コラム

「正義派の農政論」

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【森島 賢】
農業に疎い民主党

 先週、首相は日本国債の格付けが引き下げられたことについて記者から聞かれ、そういうことには疎いので、と答え、物議を醸している。
 疎いのは、経済だけではない。農業についても疎いのではないか。
 そして、首相だけではない、民主党の多数は、いわゆる市民派で、農業に疎いようだ。だが、民主党の中にも、少数ではあるが、農村派がいる。
 平成の開国などと大げさに言って、農政の大転換をしようとしている今こそ、両派の間で現実を熟視した真摯な議論が求められている。
 09年の政権交替で原動力になったのは農村票だったことを、思い出してほしいものだ。それは、民主党政権の原点なのだ。
 農村派の支持が得られないままで、政権は維持できないだろう。

 民主党が農業に疎いと思われる点はいくつかあるが、ここでは、重要な点を2つ取り上げて批判したい。
 1つは、TPPと農業が両立できる、という間違った考えと、もう1つは、いまの農業危機の原因は何か、という点の間違った認識である。

 首相は、6月までにTPPに参加することを決めたいようだ。それまでの5か月で、TPPと農業を両立させるための対策を考えるという。
 対策の柱は、戸別所得補償制度の充実と、農産物の輸出振興だという。
 ここで取り上げたい問題点は、輸出の振興対策である。日本の農産物は旨いから、もっと輸出できるというわけだ。
 農業に疎い人たちが、農産物を米などの穀物と、野菜や果物などとを分けず、いっしょくたに考えていることが問題である。

 政治の最も重要な責務は、いうまでもなく食糧の確保である。だから、農業を壊滅させるような政策は許されない。
 そのさい、食糧の確保とは、米など穀物の確保であって、あえて言えば、野菜や果物の確保ではない。このことを、きちんと認識すべきである。

 日本の野菜や果物は、たしかに旨い。だから、もっと沢山輸出できるかもしれない。ここに異論を差しはさむつもりはないし、その輸出振興に異を唱えるつもりもない。
 しかし、日本の米が旨いという認識は誤りである。それは日本人の独りよがりである。
 中国を含め、世界の大多数の人は、日本米のような、ねばねばしたジャポニカ米よりも、パサパサしたインディカ米の方が旨い、という食味感をもっている。だから世界の大多数の人は、旨いインディカ米を作り、旨いインディカ米を食べているのである。
 だから、米の輸出振興によって、TPPと農業を両立させるという政策は成功しないだろう。それは、努力すれば何とかなる、というものではない。

 民主党が農業に疎いと思える、もう1つの点は、農業危機の原因についての認識である。
 首相は、TPPに参加しても、参加しなくても、いまの農業は若い後継者が少なく、耕作放棄地は増え続けていて、存続の危機にあるという。だから、そこから脱出することが急務だという。
 ここまでは同感できる。しかし、危機の原因はどこにあるかという認識で、農業に疎いことが露呈する。

 民主党は、若い後継者が少なく、耕作放棄地が増えるのは、農地法などの法制度に原因があるからだ、という。
 だが、そうではない。原因は、農業では食えないからである。
 若い人で、農業を始めたい人は大勢いる。だが、親たちは、農業では世間並みに食っていけないことを説明し、諦めるように説得する。そうすると、若い人は納得して諦める。こうして、後継者が少なくなり、耕作放棄地が増えるのである。

 TPPに参加すれば、こうした危機を、ますます深めることになる。農業では食えない、という状態がもっとひどくなる。このことを、民主党はきちんと認識すべきである。
 危機を脱出する方法は、開国などと言って、いまや財界の忠実な代弁者に成り果ててしまったマスコミを使って、大げさに囃し立て、TPPに参加して、悪名高い市場原理主義を農政の中に全面的に取り入れることではない。
 市場原理主義農政への決別は、民主党農政の原点ではなかったか。それを否定して、無謀な転換をするのではなく、これまで民主党が目指し、大多数の国民から支持されてきた食糧自給率向上のための農政を堅持し、この政策に貢献する全ての農業者が、世間並みに食えるようにしなければならない。


(前回 アジアに背を向けるTPP
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(2011.01.31)