コラム

「正義派の農政論」

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【森島 賢】
TPPで国民皆保険も崩壊し、医療難民が続出する

 TPPが崩壊させるのは、農業だけではない。日本の国のかたちを変えるほどの大きな影響を各方面に及ぼす。日本をアメリカ主導による市場原理主義の一色に染め上げるからである。
 ここでは、医療問題、ことに農村での介護を含む医療問題を考えよう。
 TPPに参加すれば、市場原理のもとで、株式会社による、営利だけを唯1つの目的にした病院経営や医療保険が運営されることになるだろう。しかも、外国資本が病院や保険の経営に参入する。そうして、採算がとれない農村地域や診療部門は切り捨てられる。
 また、採算を維持するために、民間の保険会社に高額な保険料を支払える高所得者だけが、高度な医療を受けられ、低所得者は限られた医療しか受けられなくなる。安価な公的医療保険でしか支払えず、採算がとれない低所得の患者は切り捨てられ、医療難民が続出する。受診をあきらめる人も出てくるだろう。
 このようにして、第2次大戦後、先人たちが築き上げた、世界に誇る国民皆保険制度は崩壊する。それは、全ての国民に健康な生活を保障した、輝かしい憲法25条を踏みにじることになる。
 このことを、全国の病院や医師で組織する日本医師会が鋭く警告している。

 アメリカでは、すでに現在、公的な医療保険ではなく、民間の医療保険が主流になっている。そのため、高額の保険料を払えない低所得者が増え、医療の恩恵に浴せない人が続出し、医療格差が広がっている。
 だから、アメリカ主導のTPPに参加すれば、世界基準という名前のアメリカ基準を押し付けられて、日本でも医療格差が広がるだろう。
 日本でも、いま、国民健康保険などの公的な医療保険で支払ができる医療の範囲を縮小させ、自費で支払うか、または民間の高額な医療保険に入って、その保険金で支払う、いわゆる自由診療を拡大させる動きがある。それは、すでに一部で、混合診療という名前で始まっている。TPPに参加すれば、その動きを全面的に拡大することになる。
 その影響は、特に公的な保険医療の比重の高い農村地域での医療に、甚大な影響を及ぼすことになる。
 また、農村で、医療と密接にかかわる介護問題で、その中核になって、厚い信頼のもとで、懸命に取り組んでいる農協の運営にも大きな影響を及ぼすだろう。

 こうした状況のもとで、先月の26日に、日本医師会はTPPに対する危機感を表明した。それは、TPPに参加すれば、日本とは医療教育の水準が違う外国人医師が診療に参加するようになり、また、外国資本が営利目的で病院経営に参加して、自由診療を拡大するだろう、という危機感の表明だった。
 一方、財政不足という理由で公的な医療保険を適用できる診療行為は、狭く制限される。つまり、国民皆保険のもとで、低所得者でも誰でも診療を受けられる制度は縮小される。
 それに代わって、高所得者だけが利用できる高額な自由診療が広く認められ拡大する。それは、財政支出の削減にもなるし、病院の収入の増加にもなる。いいことずくめ、という訳である。

 だが、それでは日本医師会が指摘するように、TPPへの参加で日本の医療に市場原理主義が持ち込まれれば、国民皆保険は崩壊しかねない。犠牲になるのは、民間の保険会社に高額の保険料を支払えない低所得者である。
 原理主義の経済学には、患者が終末を迎えるまでの医療費を最小にする、という考えがある。余命の短い病気がちの高齢者は、カネをかけずに早く死ね、と言いたいようだ。
 TPPはこのような、市場原理主義という悪魔の思想に支配されている。

 TPPに参加して、こうした医療制度に変えることを許してはならない。
 それによる苦痛は患者だけのものではない。いま健康な人でも、その大部分は、やがて病気になり、患者になる。
 それだけではない。医師や看護師などが抱く、医療格差に対する心の中の深い苦悩は、計りしれないものになるだろう。

 医師を志した若き日に、男女にかかわらず、また、経済的地位にかかわらず、すべての病める人に医療を尽くす、というヒポクラテスの誓いを神に捧げた人たち、看護師を志して、病める人のために我が身を捧げる、というナイチンゲールの誓いを神の前で厳かに誓った人たち、こうした崇高な志を持った人たちが、熱い使命感に燃えて医療に専念しつづけられる制度を追求しなければならない。それは政治の責任である。
 市場原理主義の思想に支配されたTPPに参加して、それを妨げる政治を、決して行ってはならない。

(本稿は、その多くを、宇沢弘文・鴨下重彦編著の「社会的共通資本としての医療」に依拠した)

 

(前回 TPP前哨戦の日豪EPA交渉が始まった

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(2011.02.14)