環境への影響評価
◆こぼれ落ちた種子による生息域の拡大はない
シリーズ第14回の中では、遺伝子組換えナタネのこぼれ落ち種子による環境汚染のことが述べられている。
しかし、農林水産省や環境省の調査において、陸揚げ港周辺地域で、こぼれ落ちた種子から発芽した植物体は確かに見られるが、そのような個体が繁殖して、その生息域を拡大しているとする事実は認められていない。
そもそも、数種の遺伝子組換えナタネについては、その商業栽培は日本の政府として既に承認しており、基本的には日本のどこで栽培されていても法律的には何の問題もない。
また、遺伝子組換えでない通常のナタネについても、陸揚げ港周辺地域でこぼれ落ち種子から発芽したたくさんの植物体が見られ、遺伝子組換えナタネだから特別に生息域が拡大しているわけではない。
さらに、近縁のハタザオガラシと交雑したと推定される個体が発見されていると述べているが、この点については環境省の研究者がこの個体はハタザオガラシと交雑したものではなく、遺伝子組換えナタネそのものであることを確認・報告している。
(図)日本における遺伝子組換え農作物の環境影響評価の流れ
農業と自然環境保全
◆これからの農業のあり方を真摯に考えよう
そもそも、遺伝子組換え生物の利用に関する規則を定めたカルタヘナ法(あるいはそのもととなっている国際条約であるカルタヘナ議定書)において、環境への影響を考える上で最も大切なことは、手つかずの自然を人間活動によって破壊してきた結果として生物多様性が失われていることを認識し、手つかずの自然を残すこと、遺伝子組換え生物の利用によってこのような自然環境に悪影響を及ぼさないこと、結果として生物多様性の保全に務めることとされている。
◆農業は自然を破壊することで成立ってきた
手つかずの自然を破壊してきた最も大きな要因は、農業そのものである。しかし、人類の長い歴史の中で、人類は食料確保のために森林を切り開いて農業を拡大させてきたのであり、農業そのものを否定すれば現在の人類社会は成り立たないことは自明の理である。
このため、自然に多大な悪影響がある農業であっても、農業そのものは肯定すべきものであり、世界人口の爆発的な増大によって必要となる食料の増産を、手つかずの自然をこれ以上失う(農地を広げる)ことなく、達成することが最も望まれることである。
このような観点に立てば、従来の農業あるいは農作物と比べて、環境(手つかずの自然)への悪影響が大きくならない限りは遺伝子組換え農作物の利用を認めることが最も合理的な考え方であり、世界の多くの国が合意している考え方である。
もちろん、農業を行うことで里山に代表されるような特定の生物多様性を保全・維持することを否定するものではなく、従来の農業・農作物と同じ影響であれば遺伝子組換え農作物の利用を否定すべきものではないだろう。その際、国が利用を承認している農薬や化学肥料を利用する農業も比較対象とすべきなのは当然であろう。
無農薬・有機栽培のみで日本の食料生産を賄うことができないことは良く知られていることであり、無農薬・有機栽培を前提とした議論をすることは、逆に日本全体の今後の食料生産を危うくする可能性を併せ持つことは理解すべきであろう。
◆GM作物で農薬使用量が大幅に減少
一方、遺伝子組換え農作物を利用することで、米国では農薬使用量が大幅に減少したことはもっと知ってもらう努力をすべきであろう。
実際、米国における農薬使用量の減少ついては、米国農務省のデータをもとに数値で明確に示されている。農薬使用量の減少は農薬購入費の減少に結びついており、遺伝子組換え農作物の栽培面積、利用農家が世界規模で急速に広がっている最大の理由の一つがこの点にある。
もちろん、種子の購入費は高いが、農薬使用量の減少に伴う経費削減と単位面積あたりの増収等による農家としての収益増が実現されるからこそ農家は利用するのであって、後述するように、企業による種子の独占についての議論のためにも正しい知識を持つことが重要である。
いずれにしても、このような農業に対する基本的な考え方を示さずに、環境汚染だと言葉だけを一人歩きさせて危険を煽るやり方は如何なものであろうか。地球上における人類のあり方、農業のあり方、今後の人類の進み方等を含めて真摯に議論すべきだろう。
