米国大統領選挙に向け、オバマ大統領に対抗する共和党の候補者選びは、ほぼロムニーで決着しそうである。オバマ対ロムニーという大統領選になりそうだが、行方はどうなるのか? また5月初旬の日米首脳会談でTPP問題が話し合われる可能性もあると伝えられる。最近の米国の政治・経済の状況と今後について中岡望・東洋英和女学院大学教授に聞いた。

日米ともに、失墜する政治家への信頼


◆回復しない経済状況

東洋英和女学院大学 中岡望教授 共和党の大統領候補者選びは、この1年間、リベラルと目されるロムニーがずっとフロントランナーでしたが、今年に入ってから保守派を代表してサントラムが出てロムニーを追い越す勢いを示していました。そのほかにギングリッジ、ポールという保守派の候補者もいて4月の初めまで4名の候補者が競い合っていた。
 しかし、4月初めのサントラムの撤退宣言でロムニーにほぼ決まったという状況です。今のところあとの2人は降りるとは言っていませんから、その意味では予備選挙は終わったわけではありません。ギングリッチとポール候補が保守派を一本化してロムニーに対抗する動きを示す可能性はないわけではありませんが、まず間違いなくロムニーが8月のフロリダ州タンパで行われる全国大会で共和党の大統領候補に指名されることになるでしょう。
 一方、オバマ大統領にとって再選に向けては経済動向が重要です。その指標のひとつが失業率で2009年10月には10.1%まで上昇しましたが、今年の3月には8.2%と低下しました。これがオバマ大統領には有利と言われていますが、ここには数字のトリックがあります。つまり、求職活動をする人が減れば失業率は低下するわけです。
 実際、職に就くことを諦めた長期の失業者が増えていることが今回の不況の大きな特徴です。ですから単純に失業率が低下したとはいえない。しかも毎月20万人づつ雇用が増えていたのが、3月は12万人にとどまっています。米国は毎月20万人程度、雇用が増えていかないと本当の意味で失業率は下がりません。どんどん新しい労働者が参入しているからで、これを吸収するように絶えず労働市場が拡張していかなければならないのです。
 たしかに景気は以前よりもよくなっていますが、実際はまだ厳しい状況が続いています。逆にいえば就任後に818億ドルという大規模な景気刺激策をやったにも拘わらず、これだけしか回復しないのかという失望感が大きいわけです。オバマ政権の経済政策は失敗したという見方が強いのです。


◆4年前の熱狂どこに?

オバマとロムニーの一騎打ち? ですから、1年くらい前には「オバマは一期限りの大統領」と言われていましたが、やや持ち直しているという程度です。不支持率が支持率を依然として上回っており、再選に向けて楽観視はできません。4月の初めに行われた世論調査をみると、たとえばFOXニュース調査ではオバマ支持が42%、不支持が51%です。ギャラップ調査では支持48%、不支持44%です。
 オバマとロムニーの一騎打ちの場合、どちらを支持するかという調査では、FOXニュースではオバマ勝利が44%、ロムニー勝利が46%。ABCとワシントンポスト調査ではオバマが51%、ロムニーが44%です。非常に接戦が予想される状況で、これではオバマ再選は大丈夫とはまだ言い切れません。
 要するにオバマ支持層のリベラルな人たちはオバマに失望している。4年前のようなオバマ支持の熱狂的な雰囲気はありません。しかも、若者層の離反が目立っています。
 一方で、共和党の支持層の間ではひょっとすると勝てるかもしれないと盛り上がっているともいえます。ただし保守派は結果的にはロムニーは本物の保守主義者ではないとして、支持しないのではないかという見方もあります。というのもロムニーはリベラルと見られているからで、もともと彼はマサチューセッツ州知事のときに州の医療保険制度改革をやったんですが、実はこれはオバマケアといわれる今回の医療保険改革と同じです。だからロムニーは保守派ではない、と。そこでロムニーとしては右ににじり寄って支持を拡大するということをやらざるを得なかった。ちなみに、共和党はオバマケアの廃棄を政策に掲げ、現在、最高裁でオバマケアの違憲審査が行われています。こうした状況のなかで、ロムニーは保守派の支持を取り付けようと、ティーパーティ派や保守的なキリスト教グループに秋波を送っています。
 一方、オバマはもっと左に寄っていく。たとえば、ウォール街占拠の問題も最初はオバマやホワイトハウスのスタッフはあまり関心を示さなかった。ホワイトハウスのスタッフなどは、「雪が降ってくれば公園からいなくなる」と言っていたほどです。


