砂川博紀・JAおきなわ代表理事理事長に聞く
農業産出額1000億円をめざして
◆県内農協の危機を回避するために
今村 有人の島だけで49もあり、気候条件も農業も多彩な県内を一つの農協に統合した理由をお話ください。
砂川 昭和50年代には県内に53農協ありました。その当時から合併構想が進められ、平成12年には28農協になりました。そのうち広域農協が6〜7ある一方で小さな島々の農協や本島でも合併していない農協もありました。
そうした28農協のうち8農協が債務超過に陥り、その総額は350億円にものぼりました。28農協のうち健全(青色)なのは3分の1、黄色が3分の1そして残りの3分の1が赤字でしたから、健全な農協に受皿になってもらう合併構想を作成し、13年1月に農協大会を開いて合併を決定。3月に全農協と連合会・中央会による合併推進局を設置。同時に、県知事を会長に農協組合長の代表、市町村の代表で構成する合併推進協議会をつくり、一気に進めました。
今村 反対する農協はなかった…
砂川 ありましたが、県知事や県のトップも説得にまわってくれ、14年4月1日にJAおきなわが誕生しました。17年8月には経済連と信連の事業を承継し、名実ともに一つの農協になりました。
今村 さまざまな苦労があったわけですね。
砂川 350億円の債務超過を埋めるために債務超過8JAの全組合員の出資金を1000円(1口)に減資しその減資額65億円を赤字の補填にあてました。さらに破綻した地区の役員責任を10年前まで遡って追求し、金額(1億6400万円)を確定して請求しました。そして全国支援248億円と県域支援33億円をいただきました。
◆合併の話は「言うも涙、聞くも涙」だ
砂川 合併当初の自己資本比率は6.4%なので、貸付は規制されるし、売掛もするなということでしたから「良くなるために農協合併したのに」と組合員からはお叱りを受けました。
そこで農協の役職員は自己資本比率を高めるために役員は年報酬の3割を、職員は基本給の3割を出資することを2年間続けることにしました。
今村 よくやれたね。
砂川 役職員共済会に役職員の増資を促進するため「長期・低利」のローンを創設し、一機に13億円の増資を実現しました。それでも足りないので、県の外郭団体などを中心に優先出資を受け入れたり、劣後ローンを組んだりして、自己資本増強計画に取り組み、21年度末の自己資本比率は10.78%となりました。
今村 他にはあまりみられないことですね。
砂川 よく各県から合併の話をしてくれという依頼がありますが、合併の話は「言うのも聞くのも涙」ですよ、私にとっては…。
◆単一農協になり信頼感が向上
今村 合併のメリットとしては…。
砂川 全国支援などを受けて不良債権を一掃できたことと、県単一農協になったことで、組合員・利用者の信頼感・安心感が向上したことが第一です。そして連合会を統合したことで、物的資源だけではなく、さまざまなノウハウをもった人材が農協に加わったことと、組織・事業の二段方式が実現したことです。そしてムダな部分をなくし事業管理費を圧縮したり、地区営農センターによる広域的な営農指導や集出荷施設利用の広域化など、効率的な事業運営ができるようになりました。
さらに地域や資金力にとらわれない新規投資や既存施設の修繕など、効果的な設備投資ができるようになったことです。ファーマーズマーケットがその良い例だといえます。また、JAグループとしての意思反映の迅速化あるいは指揮命令系統の簡素化も合併のメリットだといえます。
◆農家戸数減るが専業は減らず
今村 農協の資料をみて驚いたのは、農家数は減っているのに、専業農家数が減っていないことです(図参照)。そして、法人経営も増え、新規就農者も毎年100人程度あることも特徴的だと感じました。
沖縄の基幹作物といわれるサトウキビの生産は昭和60年の374億円から平成20年には197億円に縮小していますが、畜産とか野菜や花のウェイトが高くなっていますね。ゴーヤとか沖縄独得の品目がありますが、亜熱帯という立地条件を活かした農業ができるのではないかと思いますが、沖縄の地域興し、島興しについてはどう考えていますか。
砂川 沖縄は49の有人島があって、そこに52基幹支店と63地域支店を配置しています。農協の経営という観点でみると、赤字の支店もありますが離島におけるライフラインとして必要だということで小さな島々にも支店をおいています。
そうした島々の多くでは、台風や旱魃にきわめて強い作物であるサトウキビが生産され、農業が継続されてきたので、専業農家が多いわけです。
今村 基幹作物ですからベースとして必要だと思いますが、お年寄りが増えて難しくなっていませんか。
砂川 高齢化は進み、65歳以上が6割近くになっています。
