(写真)8月21日、愛媛県宇和島市で開催されたJAあぐりスクール全国サミットinJAえひめ南から
佐藤幸也・宮城学院女子大学教授
あぐりスクール全国サミット実行委員会 アドバイザー
パネルディスカッションのまとめ(要旨)
自然に帰れ、農に帰れ!
「あぐりスクール」を地域再生の新たな学びの場に
◆今、世界の願いとは?
これほどまで競争原理が徹底され、人々が普通に暮らすことさえ困難になる時代を迎えるとは私たちは予想もしていなかったと思う。
この数十年間、無慈悲な資本主義体制と、一方では独裁的国家の抑圧的な状況のなか、世界中で社会の危機が深まり多くの国が自分たちの未来が描けないという事態に追い込まれている。
しかし、そのなかで協同による地域づくり、人々の幸福のために公共性、公益性を重視しながら、さまざまな経済活動を再構築すべきだということが世界の人々の共通の思いになっている。国連が2012年を国際協同組合年としたのはその現れだ。
◆人と人との学び合い
協同活動のためには教育文化活動が最大の基盤となる。
たとえばあぐりスクールに携わっている人々には「子どもの笑顔が見たい」、「農に生きている自分の誇りを語りたい」といった価値観がある。これは人の心が結びついていく大事な種まきだ。
協同組合は人々の幸福を単に願うのではなくて、私が立ち上がってあなたの幸福のために手を差し伸べたいのだ、ということが原点でもある。人と人とのつながり、学び合いのなかで幸福をつくるということだろう。
◆社会の危機と農業の教育
人々の暮らしや生き方が危機に陥ったとき、人類史を振り返ると農による教育が叫ばれたことが分かる。
フランス革命に影響を与えたのはルソーの思想だが、彼はヨーロッパの人々に何と語りかけたか? 「自然に帰れ、農に帰れ!」だった。人類不朽の哲学書、教育学の書「エミール」では、子どもたちがたっぷりと自然に触れ、さまざまな不思議を抱えながら一日中笑い転げて走って泣いて、お腹をすかして家族のもとに帰ってくる、この生の充実感をたっぷり味わうことなしに人間は文化的に成長できない、と指摘している。
日本でも昭和初期に今の農協運動の基盤のひとつとなった郷土教育運動があり、その先進地は愛媛県だった。経済更生運動と一緒になりながら、家と村の再興を果たす、そのための素晴らしい実践があった。
また、鳥取県倉吉では全村教育運動が興る。当時の倉吉農業高校を中心に、塗炭の苦しみの昭和恐慌期に産業組合学習と協同教育、そして子どもたちへの労作教育(農作業などの生産作業体験を通じて知識や道徳性の統一的発達をめざす教育)を行った。
実はこの労作教育は現在、地域で取り組んでいるあぐりスクールとほとんど同じ手法だったのである。
◆村と協同組合教育
戦後も日本では山形県や宮城県での山びこ学校のような生活綴り方運動、生活教育運動があった。
米沢・置賜地域では、学校教育に協同組合教育もあった。小学校や中学校のなかに子ども協同組合があり、地元の米沢農協や高畠農協の職員が毎日のように学校に行き協同組合教育と生活教育をして、この地域をもう一度、豊かな村によみがえらせるために、そして家族とともにこの地域で幸せづくりをしていくためにはどういう学習が必要なのかを伝えた。
そのための算数であり国語や英語だったのだ。今のように人々を蹴落し、いい学校、いい企業に入るための勉強ではなかった。
振り返れば産業組合時代から日本を救うためにやってきたのは協同の教育であることが分かる。
今、地縁も血縁も崩れて無縁化する社会に対して私たちができる最大の仕事は、人々の協同の営みをもう一度つなぎ合わせ再興させることだろう。
◆新しい段階へ進もう
北欧諸国は高福祉社会だと言われているが、その社会は80年以上前から続いてきた「国民高等学校」(※)のような協同教育が背景にある。
その歴史的な分厚さに、実は日本も負けないだけのものを持っている。その意味で「あぐりスクール」は協同の世紀を作り上げるもっとも基盤となる重要な仕事である。同時にJAの教育文化活動の重要な柱になる新たな「国民高等学校」という位置づけも視野に入れた段階を迎えていると思う。
※国民高等学校:デンマークが国難打開のため国民的農業教育普及を展開した機関。日本では産業組合や農学校教育に取り入れられ昭和期には加藤完治により日本国民高等学校が設立され、また、塾風教育機関として類似の学校が全国に設立された。それらのなかには戦後、各県の農業(者)大学(校)になっているのも少なくない。
林 正照・JA愛媛中央会会長
(JAえひめ南前代表理事組合長)
食べものを平気で捨てる、日本の教育を変えたい
JAグループ愛媛は昨年12月の第34回JA愛媛県大会で、「新たな協同の絆で、組織・事業・地域を活性化させよう」を基本方針として「愛媛農業の復権」と「地域の活性化」等を決議し実践中である。特に地域の活性化のために、JAくらしの活動を中心として食農教育の充実強化による次世代の育成をすすめている。