◆ウォール街占拠と大統領選

 ところが運動は思った以上に長続きしているし、実際、米国社会の貧富の差は拡大し中産階級の崩壊が深刻な問題になっている。国民の関心も高まり始めた。
 そこでオバマはそこに軸足を移し始め、昨年12月にミシガン州で「中産階級の空洞化の問題、貧富の格差解消に取り組まなければいけない」と演説したし、今年1月の一般教書演説でも再び取り上げました。
 つまり、リーマンショック後に金融界を規制できなかった自分への批判でもあるウォール街占拠運動のスローガンを「中産階級の崩壊は問題だ」と都合良く変質させて取り込み、本来の自分の支持層であるリベラル派を取り戻そうとしているわけです。オバマは「階級戦争」という強い言葉を使って、貧富の格差問題を政治課題として取り上げようとしています。
「ウォール街占拠」。米国市民にも広がる反TPP運動 ですからオバマもロムニーもお互いに自分の基本的な支持基盤を強化しようと懸命なのです。
 ただし、米国の政治状況からいえば、大統領を決定するのは無党派層の動向です。2〜3割いる無党派層をつかまないと当選はおぼつかない。前回、オバマが勝てたのは無党派層を取り込んでいったから。だからロムニーにしてもどう無党派層を引きつけるかが課題になる。その意味では、オバマとロムニーはアンビバレントな状況で、お互いの支持基盤を固めようとすると無党派から反発されるという懸念もあるわけです。

(写真)
「ウォール街占拠」。米国市民にも広がる反TPP運動


◆医療保険改革も焦点に

 こういうなかで政策論争が起きてきますが、焦点のひとつは財政赤字問題です。お互いに財政赤字削減では一致するものの、具体的な政策では大きく違います。オバマはお金持ちへの増税と軍事費削減を主張し、ロムニーは歳出削減と単一増税を主張しています。この単一税制は所得に拘わらず同じ税率を適用するというもので昔からの保守派の主張です。そのうえで福祉プログラムをどんどん切るとの主張です。
 また、先ほど触れましたが、オバマ大統領が実施した国民皆保険制度的なものをめざした医療保険改革を共和党はどの候補者も即刻廃止すべきだと主張しています。
 さらに現在、この制度は憲法違反ではないかと最高裁で審議されています。
 米国の憲法には国民は自分の意思に基づいて契約することができるという条項があります。ところが、今回の医療保険改革、オバマケアは強制加入です。加入しないものにはペナルティが課せられる。だから国家が強制的に加入させるのは憲法違反ではないか、ということです。さらに共和党は連邦政府が憲法で与えられた権限を逸脱していると批判しています。
 これに対してオバマは、この改革によって数千万人もの無保険者がカバーされるようになったではないかと主張しています。が、自分で民間保険に加入できている人たちにとっては負担だけが増えていくということですから、共和党の富裕層は否定的だし、米国人には基本的には保険は自分で、という考えもある。
 最高裁の違憲判決は日本と異なりすぐに効力を発揮しますから、議会は判決に応じてすぐに修正するか、廃止するかを迫られる。それぐらい最高裁判決は大きい。ですから大統領選挙への影響は大きく、判決は6月にも出るとの見方もあるなかで、かりに違憲判決となればオバマにとっては大変なダメージになってしまう。なにしろ自分の唯一ともいえる成果が台無しになるわけですから。
 こういう主張の対立をみていると、実は国家のあり方を基本的に見直す時期に入ってきたということでもあると思います。
 今のような福祉国家の姿ができあがってきたのは1930年代の大恐慌以降ですね。日本も戦後からです。
 一方でこの間、経済的にはネオリベラリズムが影響力を増し、市場主義だ、競争主義だ、自己責任だと叫ばれ経済的には相当変わってきた。そこで今度は国家のあり方もネオリベラリズム的な見直しの時期に入ってきたということです。どこまで自覚するかに拘わらず歴史的に国のあり方、国がどこまで役割を果たさなければいけないかが問われている大きな転換点に来つつある。そういう大きな選択になるというのも今度の大統領選挙だということです。