◆ファーマーズマーケットが生きがいに
今村 お年寄りはみんな知恵と技能・技術をもっていますから農村の高齢者を私は「高齢技能者」と呼んでいます。その人たちと女性たちが一緒に野菜づくりなどで働いてもらうことです。
沖縄の立地条件のなかで伝統作物でいま作られていないのがいっぱいあると思います。それを大学や研究所と協力して食べるだけではなく、化粧品や薬品などに加工・開発し、それをお年寄りや女性につくってもらうようにすることだと思います。
砂川 沖縄には在来の島野菜とか薬草がいろいろありますし、それに目をつけている企業もあります。
今村 女性は元気でしょう。だから女性部ではなく女性の正組合員化を進める…
砂川 女性の正組合員化は進めています。
お年寄りも女性もファーマーズマーケットができて元気になりましたね。
今村 自分で値段をつけるために調べて考えますから、認知症の予防にもなります。
砂川 80歳代になっても元気に農業をしてファーマーズマーケットに出し、生きがいになっています。
今村 ファーマーズを本土に出店してはどうですか。そのとき加工したり、冷凍すれば生より量は半減しますから輸送費を抑えることもできます。
(写真)ファーマーズマーケットが新たな市場を形成した
◆特産物の加工・販売戦略を明確に
今村 「JAは地域の生命線」といわれ、「やはり沖縄しかない」といわれるものを作るために、基幹作物であるサトウキビ以外で花咲かせるものを開発するのが農協の役割ではないでしょうか。
砂川 おっしゃる通りです。サトウキビと牛は基幹ですからきちんとやりますが、それをベースにして、どう園芸作物を増やしていくのかと考えています。そのときに、南国ですから加温は必要ありませんが、風除け雨除けは必要ですから施設化を進めて生産性をあげて、冬春期に本土に出荷するようにしています。そのときに問題となるのが輸送コストがかかることです。そのために離島では、輸送費を工場が負担してくれるサトウキビとか肉用牛しか生産できないというところもあるわけです。
今村 いっぺんにはいきませんから、当面の重点作物、2〜3年先の重点、5年先の戦略作物を考えること、そして徹底して私の言ってきた農業の6次産業化を進めることが大事ですね。
砂川 JA大会では農業産出額1000億円をめざすことを決議しましたし、農協も今年度から24年度までの「第4次中期経営計画」を決め取組んでいます。そのなかでは、沖縄特産の農畜産物の新技術開発による生産・加工・販売戦略の方向を決め、農協の役割を明確にし、外食とか加工さらに量販店などとのネットワークを形成していくことにしています。
今村 農協がさらに発展するための材料がいっぱいありそうだと思います。
(写真)サトウキビ畑。手前と右下は発芽したばかりのサトウキビ(石垣島で)
新しい地平を拓きつつあるJAおきなわ
たび重なる苦難を乗り越え新生JAおきなわは、「JAは地域の生命線」を旗印に、新しい地平を拓きつつある。
沖縄を語るには、第二次大戦下の惨状、長きにわたる占領体制、それからの復興の道筋を語らなければ現状は理解できないが、ここでは省略せざるをえない。
今回は、沖縄本島のごく一部と石垣島の一端を調査したにすぎないが、結論として、沖縄農業は前途洋々であり、それを指導し組織して発展させるJAおきなわの使命は、ますます大きいと断言することができる。
沖縄の島々のもつ気候風土の潜在能力と可能性を活かし、土地や海の持つすぐれた資源を生かし、歴史が培ってきた伝統技術と現代科学が生みだした多彩な先端技術を踏まえ、新生JAおきなわのもつ潜在的組織力とリーダーシップを発揮するならば、近未来(5〜10年先)の沖縄農業は、光り輝く展望を日本農業の中に示すのではなかろうか。
(今村奈良臣)
(関連記事:今村奈良臣教授の総論)
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現地ルポ
「人間力」の発揮がJAへの信頼を深める
◆台風がミネラルを運んでくる
沖縄は「台風銀座」といわれているので、台風が襲来すれば農作物に「塩害」が発生すると思っていた。ところが「台風は単なる災害ではないですよ。海のミネラルを撒いてくれるし、病害虫を掃除してくれる。もし台風がなくなれば沖縄の基幹作物のサトウキビは育たないのではないか」という。
サトウキビは、不要なナトリウムなどを葉から蒸散し、「害のない海のミネラルだけを吸収する」。これを原料とする黒糖はミネラル分が多く、体にも良いのだと、沖縄本島南部の糸満で農業を営む山城学さんはいう。
山城さんの事務所の隅には段ボール箱に入った農業用「ニガリ」が置かれている。必要に応じて薄めてハウスや露地に撒くという。
