日本はいま、2つの自由貿易圏のどちらに参加するか、という選択に直面している。
1つは、アメリカの核の傘の下にいて、価値観を共有し、同盟関係にあって、しかし経済が凋落しつつあるアメリカを中心にした自由貿易圏である。
もう1つは、同じ東アジアの風土のもとで、古代から文化を共有し、いま経済発展の著しい中国を中心にした自由貿易圏である。
この2つの自由貿易圏の構想に挟まれて、それぞれに、どういう間合いをとって参加するか、という選択を迫られているのである。
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この選択は、パックス・アメリカーナの終焉、つまり、アメリカによる、経済力と軍事力を背景にした世界秩序の維持、という支配体制の終焉に臨み、次はアメリカに代わって中国によるパックス・シニカだ、といわれる中で、日本はその立ち位置をどこにとるか、という歴史的な選択でもある。
そして、それはまた、第2次大戦前夜のように、世界経済のブロック化によって、戦争の危険をも孕むような事態の中での選択でもある。
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アメリカが主導するTPPに乗り遅れると、日本農業は生き残れるが、日本経済は沈没する。そうなれば、農業が生き残っても、農村の若い人は兼業する機会がなくなり失業する、それでいいのか、という脅しがある。この脅しにたじろぐ人が少なくない。
また、TPPに参加すれば、食糧の価格は安くなるし、経済が再生し、働く機会が増えるから、賃金が上がる、として賛成する人も少なくない。
しかし、騙されてはならない。TPPに参加すれば、以下で述べるように、日本経済は繁栄するかもしれないが、しかし、その果実は、農家の兼業者など多くの労働者にまでは届かないだろう。それどころか、農家の兼業者などの労働者を犠牲にした、不正義のもとでの繁栄になるだろう。
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TPPは、農産物貿易の自由化を重要な目的にしている。だが、それだけを目的にしている訳ではない。特に問題なのは、EUのように、労働者の国境を越えた移動の自由化を重要な目的にすることである。EUの加盟諸国と異なり、風土と歴史と文化の違いを無視して、労働者の移動を自由化しようというのである。
とりあえずは、そのための突破口として、介護などの特殊な労働者の移動を取り上げるだろう。だが、こうした政治哲学を容認するなら、やがて、普通の労働者の移動も自由化することになる。
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そうなれば、自由貿易圏内の労賃は同じになる。例えば、中国の労賃は日本の約10分の1だから、中国の労働者が大量に日本に来るだろう。その結果、日本人の賃金は下がり、中国人の賃金に限りなく近づくことになる。
日本人の労働者が、その賃金では生活できないから不満だ、というなら会社を辞めるしかない。会社は、代わりにもっと賃金が安い中国人労働者を雇うだろう。だから、会社は困るどころか、賃金が下がることを歓迎するだろう。
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それゆえ、経団連会長の発言として伝えられるように、目先しか見えない財界の一部は、日本への移民を奨励せよと主張するし、そのために、TPPに乗り遅れるな、と脅すのである。そして、それに一部のマスコミが追随している。
このように、TPPが目ざす自由経済は、やがて、ジャングルの掟が支配する世界になる。力の弱いものは、強いものの脅しに怯えながら、自己責任で生きるしかない。そこには正義はない。
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こうしたことを全て受け入れよ、という主張なら、論理は一貫する。だが、その結果は、国益に反して日本の農業が壊滅するだけでなく、農家の若い兼業者の賃金が下がり、やがて農村は失業者だらけになる。そうなれば、都市も同じ経過をたどって失業者だらけになるだろう。
つまり、こうした主張は、大多数のまじめに働いている国民に、背を向けた主張なのである。
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この主張の行きつく先には、これまで先人たちが培ってきた失業率の低い、安定した、安全な日本の社会を根底から覆し、某国のように、わが身は自己責任で守る、という銃社会に変えようという主張が待っている。まさにジャングルへの招待である。
このように、TPPは、農業問題だけでなく、労働問題を、さらに、これまでの安定した日本の社会と文化を根底から覆すような、つまり、国の形を変えるような、重大な問題を抱えているのである。
(前回 民主党農政の中間評価が正月に決まる)
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