◆雇用増をどう図るか?

 ただ、オバマとしては、選挙に勝つためには雇用を増やさなければならないわけです。国内での雇用創出はなかなか上手く行かない。そのためには輸出を増やすしかない。だからTPPにかける、ということです。以前から指摘されてきたことですが、彼の態度が変わったのは2010年の後半です。それが端的に表れたのが棚ざらしにしていた米韓FTAの締結です。もともと彼は自由貿易協定に反対でした。それが2010年の後半から変わってきたのは雇用対策の切り札がなくなってきたからです。
 TPPについては、米国の自動車業界と労働組合が反対しています。単純な話で、日本は輸入車に関税を掛けていないが、米国は関税を掛けている。TPP交渉で自動車関税がなくなれば日本車がもっと入ってくるからです。米国も一枚岩ではない。日本にとってTPPは農業に大打撃を与えるわけですが、豪州などは米国に輸出しようということになりますから、米国農業にとっても打撃になりかねない。だからTPP交渉は現実問題としては政治力によるギブアンドテイクということになると思います。
 ただ、日本の参加について米国などは何を懸念しているかといえば、日本は約束を守れるのか、日本政府に指導力があるのかということです。
 それでも米国は日本に参加してほしいと考えていると思います。日本が入るか入らないかで、国際的な意味合いは全然違ってくる。たとえばウォールストリート・ジャーナルは、「米国内ではTPPは全然注目されていない、しかし、日本が参加すれば注目されるようになるだろう」と書いています。


◆どうなる? 日米首脳会談

 オバマ政権にとって、TPPは相当付け焼き刃的な政策であって、当初のオバマの主張からは相当離れた政策です。しかし、政策的にはまったく手詰まりでここに至っている。だから、今度の日米首脳会談でTPPについて日本が参加を表明し合意できたとなれば、オバマは成果としてうたいあげることができる。
 しかも、9月から11月は大統領選挙でまったく交渉は動かせないでしょうから、米国は夏までに大枠を決めたい。TPP交渉は参加国間で9回も会合をしているわけですから、相当細かなところまで詰まっていると思います。米国政府は年内にTPP交渉を決着させたいと考えています。
 ここに日本が主張する余地を生むためには、この時期の首脳レベルでの政治決断が必要で、形だけでも参加に合意してほしい、ということもありえます。米国があくまで年内妥結をめざすのであれば、ということですが、オバマが立たされているこうした政治状況も考える必要があるということです。


◇    ◇

話を聞いて・・・

 米国の政治経済を長くウォッチしてきた中岡氏。オバマ大統領にとって日本のTPP参加表明は支持率を上げ再選を果たすために欠かせない、日米首脳会談でその成果を期待している――、との見立てだ。
 むろん野田首相がそんな手みやげを用意しているなら日本国民への背信行為だ。情報を開示し国民的議論を尽くすとの約束を国民が納得できるかたちで果たさなければならないことは言うまでもない。
 それにしても米国の手詰まり感の深刻さはどうだろう。ウォールストリート占拠運動の「99%対1%」という自らに向けられた告発を「都合よく変質させて自分の政治スローガンにしている」などと聞くと、「チェンジ」とはこんなことだったのかと愕然とする。
 内外ともに経済だ、成長だと叫んでいるが、「経済とは経世済民のことです」と高校時代の「倫理社会」担当教師に教えられたのを思い出す。
 問われているのは何か、今一度しっかり心にとどめたい。

 

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