コラム

「正義派の農政論」

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【森島 賢】
TPPは日本農業壊滅の最終場面

 日本の農業は、いま、その存続を賭けた最終場面への入り口に立って、苦悩を深めている。今週、首相はTPPへの参加に向けた検討を始めることを、内外に宣言するかもしれない。
 15年前に、農産物は、関税を除いてすべての輸入障壁を取り除いた。その結果、食糧安保を確保する手段は関税だけになった。そうして、日本農業が壊滅へ至る最終場面への第1幕を開いた。
 その結果、食糧自給率を50%から40%にまで下げ、食糧安保を危機的状況に陥れた。
 こんどは、TPPに参加して、最後の手段の関税も全て捨て去ろうとしている。そうなれば、食糧安保を確保する手段は、全て無くなってしまう。
 舞台は大きく転換し、歴史に逆行して、いよいよ、日本農業が壊滅する最終場面の最終幕を迎えるだろう。

 農水省は、TPPに参加すれば、食糧自給率は14%に下がる、と試算している。つまり、農業は壊滅し、農村は崩壊し、食糧主権は放棄される。
 一方、世界の状況をみると、現在、ロシアは小麦の輸出を禁止している。そして、それを当然な食糧主権の行使として、非難する国はない。こうした状況の中で、日本は、食糧主権を放棄しようとしている。
 歴史を一歩すすめて、開国するのだ、という。だが、世界の飢餓人口が10億人を超えようとし、国連で食糧主権が叫ばれているいま、それは、歴史を一歩すすめる、のではなく、世界の歴史に逆らって、国際的な嘲笑を浴びる愚行になる。
 だが、政府の首脳部は、財界の主導で、農業を犠牲にし、農村を廃墟にし、食糧安保を捨て、食糧主権を放棄するという、日本の歴史を恥辱で汚す暴挙を犯そうとしている。
 いったい、農業、農村、食糧の廃墟の上に、どのように豊かで美しい日本を作る、というのか。

 いくら乱暴な政府でも、全ての関税を一気にゼロにするような蛮行に走ることはないだろう。たぶん長い年数をかけて関税をゼロにする、というだろう。また、米などの重要品目をいくつか選んで、猶予期間を作る、というだろう。
 しかし、そうした甘言に乗ってはいけない。それは、よくやる手段で、15年前もそうだった。米は特例として高率関税を維持してきた。だが、その代わりに理不尽なミニマム・アクセスで、輸入量を増やすことを義務づけられた。それに耐えかねて、米も特例措置を止めざるをえなくなった。
 こんども、同じような特例を作るかもしれない。だが、そうした悪魔のささやきに耳を傾けてはいけない。
 悪魔のささやきに惑わされたらどうなるか。やがて地球を覆う食糧不足の危機のなかで、農業を壊滅させた日本は、国際的な嘲笑ではなく、轟々たる非難を浴びるだろう。

 では、どうすればいいか。自由貿易圏を作るには、加盟する各国が、互いに多様な農業の共存を認めあい、当然だが、食糧主権を尊重しあうことを、必須の条件にすればよい。
 しかし、TPPに加盟しようとしているアメリカやオーストラリアなど、農産物の輸出大国は、この条件を認めないだろう。これらの国々と日本など東アジアの国々とでは、農業がおかれている風土的、歴史的条件が全く違い、それ故、農産物の貿易についての政策が、全く違うのである。つまり、全ての関税をゼロにすることが、TPPの基本原則である。
 アメリカなどを相手にして、この基本原則を覆す力量は、残念だが日本にはないだろう。アメリカなどとの約束に束縛されて、国益を守れない日本外交に、そうした力量はないだろう。せいぜい、15年前と同じように、米だけはご勘弁を、という屈辱的な土下座外交で、数年間の特例が許される程度だろう。
 だから、そうした食糧主権を認めない国々とともに、TPPへ参加することには反対するしかない。
 食糧主権を放棄したら、日本はどうなるか。やがて来る地球規模での食糧危機の中で、土下座外交どころか、食べ物を下さい、という哀れな物乞い外交に堕ちるだろう。

 そうではなくて、農業がおかれている風土的、歴史的条件が同じ東アジアの国々との間で、互いに食糧主権を認めあうことを必須の条件にして、自由貿易協定を結べばよい。
 しかも、いきなり多国間の協定ではなく、2国間の協定から始めるのが現実的だろう。日本外交の力量からみて、そのほうが交渉しやすいだろう。

 この際、もう1つ考えるべきことがある。それは貿易立国という政策理念である。
 貿易立国とは、国内の需要を増やすのではなく、外国の需要に依存して経済を発展させる政策だが、それでいいのか。しかも、農業の存続を否定し、農村を荒廃させ、食糧主権を放棄する政策でいいのか。
 日本農業が、壊滅へ向かう最終場面に入るかどうかの瀬戸際に立って、いまこそ、根本的に考え直すべき時である。

(前回 TPPは夢のまぼろし

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(2010.11.08)