21世紀のキーワードは、「食料」「水」「環境」「エネルギー」「心」「女性」を主張しながらも『食』は命の源であることを認識してほしい。
いま日本では、食文化が向上するにつれ、食べられるものまでも簡単に捨てている。しかし世界で約9億人の人たちが食べるものなく苦しんでいることを忘れてはいけない。「これは日本の教育がよくない、食農教育を充実させるべきだ」と感じ、平成19年にJAえひめ南あぐりスクールを開校した。
初年度にバケツ稲栽培をやったが、おじいさんおばあさんが孫のために一生懸命になり、子どもとお年寄りのつながりが出来た。農業をする、何かを育てることに子どもが挑戦することで、家族や地域の人たちとの会話が増え、友達が増え、みんな積極的になる。
食農教育は子どもたちの心身の成長と人格形成に大きく影響を及ぼし、生涯にわたって健全な身体と心を養う基礎をつくる教育だ。これからはもっと学校と密になり、教育委員会と一緒になって取り組みたい。
あぐりスクールのもう1つの目的は、子どもたちに農協と農業を知ってもらうことだ。子どもの時身に付いたことは大人になっても忘れない。小さい頃からJAと仲良くなれば、大人になっても家族を含めてみんなJAを利用するようになるだろう。
こうしたJAの取り組みは、必ずや農業の理解者とJAファンを増やすことにもつながる。JA食農教育がもっと全国に広がり、安心して暮らせる地域農業を構築するための大きな原動力になってほしい。
坂根國之
「あぐりスクール全国サミット実行委員会」世話人
(JA鳥取中央代表理事組合長、JA鳥取中央会会長)
ふるさとの素晴らしさを次世代につなぐ協同運動
JAあぐりスクールの目的は、次世代を担う子どもたちにふるさとを正しく知り、大切にする心を育て、農業・自然・食料・環境問題の正しい知識を身に付け、地域の歴史・文化・農畜産物に自信と誇りを持ってもらうこと。それらを知ることで、子どもたちは農村地域から出ていかなくなると思う。
今の若い親世代は、高度経済成長期に成長され、農村を出て農業に直接掛からずに育ち、農畜産物や農作業を通した家族や地域の団らんを知らない人たちが多い。農家が一生懸命つくる作物とその現場を知ることで地域を再発見し、親子や地域の会話と絆が再構築できる。
また、それに参加するJA職員も、非常に高いレベルの教育活動を再認識することで意識が変わる。実際に参加した職員は少なくても、職員同士の会話と情報や意識の共有が生まれるなど波及効果は大きい。親子や地域での意識改革と同じことが、職場の中にも生まれてくる。
農業は単にモノをつくるのではなく、農畜産物自らの力で生育した命・実りを頂く産業だ。その過程の中で、自然環境や生態系等、地域特性を学ぶことができる。地球をひとつの運命共同体と捉え、地球全体の資源と生命を考えるための教育活動がJAの食農教育だと思っている。JA鳥取中央あぐりキッズスクールでは今年、地球全体から見た地域を知ってもらおうと宇宙飛行士の若田光一さんに講演していただき、子どもも大人も大好評だった。
教育文化活動はまさに農協運動そのものだ。全国のJAで地域の大切さ、ふるさとの素晴らしさを次世代につなぎ、家族の絆を強め、地域の結集力を高める協同運動を拡げる活動をしてほしい。
下川正志
家の光協会常務理事
JAあぐりスクールは新たな協同を創る場
「JAあぐりスクール全国サミット」の開催は今年で6回目。1回目の平成17年は29JA、100人ほどの参加だったものが、去年今年の参加は50JAで300人ほどになった。あぐりスクール開催JAは22年8月現在で130、21年度にちゃぐりんフェスタを開催したJAは全国で144と増え続けており、このサミットが食農教育の裾野を広げるいい機会になっていると感じる。
今春の第52回全国家の光大会の体験発表でも、JAあぐりスクールを取り上げる例が多かった。
今年の発表で大変印象深かったのは、高校の先生から「ぜひ、あぐりスクールに生徒を参加させてほしい」という提案があり、十数名の高校生が参加して『ちゃぐりん』の読み聞かせなどを行った事例だった。職員教育に役立ったというだけでなく、地域の人たちや若いお母さんたちとのつながりがたくさんできたという報告もあった。あぐりスクールは新たな協同を創り、地域の子どもたちに伝統文化や食と農と命の大切さを教える貴重な場になっている。
家の光協会ではJAあぐりスクールの活動をさらに広めるべく、冊子『JAあぐりスクール開校のすすめ』を作っている。これから開校しようとするJAに具体的指針を示すとともに、すでに開催しているJAにとっても有用な情報が満載の冊子だ。
今後のキーワードは、子どもだけでなく「親子で参加」になるだろう。親子が一緒に参加することで、若い父母のネットワークを拡大し、新たな協同を広げていきたい。