山城さんが子どものころ、「海が荒れて潮風があたると作物がよく育つと大人がいっていた」というから、昔から分かっていたのだ。だが「風台風は困る」。雨で薄めてくれないと「塩害」が起きるからだ。
台風の通り道である南大東島では、昔からそして今でもサトウキビが農業の大半(8割)を占めていることも納得できる。石垣島では、牛を放牧して育てているが、そうしたミネラル豊かな草を食べているから「石垣牛は旨いんだ」と自慢された。
山城さんの話には、全国の生産現場を歩いてきた今村先生もびっくりだったが、人びとはそれぞれの土地や台風などの気象条件と上手に共生して農業を営んできているのだということを改めて実感させてくれた。
(写真)上:石垣島では牧草地が数多く広がっている
下:希釈してハウスや畑にまく「にがり」
◆サトウキビを基幹に肉用牛や沖縄野菜を
沖縄の農業産出額はここ10年ほど900億円台で推移し、20年は総額920億円だった。これを作物別にみると、サトウキビが197億円で21.4%を占め、次いで肉用牛が141億円(15.3%)、そして野菜と花きがそれぞれ119億円(12.9%)と、この4品目で62.5%を占めている。
サトウキビは昭和60年ころの約半分に生産額は落ちてはいるが、台風で倒れても数日もすれば立ち上がってくるなど「台風耐性」に優れていること、国からの交付金もあり、栽培面積の5割を占める基幹作物となっている。
野菜類では、沖縄の代表ともいえるゴーヤーをトップにオクラ、カボチャ、インゲン、トマト、ピーマン、冬瓜、キュウリ、レタス、ハーブ類、キャベツ、チンゲン菜、ラッキョウが1億円以上出荷している。このうち、ハーブ類は全量、オクラ・カボチャ・インゲン、ピーマン・冬瓜は8割以上が、ゴーヤー・レタスの5割が県外へ出荷されている。
花きは、平成に入って伸びてきたが、最近は出荷本数は横ばいだが、金額的にはやや減少傾向にある。
沖縄といえば熱帯果樹を思い浮かべるが、マンゴーを主力に、最近はドラゴンフルーツやパッションフルーツも作られ、毎年40億円台を産出している。
しかし、ゴーヤーに典型的にみられるように、かつては本土ではほとんど知られていなかったが、JAおきなわなどの販売努力でしだいに認知度が高まると、全国各地で栽培され価格が押し下げられた。しかも消費市場から遠いために輸送コストがかかり、沖縄のゴーヤー生産者の所得を低下させてきている。花きも含めて九州など本土の産地と競合する品目では、輸送コストの問題が大きな課題となっている。
(写真)毎年のように襲う干ばつ被害をなくすため石垣島ではダム、宮古島や本島南部などでは地下ダムがつくられている。写真は石垣島の底原ダム
◆全量受入で共販率を“V字回復”
JA全体として系統共販率が下がってきている。その要因の一つとして規格外品の取扱い問題がある。JAでは規格外品は受付ないが、規格外品を含む全量つまり“畑ごと”買い取ることでJAとの差別化を図る業者がいる。その典型が宮古島のカボチャだ。宮古島のカボチャ生産量は平成8年の204tから18年には1190tと約6倍に増えているが、JAの取扱量は17年の417tから19年には135tへ激減した。
そのためJAは20年度から全量を受け入れ(受託販売)、規格外品は各地のファーマーズマーケットで販売することにし20年度は327t、21年度は目標の512tを上回る574tの実績をあげV字回復した。この経験から「規格外品の取扱いが非常に重要になってくる。買取販売を含めたさまざまな手法を凝らして原則全量取扱いの道を開くことが肝要」だとJAは考えている。
耕種部門で今村先生が注目した事業がある。小禄支店のハーブ契約販売だ。本土の食品会社と契約し十数名の生産者がバジルなど11種のハーブを生産し、JAが運営するハーブセンターで選別・包装し指定日時に指定場所に納品するというもの。
契約栽培で安定した収入が確保できること、センターの作業のため40名近い雇用を創出していることから、今後さらに拡大できればということだ。
(写真)契約販売のハーブを選別(JAハーブセンターで)
◆地域ブランド取得で島の6割が「石垣牛」に
沖縄の農業を支えるもう一つの柱が畜産、とりわけ肉用牛の生産だ。肉用牛は昭和60年には飼養頭数4万頭・産出額50億円だったが、平成12年には飼養頭数が8万頭を超え産出額も126億円を超える基幹品目となった。
その中核を担っているのが八重山地区だ。JAの八重山地区本部の山田惠昌本部長によれば石垣・竹富・与那国の八重山地区で県内肉用牛の41%・3万5300頭(20年12月)が飼養されているという。そして昭和60年にはJA八重山支店管内の取扱総額の2割だった肉用牛の割合が今では6割にまで拡大した。