種子の独占支配
◆種子販売は通常の商業的行為、選択するのは農家の自由
遺伝子組換え農作物に限らず、普通の農作物の種子も、他の工業製品等と同じく、開発者の権利は認められており、種苗会社が種子として販売するのは通常の商業的行為であり、何ら非難すべきことではない。もし農家が使いたくなければ買わなければよいことであり、地元で昔から栽培・維持されてきた系統の種子を使うことは可能で、自由に選択できる。
農業も産業の一つである以上、農家としては高価な遺伝子組換え農作物の種子を購入する場合、それに見合った利益がでるからこそ使うのであり、遺伝子組換えでない普通の種子を使うことには何の制限もかかっていない。
地元で昔から栽培・維持されてきた伝統的な系統の種子は多くの場合無料であり、農家自身が維持して毎年使うことは全く問題ない。
開発会社にしても、多額の開発費用を出して開発するものである以上、農家が買ってくれる優秀な種子を開発し、毎年買ってくれるからこそ開発費用の回収が可能なのであり、あくまでも通常の商業的行為である。
このため、このような種子を流通させる時に、同じものを増やして使わないように契約した上で販売している。遺伝子組換えでない普通の多くの農作物においても、雑種種子のように、毎年種子を購入することが必要な場合には、農家は毎年種子を買っている。それはその種子を利用することで農家としてのメリットがあるからだ。それを種子の独占という言葉で非難すること自身、感情的な自己主張に他ならない。
もちろん、偶然遺伝子組換え種子が混入してしまってそれを栽培することもあるだろうが、それ自身が訴えられたことはない。
シリーズ第14回の中で述べられているパーシー・シュウマイザー事件は、偶然混入したようなものではなく、意図的に遺伝子組換え種子を選んだとしか言えないものであり、カナダの最高裁判所において、シュウマイザー氏の訴えは退けられたことを伝えていないのは単なる書き忘れなのだろうか。
シリーズ第14回の中には、韓国の種子(種苗)会社が海外資本に買収されていることに触れ、遺伝子組換え農作物が原因であるかのように読める記載があるが、世界経済のグローバル化に伴い、医薬品会社をはじめあらゆる業種で企業の世界的な買収・再編が進んでおり、種苗会社も全く同じ状況にある。遺伝子組換え農作物の種子を売るために買収をしているわけではないのに、あえて誤解を生じさせるような記載をすることにはかなり恣意的なものを感じる。
表示問題
◆誤解を生む「不使用表示」の改善から
表示問題にしても、日本においては、遺伝子組換え食品は安全が確認されたものしか流通させてはいけないことが法的に定められており、安全性が確保されたものしか流通しておらず、それでも消費者の知る権利を守るために設けられた表示制度であり、その点を正確に記載することが理解・議論の出発点であろう。
また、表示に関しては、意図的に遺伝子組換え農作物を使った場合には、実際の混入比率が低かったとしても表示の義務がある。
一方、生産・集荷・流通の過程で意図せずに混入する場合に、生産・集荷・流通の現場の状況を加味した上で、5%までの意図せぬ混入については表示の対象から除外しているものであり、実際の検査の精度や実行するためのコストも加味し、安全性を確認したものについてその適用が決められたものである。
むやみに低い値を設定しても、それを実際に正しく測定できなければ全く意味が無く、嘘の表示をした者が得をするような制度は制定すべきではないだろう。
また、消費者のアンケート結果が食品安全委員会や農林水産省等で公表されているが、遺伝子組換え食品を不安に思う最も大きな理由は、多くの商品に「遺伝子組換えでない」あるいは「遺伝子組換え原料を使っていない」等の表示があることとなっている。
このような消費者の誤解を生む不使用表示をまず改めなければ、表示によって誤解を広げるだけではないだろうか。
米国では、消費者に安全性について誤解を生じさせるような表示は誤認表示として禁止されており、日本がTPP協定に入る場合、遺伝子組換え農作物の流通の観点ではこの点が指摘されることは十分に予想されることである。
