はじめに供給面をみてみよう。新しく創設される戸別所得補償制度で、減反は選択制になった。補償金の定額部分は10アール当たり1万5千円になった。1ha農家を例にして考えよう。「生産数量目標に即した生産を行う」つまり減反を選択するのと、選択しないで思うぞんぶん米を作るのとで、どちらがソンかトクかを計算してみよう。
減反を選択したばあいは、収入は補償金の15万円だけ増える。減反を選択しないで米を0.14ha増産しても収入は15万円増える(政府資料で計算)。つまり減反参加農家よりも14%以上多く作れば、非参加農家の方が収入が増えてトクになる。
ただし、非減反農家は米価が下がったときには変動部分の補償金は交付されない。だからこの制度は一種の保険になっている、というのだろうが、それでも、14%以上増産して、収入を増やそうとする非減反農家が多くなることは充分に予想される。供給過剰による米価の下落が予想されるのである。
また、77万トンの輸入を減らす予定はないようだ。77万トンといえば、昨年のいわゆる過剰作付けをした分の米の26万トンをはるかに越える量である。供給過剰の底流には輸入米があるが、これを削減する予定はない。
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次に需要面をみてみよう。民主党の政策集では、備蓄は棚上げ方式、つまり備蓄米は平常時には主食用として売らない方式に変え、しかも300万トンに積み増しすることになっている。だが、具体的な計画はない。
また、農水大臣は、ある会合で米粉の需要を100万トンに増やしたいと言ったことがある。これは、農政の最重要課題である食糧自給率の向上の本筋であるばかりでなく、需要を飛躍的に増加させる政策でもある。だが、これも具体的な計画がない。昨年暮れに発表した新成長戦略では農商工連携を唱えているのだから、パン業者への強力かつ抜本的な支援策を設けるべきだろう。
もう1つ、流通面をみると、これからは戸別所得補償制度があるから、米価が下がっても農家はソンをしないという。ここには、農家にはカネさえ与えておけばよい、とする侮蔑的な農政思想が透けて見える。この点は前稿で述べたのでくり返さないが、ここで指摘したいのは、そこにつけ込んで業者の買い叩きが横行する心配である。買い手は、あらゆる手段を使って安く買おうとする。それは市場の活気の源泉だという。市場原理では、買い手は過剰利益がゼロになるまで安い価格を要求する。過剰利益の中には、補償金も含まれる。補助金分は、そっくり業者へ行ってしまうかもしれない。これに対して小規模な売り手が対抗するには、協同の力を強めるしかない。
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以上のように米価下落の懸念が山積している。これらを乗り越えるには、農協活動を強めるしかない。
農業者は、市場は農業が持つ多面的な価値を評価できないと考えている。市場は農産物の価値を正当に評価していない、だから、米価が不当に下がるのだ。そうした不正義で不完全な市場は政治が矯正しなければならない、と考えている。この点は歴代の政府も同じ認識である。歴代の政府はWTOなどの国際舞台でこの考えを強力に主張し、市場は万能だとする市場原理主義の主張に反対してきた。
これに反していまの政府は、市場は万能と考えているようだ。米価が下がれば農業者にカネを与えればよい、と考えているようだ。もしもそうなら、農業者による思想水準からの厳しい反発を受けるだろう。
今日から国会が始まる。こうした農業者の心情をふまえた議論の展開を望みたい。
(前回 戸別所得補償制度で米価引き下げか)
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