シリーズ

遺伝子組み換え農産物を考える

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GM農産物の安全性はどう確かめられているのか 第1回

・世界的高く評価されている日本のGM安全性審査
・安全性を疑わせる科学的根拠は本当にあるのか
・食品としての安全性の判断の基本的な考え方

 前回のシリーズ第14回では、生活クラブ生協の前田和記氏から、安全性に疑問がある、企業による種子の独占的支配が問題である等の意見が表明された。しかし、その主張の根拠は本当に正しいのだろうか、科学者の目から見た客観的な意見を筑波大学遺伝子実験センターの鎌田博教授に本号と次号の2回にわたって執筆していただいた。
 本号では、GM農産物の安全性について、次号では14回で前田氏が提起された問題点について検証する。

世界的高く評価されている日本のGM安全性審査

◆多様な分野の専門家が科学的に判断

 本シリーズでも何度か解説されているように、遺伝子組換え食品・飼料としての安全性、遺伝子組換え農作物の環境への影響等については、食品衛生法、飼料安全法、食品安全基本法、カルタヘナ法等に基づき、国が科学的根拠のもとに安全性を判断した上で、安全性が確認されたものについて、適切な流通・利用の管理やコストを加味して、許可を出す仕組みが整備されており、このような制度が最も適切に機能している国が日本である。
 遺伝子組換え食品に関する実際の審査の場面では、図1に示すように、開発者(申請者)から提出された申請書類を受理した厚生労働省が、食品安全委員会に安全性に関する科学的判断を諮問し、食品安全委員会に設置された専門委員会において、植物生理学・分子生物学の専門家、毒物の専門家、アレルギーの専門家、食品成分の専門家、食品安全性を脅かす危険要因の専門家、食品添加物の専門家等、食品としての安全性を検証するための多様な分野の専門家が、科学者としての専門的知識や知見・経験等をもとに、既存食品と比較して、同等の安全性が確保できているか否かを判断している。

日本における遺伝子組換え食品・食品添加物の安全性審査の流れ


◆独立性・中立性が高い食品安全委員会

 遺伝子組換え微生物を使って生産されている多様な食品添加物(グルタミン酸やアスパラギン酸等のアミノ酸やチーズ製造に欠かせないキモシン等の酵素タンパク質等)についても、この委員会で安全性の確認が行われている。
 このような食品添加物は、我が国ばかりでなく、世界中で多種多様な食品の製造に使われているが、このような食品(広義の意味での遺伝子組換え食品である)については、表示がなされていないこともあり、知らない消費者が多い。
 調味料や栄養補給製品等の生産に多く使われていることから、日常的に飲食する食品の多くが遺伝子組換え技術を使った製品とも言えるだろう。
 食品安全委員会は、政治的、思想的、信条的な要因等を全て排除し、科学的根拠に基づく判断をする独立組織であり、最先端科学に基づく判断をすることが求められており、極めて独立性、中立性の高い組織である。
 実際、アジア諸国をはじめ、多くの国が、日本で遺伝子組換え農作物の食品としての安全性評価が終了するのを待って、最終的な判断・許可をしており、日本における遺伝子組換え食品の安全性審査がいかに世界的に信頼されているかを示すものである。


安全性を疑わせる科学的根拠は本当にあるのか

◆再現できない実験データは科学的に信用できない

 シリーズ第14回の中で述べられているアーパッド・プシュタイ博士やイリーナ・エルマコバ博士の出した結果が本当に科学的に見て正しいものであるか否かについては、科学者の中でもきちんと議論されており、どちらの事例も、実験条件が正しく記載されていないので実験を再検証することができない、あるいは、データの再現性が保証できる試験となっていないこと等が確認されている。
 いずれの事例においても、通常の科学的実験から考えると多数の不備があり、実験そのものが再現できない、あるいは、データの解釈が間違っていると判断されている。
 実験科学の立場から言えば、普通の科学者であればだれでも同じ実験を再現できるようにきちんと実験条件を明示し、実験に使う動物個体毎の健康状態等を加味した上でどのような影響があるかを正確に判断できるだけの頭数を扱うのが必須条件であり、それが保証されていない試験については、そのデータばかりでなく、試験そのものが信用できないこととなるのは必然である。
 これが科学の本質的なあり方であり、そのような視点を無視して、学会・業界が寄ってたかって都合の悪い結果を葬り去ろうとしていると言うような書き方をするのは、自分の都合のいいように事実を歪曲化して世間をたぶらかそうとしているとしか見えない。