またこの地区には八重山家畜市場と黒島家畜市場の2つの指定市場があり生体取引が行われているが、取引される子牛の約95%は九州地方を主に県外へ移出されている。
八重山地区の肉用牛は、未利用地・低利用地を活用した大規模な草地基盤が整備され、海水のミネラルをたっぷり含んだ草を食べる放牧飼育がされていることもあって、和牛に求められる良好な肉質が好評だ。
平成20年には「石垣牛」の商標で「地域団体商標」(地域ブランド)を取得。この年には石垣市の多宇司・明子夫妻(つかさ牧場)が第47回農林水産祭・畜産部門の天皇賞を受賞した。観光客が年間70万人以上来島する石垣はもちろん、那覇市内でも石垣牛と復活をめざす伝統の「あぐー豚」が食べられるという幟を良く見るが、県あげてのバックアップ体制が強力だ。
(写真)海のミネラルをたっぷり含んだ草を食べ良好な肉質が好評な「石垣牛」
◆年間50億円を視野にファーマーズを拡大
石垣牛と同様に元気なのがファーマーズマーケット(FM)だ。合併の年14年11月に第1号店として糸満市に「うまんちゅ市場」がオープン。8年目を迎えるが、21年度実績は12億万円超・客数80万人超と、全国でも有数のFMだ。17年12月に宮古市に「あたらす市場」、18年11月に北部の名護市に「やんばる市場」、19年11月に中部の沖縄市に「ちゃんぷーる市場」そして20年12月に那覇空港近くの豊見城市に沖縄では珍しい女性店長の「菜々色畑」を開設した。
21年度末の実績は全店で241万人が来店し38億円の実績をあげた。今年度は「13億円は超える」という「うまんちゅ市場」山城英則店長が言うように全体では40億円超えは間違いないだろう。23年度には、宜野湾、読谷そして石垣に出店することが決まっており、FMがさらに拡大し、当面の目標であった50億円の大台が視野に入ってきた。
この約40億円のFMの売上げは「従来の販売事業の上にオンした」もので、新たな市場を作ったと農業事業本部の統括・戦略担当の普天間朝重常務。本島の4店舗をみたが、9月末という時期もあってニンジンなどの根菜類が県外産だったのが残念だったが、ヘチマ、野菜パパイヤ、モーウイ(白うり)などの果菜類、エンサイ、シビランなどの葉物そしてシークワサやカーブチといったかんきつ類など、沖縄らしい農産物が並んでいた。
何人かの生産者に話を聞いたが「FMができてよかった」とか、「生きがいだね」という80歳のおじいさんもいた。そして「あのときはどうなるかと思ったが、合併して農協が一つになったからできたんだね」という声もあった。
合併してよかったことに「JAがライフラインを確保してくれている」こともある。それは、離島でAコープと同様の機能を果たしている支店(購買店舗)のことだ。採算だけでみれば存続は厳しいが、この店舗がなくなれば島での生活がなりたたなくなるので、ライフラインとして位置づけ運営されている。
(写真)
上:FM店頭では島バナナなど果樹も豊富だ
下:空港が近いので7割が観光客と語る「菜々色畑」の大城三千代店長
◆農業人口減っても減らぬ専業農家
最後に、農業人口は減っているのに、なぜ専業農家が減らないのかと普天間常務に聞いた。一つは、果樹・花き・肉用牛などの施設型農業が急増し、その後も安定して推移していること。そしてJAも補助事業を活用した施設の導入に積極的に取組んできた。さらにFMの設置で農家の販路が拡大したこと。また、沖縄県の特徴として多くの離島があり、離島においてサトウキビの大規模経営が継続していることをあげた。
これに今回は触れなかったがTACの存在を加えたい。
全県で500万円以上販売する農家が1660戸ある。JAでは、この生産者への対応は、従来の部会など組織的対応では難しくなるので、「個別対応」しJAとの関係を深める必要があると考え、早くから担い手対応に取組んできている。普天間常務は、農協を支えるのは、人と人との信頼つまり「人間力」だという。TACの活動が、その人間力を発揮し始めているという印象を強く持ったからだ。
沖縄県は、南西諸島の南半分、北緯24度から28度、東経122度から132度に位置し、県最北端の硫黄鳥島から最南端の波照間島まで南北が約400km、最東端の北大東島から最西端の与那国島まで東西が約1000kmという広大な海域に大小160の島々(0.01平方m以上)が点在。そのうち有人島は49。那覇を中心に円を描くと、東京よりもマニラやソウルの方が近いことが分かる。
JAの概況
◎組合員数 合計:12万671人
正組合員数:5万4413人
准組合員数:6万6258人
◎職員数:1798人
◎販売事業高:501億3800万円
◎購買事業高:454億900万円
◎信用事業・貯金高:7356億円
◎共済事業・長期共済保有高:1兆4399億円