今後の日本の食料をどう考えるのか
◆GMがハワイのパパイヤ生産を再生
ハワイで生産された遺伝子組換え(ウィルス抵抗性)パパイヤ(写真右)について、日本での食品としての流通および商業栽培の許可が得られ、昨年秋から輸入されるようになったことは良く知られているが、なぜその遺伝子組換えパパイヤが開発・利用されるようになったか、正しい知識を持っている方が少ないのが残念である。
1980年代から、パパイヤリングスポットウィルスによる感染被害がハワイの生産地で広がり、その生産が壊滅的な状況となりつつあることを心配し、ハワイ大学の研究者を中心に開発されたものがこのパパイヤであり、他の有効な代替法がなかったことから、ハワイの生産者にも受け入れられ、ハワイのパパイヤ生産が復活したことは研究者の中では良く知られたことである。
もちろん、米国においては、その生産による環境影響評価や食品としての安全性評価を経た上で、市場流通が承認されたものである。米国では表示義務がないため、ハワイで流通している大多数のパパイヤはこの遺伝子組換えパパイヤであり、日本人も観光で訪れた際に普通に食べていたものである。パパイヤ生産の危機を救った事実が伝えられることなく表示問題だけが一人歩きするのはいかがなものだろうか。
(写真)
昨年秋から日本でも流通が始まったハワイ産の遺伝子組換え(ウイルス抵抗性)パパイヤ
◆日本の食生活は輸入なくして成立たない
日本の食料事情を考える時、米国をはじめとする諸外国から輸入されている大量の農作物(もちろんその中には大量の遺伝子組換え農作物が含まれる)を抜きに日々の食生活が成り立たないことは、本シリーズの中でもしばしば書かれている通りであり、米国から輸入されているトウモロコシやダイズが、食用油あるいは家畜用の飼料として不可欠であることを認識することが重要であろう。
もしこのような輸入家畜用飼料を日本で栽培・生産しようとすると日本の国土の何倍もの面積が必要なことを理解する必要があり、現状の食生活を維持しようとすると、日本の自給率を上げることで達成できると考えること自身に無理がある。
国産肉と言いながら、その飼料のほとんどを外国から輸入した安い農産物(もちろん、その中には大量の遺伝子組換え農作物が含まれている)に頼っている現状を考えると、もし米国からの農産物の輸入(トウモロコシでは、毎月100万トン)が1カ月止まると、日本の畜産業が甚大な影響を受けることは理解すべきだろう。
このところ連日報道されているように、世界的な干ばつや異常気象によって穀物の生産に大きな被害が出ており、穀物の国際相場が高騰し、日本の食品の値段も上がり始めたことを考えると、日本の食生活が置かれている現状を正しく理解した上で、日本の長期的な食料戦略を国が示すことこそが今最も重要なことではないだろうか。
その際、世界人口の増大に伴う食料増産を現存の耕地面積で達成すること、そのためには雑草や病害虫による収量減を抑えつつ単位面積あたりの収量を増大させること、気候変動や季節変動を緩和するための安定的な収量維持を達成すること、食料の世界的需給バランスの逼迫に対応するための世界全体での食料増産を達成すること、安い(もちろん安全は確保されていることが前提であるが)食料を必要としている人は日本を含め世界各国にいること等、さまざまな要因を加味しつつ、遺伝子組換えを含む多様な技術を使って開発を進めることが使命と思って日々研究に取り組んでいる多数の植物研究者がいることも忘れないでいただきたい。
今後の長期的な農業政策、食料政策を決定していく中では、農業従事者だけが考えるのではなく、消費者自身も、表示問題を含め、日本の食料事情や農業事情、食品の安全性確保のための基本的な考え方等を正しく理解した上で議論に加わることが何よりも重要であろう。そのために、世界と日本の経済や農業の実態をまず正確に把握し、世界の人達が納得できる基盤の上で議論することが求められている。
(シリーズ第15回 GM農産物の安全性はどう確かめられているのか 第1回はこちらから)