先週、政府が発表した統計資料によれば、2010年の水田作農家の農業所得は48万円になった。前年と比べると37%の増加、ということで話題になっている。
その原因は所得補償制度の新しい発足にある。この制度が「評判がいい」というのは、このことを指している。
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資料の中の一部を表で示した。
まず指摘しておかねばならぬことは、48万円とはいうが、854時間働いても48万円にしかならなかったことである。1時間あたりでは556円である。これでは最低賃金法に基づく最低賃金の全国平均の737円を、はるかに下回っている。
所得補償制度を高く評価できるとはいっても、この程度である。早急に改善しなければならない。この問題は、別稿にゆずって、本稿では所得補償制度に注目しよう。
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この表をみると、所得補償制度による補償金は53万円支払われたことが分かる。
だから、もしもこの制度がなかったら、農業所得はマイナス5万円(48万円ー53万円)になっていたことになる。854時間はタダ働きどころか、854時間働いて5万円の借金を残したことになっただろう。
だが、この制度があったので、そうした事態にならなかった。この点で、この制度は高く評価できる。
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補償金の53万円は、稲作収入、つまり、コメの代金の120万円と比べると、それほど多い金額ではない。この程度なら、財界も渋々ながら容認するだろう。
だが、この制度を充実させれば、TPPに加盟しても日本の農業は続けられる、と考えるなら、それは大きな間違いである。実際に、そのように考えている人は少なくない。
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間違いは、TPPに加盟したばあい、稲作収入がどれほど少なくなるか、という点にある。
某氏がいうように、TPPに加盟して関税ゼロのコメが自由に輸入されても、米価は1〜2割しか下がらないとすれば、どうなるか。稲作収入は約20万円少なくなって100万円になる。だから、補償金を20万円増やして73万円にすればいい。この程度なら財界も我慢の限界内だろう。
だが、これは間違いである。それほど甘くはない。間違いの元は、米価が1〜2割しか下がらない、という想定にある。
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以前、この欄で述べたが、TPPに加盟して、関税がゼロになれば、米価は5分の1程度にまで下がる。そうなると、事態は某氏が想定したものとは全く違った展開になる。
このときの試算を表の右側に示した。
米価が5分の1に下がるのだから、稲作収入も5分の1になって、24万円になる。農業所得をいまの48万円に保つには、補償金を149万円に増やさねばならなくなる。
そうなると、政治に責任を持たず、私利私欲に目がくらんだ財界の我慢の限界を超えるだろう。そして、財界寄りの政治家は、補償金を値切ることになる。そうなれば、農業者は、やっていけない。この事態の行きつく先は、日本のコメの切り捨てであり、食糧安保の放棄である。
所得補償制度の隠されたトゲが、日本農業に致命的な傷を及ぼす、というのは、このことを指している。それは、日本全体の命とりになる。
このトゲは抜き取らねばならない。だから、多くの国民は関税ゼロのTPP加盟に反対しているのである。
(前々回 TPPは中国包囲網)
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