さて、ここで唐突のようだが、K君のことを話したい。私のゼミナールの学生だった男である。
彼は、おばあちゃんの濃やかな愛に包まれて、大事にだいじに育てられた、心のやさしい好青年だった。クラスの友人たちから尊敬を集めた、というよりも、下級生たちから慕われた明るい人気者だった。
家では、大好きなおばあちゃんを懸命に介護していた。だが、とうとう亡くなってしまった。彼は深い悲しみに沈んだ。
その時から、自分の一生は介護の仕事に捧げることを、心に固く誓った。
そして、私のゼミで介護についての優れた論文を書いて卒業した後、社会福祉学部に再入学して専門の勉強をし、その後、介護施設で働いていた。
だが、数年後に、そこを辞めてしまった。あまりにも劣悪な労働条件、つまり、長労働時間と低賃金に絶望したようだ。
その後、当時の政府は、看護師や介護士が不足しているとして、外国人を受け入れることにした。
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この欄の、いつもの調子と変わって、物語り風になってしまったが、元に戻そう。
最近になって、いくつかの動きがある。
昨年11月に政府が決めた自由化の基本方針のなかでは、自由化に伴う国内対策に、農業と並んで人の移動を取り上げている。人、つまり、労働者の国際間移動の自由化を前提にした国内対策である。
先週の新聞報道によれば、外相は外国人の看護師や介護士を増やしたいと言った。また、様々な分野の外国人研修生の受け入れを充実させなければならない、とも言った。研修生とはいっても、それは名前ばかりで、実は労働者と同じことである。
先々月、経団連の会長は、移民の受け入れを主張した。研修生という名前も捨てた、ずばり、普通の労働者の受け入れの主張である。
また、某大新聞は、人材鎖国という妙な言葉を使って、労働移動の自由化を執拗に主張している。
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外相発言は、こうした主張に応えたものだろう。TPPに参加すれば、こうした勢いが、一気に強まるに違いない。TPPは、一般労働者の国境を越えた移動の自由化が理念なのである。
そうなれば、低所得の外国から来る労働者の、安い賃金に引きずられて、日本人労働者の賃金は、止めどもなく下がるだろう。
こうした政策を連合は支持するのだろうか。
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K君は、こうした状況の中で介護に絶望し、曲折した人生を歩むようになった。彼は、小泉改革による介護労働の破壊、したがって、介護制度の崩壊の真っただ中で翻弄され、絶望に至ったのである。
いまの政府は、TPPに参加して小泉改革に戻り、さらに徹底させようとしている。
それは、菅首相が唱えている、福祉を重視する第3の道ではない。鳩山前首相がいう友愛の政治でもない。それは、小泉元首相がつき進んだ、そして菅首相が強く否定する、まさしく第2の道である。つまり、一部の財界の目先の私利私欲だけを追及し、大多数の国民を顧みない政策である。
現首相も前首相も、当初に抱いていた高い志は、こうした小泉政治との決別ではなかったのか。大多数の国民は、そこに希望を託して政権を交代させたのだ。
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現政府の最大の支持組織である連合に望みたい。連合は、TPP参加に賛成する姿勢を再検討したらどうだろうか。そして、TPP参加に固執して、政権を奪われそうな現政府に対し、友情をこめて、TPPへの参加促進からの名誉ある撤退を進言したらどうか。
それとも、このまま盲目的な支持を続け、国民からの孤立を選択し、歴史を汚す不名誉を、政府と共に分かち合うのだろうか。
(外相は、外国人から献金を受け取った責任をとり、昨夜辞表を出した)
(前回 TPP参加のための、浅薄な開国フォーラム)
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