◆複数の科学者によって確かめられたGMの安全性

 実際には、日本の科学者を含め複数の科学者が各々独立に、長期飼養試験を実施しており、その結果は、イリーナ・エルマコバ博士の結果とは全く異なり、遺伝子組換え農作物(この場合はダイズ)を長期に渡って動物に食べさせても健康や繁殖能力等に何らの悪影響もなかった(遺伝子組換えでない通常のダイズを食べさせた場合と同じ結果となった)ことが確かめられている。
 このような試験では、科学的常識に則って、実験条件が正しく記載されており、扱う頭数も適切であり、誰でも再現が取れるものとなっており、専門の科学雑誌に他の科学者のチェックが入った上で掲載されている。したがって、その試験が、再現性があるものかどうかについては、誰でも検証することができるものである。
 因みに、プシュタイ博士やエルマコバ博士の試験に対する科学者の一般的な考え方は、以下のwebサイトに出ているのでご参照願いたい。
http://www.ilsijapan.org/Bio2010/rikaisuru2-2.pdf
 シリーズ第14回の中では、自分達に都合のいいもののみを載せて、科学的に見て正しいと多くの科学者が判断している事実を記載しないのは、恣意的に自分達に都合のいい方向に議論を持っていくやり方で、科学的に見ればかなり非常識である。


食品としての安全性の判断の基本的な考え方

◆誤解されている食品の安全性

 食品の安全性については、多くの消費者が誤解している側面がある。
 そもそも、普通に流通している通常の食品が絶対に安全なものとする考え方そのものが食品の安全性の科学的判断結果を理解してもらう際の妨げになっている。
 食品の安全性確保の観点で最も重要視されているのが、農作物自身が作る毒性物質、カビが付着することによって作り出されるカビ毒、O―157のような健康被害を及ぼす危険な微生物による汚染、農作物を含む食品自身に含まれる食品アレルゲン(アレルギータンパク質)等である。
 このような食品としての危害要因は通常の食品でも常に起こりうることであり、毎年のように被害事例が報告されている。
 特に、カビ毒は発ガン性の問題もあり、世界中の食品安全確保の担当者が気にしている被害要因であるが、その実態はあまり知られていない。


◆もっともカビ毒に汚染されていた有機栽培コーン

 本シリーズ第6回にも取り上げられているように、2003年、イギリスにおいて、カビ毒に汚染されていた有機栽培トウモロコシが市場流通し、イギリス政府が緊急の回収命令を出したことは日本の報道では取り上げられなかったが、この事件の後、害虫抵抗性(BT)トウモロコシ、殺虫剤を使う慣行的な農法で育成された遺伝子組換えでない通常のトウモロコシ、有機栽培トウモロコシの3種について、市場に出回っているもののカビ毒の汚染状況が調査された。
 その結果、カビ毒汚染率・含有量が最も多かったものが有機栽培トウモロコシであり、最も少なかったものがBTトウモロコシであったことはほとんど知られていない。
 食品の安全性確保をカビ毒汚染の状況から考えると、有機栽培だから食品としての安全性が高いと言うことではないことをもっと多くの消費者に知ってもらうことが重要であると考えている研究者は多い。


◆虫に食べられれば植物は自然毒を生産する

 同じように、虫が食べているものほど安全である(逆に言うと、虫も食べないものは安全ではない)と考える消費者は多いが、実際には、どんな農作物であれ、植物である限り、動物に食べられないように毒物を作るものであり、植物がこの地球上で生存するために編み出した自然の知恵と言ってもよいだろう。
 このような毒物(自然毒)の生産は、虫が食べることによって増大することも良く知られており、虫が食べているから安全だと考える科学的な根拠は全くなく、逆に、虫が食べたものほど自然毒によるリスクが高まることを理解してもらうことが、食品の安全性確保を考える上で最も重要である。
 このような食品に関するリスク評価・管理・コミュニケーションについては、食品安全委員会が設立される際に活発に議論され、日本では、リスク評価機関である食品安全委員会とリスク管理機関である厚生労働省や農林水産省等が協力してリスクコミュニケーションを実施することとなっている(図2)が、その効果はあまり上がっていないようにも見受けられる。今後、食品安全基本法の中にも明記されているように、食品の安全性確保の科学的考え方を消費者に広く知ってもらうことが最も重要な課題であろう。

日本における食品のリスク評価、リスク管理、リスクコミュニケーションの関係

以下、次号に続く

           シリーズ(15)GMの安全性 筑波大学遺伝子実験センター・鎌田博教授

(2012.08.13)